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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
6章 飢えた狂犬編
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9.ペナルティ

「うう……痛いよう……」

『大丈夫ー?』


 寝台の上で痛みに悶える僕の顔を心配そうに舐めるオルディア。その気持ちはありがたいが、自分も寝台に乗ろうとして僕の身体を押すたびに全身に激痛が走る。


【一日あれば回復しますから我慢してください】

「え……この状態で……」

【アルト様が制限時間をオーバーするからです】

「たったの一分じゃないか……回復できないの?」

【制限時間オーバーの反動は自己治癒では対処できません】

「……ただの筋肉痛だから仕方ないか」


 ルーインを倒した後、僕は心地よい疲労感に包まれていた。今までは召喚した存在にすべてを任せていたので、どこか自分が戦っていないような気持ちになっていたのだが、今回は僕が倒したという実感があったからだ。


 倒すまでに九分、つまりアオイの指定した制限時間を一分オーバーしてしまったが、それでもルーインの無力化に成功した。達成感のようなものが僕の心の奥底からあふれてくる。その感覚に酔いしれていた僕は、寝台に身体を預けてすぐに眠りに落ちていった。


 そして翌朝、目が覚めれば今の状態になっていたのだ。これは間違いなく筋肉痛、それも全身だ。確かにあの時の僕は皆が想像できない攻撃をしていた。剣を持っているにも関わらず素手での攻撃。しかも頭突きと最後のよくわからない技、自分がやったこととはいえ理解不能だ。


 と、扉を数回ノックする音が聞こえる。迎え入れようにも痛みで動かないので、仕方なく諦める。ちなみに宿はギルドの要請もあり貸し切り状態になっているとの先生の話だ。僕がこんな状態でもあり、世話を焼こうとする娼婦のお姉さま方がおしかけてきたらしいんだが、まずは休養が必要ということでお引き取り願ったそうだ。


「実力のある者と縁を繋ぎたいとは誰もが思うことです。特にこのような辺境ではそれが顕著なのでしょう」


 先生は笑いながらそんなことを言って出ていった。今回の一件は色々と裏がある事案なので、その情報集めとこれからの対応の協議が必要とされるとのこと。だが僕にはそんな能力はないし、ましてやこんな状態だ。なのでサリタさんは先生に任せているらしい。もっともサリタさんも傷だらけだったが。


「開いてます、どうぞ」


 宿の女将さんだろうか。僕がまともに動けないので、食事の世話をしてくれている。とはいえ完全に身動きとれない訳でもなく、時間がかかるが自分で食べられるので簡素な食事を部屋まで持ってきてくれるだけだが。


「どうだ、調子は?」

「え?」


 扉を開けて入ってきたのは、本来ならばありえない人物だった。だが先ほどのノックもどこか位置がおかしかった。やけに低い場所から聞こえたので、てっきり宿の娘さんが女将さんのかわりに食事を持ってきてくれたのだろうと思っていた。


「ずいぶんとひ弱だな、少年。冒険者はタフじゃなきゃやっていけんぞ?」

「どうしてここにいるんですか、サリタさん」


 食事の乗ったトレイを持って立っていたのは、昨日あんなに傷だらけだったサリタさんだった。




「エルフは華奢に見えるが、魔力が戻れば自己治癒も早い。特に私のようなダークエルフはその傾向が強いんだ。さすがに髪まではそうはいかないがな」


 そう言いつつ寝台の横に椅子を持ってきて座るサリタさん。言われてみれば手や顔の肌はもう傷一つ残っていない。頭はすっぽりと編み込み帽子で隠しているので、言葉どおりに昨日のままなのかもしれない。だが動物の耳が象られたその帽子はサリタさんの見た目もあってとても似合っている。


「……今とても失礼なことを考えなかったか?」

「……気のせいですよ」

「まあいい、色々と経過報告に来てやったぞ。まずはルーインの魔法尋問だが、ここでは行われないことになった」


 え? それはまさか何かしらの圧力がかかったということか? それとも強引な揉み消しか?


「そう怖い顔をするな。安心しろ、外部圧力じゃない。これは私の判断だ。今回の件は裏で関わっている連中がいるのは間違いないが、問題はその数だ。私の目算では相当数の貴族が関わっているとみている。辺境のギルド支部だけで対応するには案件が大きすぎるんだよ」


 サリタさんはトレイに乗っていた水を一口飲んで一息つく。それって僕のための水じゃなかったのか? 僕のそんな淡い疑問に気づくことなく、サリタさんは話を進める。


「もしそいつらが結託したらどうなる? 今でこそお互いに牽制して大きな動きを見せていないが、手を組まれれば確実にこちらに揉み消しに来る。それも単純な力押しでな。私やギルド職員は十分戦えるが街の者はどうなる? だからここで無茶をする訳にはいかんのだ」

「……でも納得いきません。他の誰かが手心を加えるかもしれない」

「お前の心配はもっともだ。だからこちらも圧力をかけられないように根回しが必要になる。そしてここからが今日私がここに来た本題だ。Fランク冒険者アルト、お前に冒険者ギルドラザード支部長サリタが特別依頼を発動する。内容はルーインの護送だ。支部長権限でお前に拒否権はない、だがそれに見合う報酬は用意させてもらう」


 まさかここで特別依頼と来るとは思わなかった。通常ならば最低ランクのFには特別依頼を受ける義務はない。特別依頼を遂行できる実力がないと判断されているからだ。


「心配するな、これはお前とバーゼル二人に受けてもらう。これにはしっかりとした理由があってな、まずは王都に向かう前に信頼のおける人物に助力してもらったほうが良いという私とバーゼルの判断もあるんだが……」


 サリタさんは再び水を飲む。だからそれは僕の水だ。いや、そんなことはどうでもいい。この状況で信頼できる人物とはいったい……


「王都に向かう前にマディソン辺境伯のところに向かえ。かの御仁は苛烈だが決して筋の通らないことは認めん。そして……ガルシアーノの懐刀的存在だ。今回の一件がガルシアーノの関係者の襲撃につながるのであれば、必ず話を通さねばならん御仁だ。それにお前も面識がないと言うわけでもなかろう?」


 確かにマディソン辺境伯とは既知の間柄でもある。だがそれはあの忌まわしい一件に関わるものだ。果たして受け入れてもらえるかどうか……


「お前の裏事情は知っている。それでも助力を乞え。少なくとも二度の襲撃からエフィ嬢を護ったお前を無碍にするようなことはないはずだ。私もかの御仁はまだ下の毛も生えないくらいの頃から知っている、お前の心配するようなことにはならんだろうよ。もしそれでも渋るというのなら言ってやれ、『昔犬にかまれた傷は残っているか?』とサリタが言っていたとな」

「え? それはどういう意味?」

「深く気にする必要はない。ところで、だ」


 困惑する僕をよそにサリタさんが笑みを浮かべる。まるで面白い悪戯を思いついた子供のような笑顔に悪い予感がする。そして寝台の下をごそごそと漁り始めた。まて、そこにあるものと言えば……


「さあ、そんな状態では用をたすのも辛かろう。さあ、この壺に思い切りするがいい。私が補助してやろう!」


 彼女が持っていたのは動けない僕が用をたすために用意された壺だった。まだ未使用だが。

 サリタさんは僕のズボンを下し、下着に手を掛ける。僕は女の子みたいな悲鳴をあげながら身をよじるくらいしかできない。


「そんな減るものでもないし、いいではないか! さあ、私にすべて……を……」


 下着を少々ずり下したところでサリタさんの言葉と手の動きが止まる。それどころか居住まいを正して両手をついて頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。私が未熟者でした」

「え? なんで? どうしたんですか?」


 突然のサリタさんの変化についていけない僕。だがサリタさんは畏まった口調を改めようとしない。何がどうなっているのかさっぱりわからない。そしてサリタさんは壺を置いて出ていった。これは……助かったと判断してもいいんだろうか。


 だがサリタさんは重要なことを忘れている。下した下着とズボンがそのままになっていることを……


 結局時間をかけて自分で履いたが。

使ったことの無い筋肉を酷使すればこうなりますね。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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