10.出立
すみません、遅れました。
急な出張が入ったもので……
エピローグ的なものです。
「ところでひとつお聞きしてもよろしいですか? ルーインに使った最後の技は何なのでしょうか?」
「えっと……どうやらあれは魔神の技だそうです」
「魔神! それならばあの破壊力も頷けますな」
『まじんー』
ラザードの街中をゆっくりと馬車が進む。珍しく僕もオルディアも御者席にいる。というのも荷台に載せている「荷」が特別だからだ。
結局サリタさんからの特別依頼を受けることになり、荷台には頑丈な鎖で拘束されたルーインが転がっている。もちろん先生の闇属性魔法で眠らせてある……というよりも失神状態のままだ。
「こいつには《反射》がありますからな。魔法を使わせない魔道具もありますが、こんな辺境では手に入りませんので。それに失神状態ならば抵抗されません」
「オルディア、近づいちゃ駄目だよ」
『はーい』
いつもは荷台の隅で毛布とじゃれているオルディアだったが、今は僕の隣に座って頭を僕の膝の上に乗せている。頭を撫でられて嬉しそうに目を閉じて尻尾を振っている。あの状態のルーインに出来ることなどない。そもそも失神状態のままなのだから。だがあんな奴とオルディアを一緒にするつもりはない。オルディアは大事な家族であり、決して使い勝手のいい道具ではないのだ。
「そろそろ門です。通行証の準備を」
「はい」
この街を出れば、もっともっと危険な刺客が来るかもしれない。だがこうして狙われている以上、どこかで決着をつけなければならない。これから先、ずっと逃げ続ける人生など送るつもりは毛頭ない。ならば自分の人生は自分の手でつかみ取る。
ふと視線を感じて振り返ると、サリタさんがギルドの建物の屋上でこちらを見ていた。手を振る受付嬢さんにこちらも手を振り返しつつ、街の門をくぐった。
**********
「行ってしまいましたね」
「ああ、そうだな」
手を振るアルトを見送っていたサリタは受付嬢の言葉に素っ気なく返した。だがそれも当然だ、これからアルトが立ち向かおうとしている敵はあまりにも大きい。そのために根回しもした。自分の立場を最大限に使い、出来るだけ多くの味方ができるように仕向けた。だがそれでも不十分だとサリタは想定していたのだ。
五王家に対しての他貴族からの不満は確かに存在している。だがそれはこの国のことを本当に考えているのかすら怪しい内容であった。ある者は正統王家との独自のつながりが作れないと言い、ある者はもっと単純に五王家に従うことを嫌う。しかしその者たちが五王家の本質を理解していないのは明白である。
「五王家に対してここまであからさまな行動に出るということは、対抗しうるだけの力がついたということか? だが貴族家の戦力は把握しているはず……となれば教会が後ろ盾になったか。厄介なことだ、民の平穏よりも自分たちの利益を優先する連中は」
五王家の持つ力は大きい。そのために分かりやすい形での反抗は起こしてこなかった連中がはっきりとガルシアーノの関係者を暗殺しようとした。つまり公になっても逃げきるだけの手段を持ったと考えるべきだとサリタは予想する。
「王都のギルドにも連絡してある。ここ数年でギルドと疎遠になった高ランク冒険者はどれだけいるか、とな」
「支部長、それって……」
「ルーインのようにそういう連中専門で仕事を請けるか、あるいは子飼いになっている可能性がある。これはギルドとしても看過できんからな」
もし五王家に反抗する勢力に多数の冒険者が流れたとすると、五王家がギルドの敵になる可能性もある。そうなった場合、狙われるのはギルドの支部がある街すべてだ。先だってのルーインが起こした騒乱が至るところで……巻き込まれる民衆がどうなるかなど想像もできない。
「そもそも反抗する貴族連中は民衆のことを見下している。民衆が納める税で生かされていると理解せずにな。そのためにも今ここで根絶しなければ」
「そうですね、あんな思いはもうしたくありません」
二人の脳裏にはあの光景がはっきりと甦っていた。逃げ惑い傷つく民衆、それを高笑いしながら眺めているルーイン、そして何もできなかった自分たち。これまで生きてきた中でも最大の屈辱である。
「頼むぞアルト、バーゼル。お前たちが無事にマディソンに会えれば事は動き出す。奴らは辺境を舐めているということを思い知らせてやれ」
マディソンの辺境伯という地位は伊達ではない。危険と隣り合わせの辺境を纏め上げるということは並大抵の力では不可能なのだ。王都近辺で安全な場所から指示と金だけ出している輩はそれを理解していない。
「大丈夫ですよ、アルト君たちなら」
「そうだな、私の命の恩人だしな」
二人は門をくぐって街道を進む馬車の後ろ姿をずっと見送っていた。
**********
「ところで支部長、昨日はどこに行っていたんですか?」
「え、ああ、ちょっとな」
「もしかしてアルト君のところですか! あ、もしかして……本当に何してるんですか! いい加減に年を考えてください!」
「ま、待て! 確かにそのつもりで行ったが……」
「行ったが……どうしたんですか?」
サリタは先ほどまでの威厳がどこに行ったのかと思うほどに沈んだ表情を見せた。それを見てさすがに受付嬢も尋常ではない何かがあったのだということを理解する。サリタはしばし沈黙した後、静かに口を開いた。
「あれはヤバい。アレは……ヤバすぎる……無理かもしれん……」
「え……そんなにですか? つまみ食い好きの支部長がそこまで恐れるとは……」
ごく一部、辺境の街ラザードにおいて、アルトは想定すらしていなかった噂が立つことになるとは思ってもいなかった。
次章まで少々お待ちください。
読んでいただいてありがとうございます。