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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
6章 飢えた狂犬編
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5.卑劣

「おい、そこのガキ、テメエだ、テメエ!」

「は?」


 ルーインが僕に向かって声を荒げる。僕としてはこいつの口から出てくる言葉を聞きたくないんだが、麻痺毒のせいでまだ先生がサリタさんの応急処置を終えていないので時間を稼がなくてはいけない。


「僕に何か?」

「マウガでの一件、テメエの仕業だろう?」


 ちょっと待て、どうしてこいつがそれを知っている? あの一件はニックおじさんが秘密裏に処理してくれたはずだ。それにダウニングさんだって所属の冒険者に緘口令を出しているから口外されないはず。なのにどうして?


「お? どうして知っているって顔してやがるな? そんなもん決まってるだろ? はした金欲しさに喋った奴がいるんだよ。今回俺が来たのはあるお偉方がどうしても欲しがってな、マウガに現れた巨人ってヤツをよ。最初は【宵闇】の隠し玉かと思ったが一目見てわかった、このジジイにはそんな力は無ぇ。となれば残るはテメエだ」


 目の前が一瞬暗くなるのを必死で堪える。襲撃者の件もそうだったが、今回も僕のせいなのか。僕がいたから皆がここまで傷ついているのか。


「それに俺は別の雇い主からロッカで小娘一人始末出来なかった雑魚連中の後始末も依頼されててなァ、あいつらが生きてて余計なことをしゃべられると俺の雇い主が困るんだとよ。ま、そいつらはテメエをどうにかしてからきっちり始末してやるけどよ」


 ルーインは自分の優位性を確信しているのか、薄ら笑いを浮かべて延々と語っている。そうか、こいつの雇い主がエフィさんを狙ったのか。


「で、話の本題だがよ……テメエ、俺と来い。そうすりゃほかの連中は見逃してやることも考えなくは無ぇ。どうだ?」

「……本当に皆に危害を加えない?」

「それはテメエ次第だな、俺の気が変わらなければ、だが?」


 どうする? このままいけば皆の命が、サリタさんの命が危うい。果たして狡猾なルーインが何の策もなくここにいるはずがない。僕が戦っている最中に何らかの手段で皆に危害を加える可能性は非常に高い。それにもうひとつ懸念もある。


「どうだ? 悪い話じゃないと思うぜ? いい雇い主ってのはそうそう見つかるもんじゃ無ぇからよ」

「や、やめろ……そんなこと……すれば……おまえは……」

「喋らないでください、傷が……」

「黙れ、バーゼル……アルト……おまえは……飼い犬になど……なるな……」


 サリタさんがかすれた声を何とか絞り出して話す。喉が潰されているのか、時折濁った音が混ざっている。このままいけば間違いなく……


「……わかりました。あなたと一緒に行きます、だから皆は……」


 僕がこいつと行けば皆が助かる。ただそれだけでこの街に平和が戻る。ならば優先順位は決まっている。僕のことなんてどうでもいい、これで終わるのなら……


「ちッ、つまんねえな。捕獲完了、後はもう用済みだ。おっと、その犬っころは動かすなよ? そいつも土産にすりゃ雇い主の機嫌も良くなるだろうよ。上等な毛皮が取れそうだしなァ!」

「な! 何をするつもりだ!」

「決まってんだろ! テメエの確保ができればもう用は無ぇ! 目撃者なんて面倒なモン残してたら後々厄介だろうがよ!」


 突如ルーインが両手に魔力を集め始めた。こいつ、何をするつもりなんだ?


「ここで全員ぶっ殺してもいいが、生き残りがいるとまずいからな、動けない程度に痛めつけてから魔物でも嗾けてやるよ!」

「やめろ! 約束が違うだろ!」

「うるせえよ」

「あう!」


 思わずカッとなってルーインに掴みかかるが、あっさりと躱されて足を払われて地面に転がされてしまう。そして頭を踏みつけられて動きがとれなくなってしまった。


「いいか、テメエは大事な商品だが、雇い主には俺の所有物として扱わせてもらう。そのためにもここで反抗の芽を摘んでおかなくちゃいけねぇ。まずは無力な自分を呪うんだな!」


 ルーインは両手に十数本の《光の槍》を生み出すと一斉に解き放った。それは仕込まれた《反射》により予期せぬ方向へと進み、街の人たちへと降りかかる。あちことで上がる悲鳴、怒号。こいつは元から皆を無事に解放するつもりなんて無かったのか。


『ご主人様!』


 オルディアがこちらに駆け寄ろうとするが、反射された《光の槍》は分裂してその数を増やして行く手を阻む。まるでルーインの周囲を取り囲んで護るかのように。


 だがルーインが動かないのはなぜ……そうか、反射させた魔法はルーインを避けるようなことはしない。だから自分には絶対当たらないような場所に《反射》を仕込んでいるのか。なら今ここは魔法の影響の及ばない場所、ここなら邪魔が入ることはない。


「お、なにか考えてやがるな? だがそうはさせねえ、俺にはこれがあるからな」


 ルーインが何かを呟くと、その体がうっすらと光を帯びる。と同時に僕を踏みつける足の力が増加した。おそらく補助魔法の《体力強化》と《防御強化》を使ったのだろう、ここでは近接格闘しかできないと予め想定していたに違いない。


「まあいい、テメエみてえな非力なガキに何が出来る? 小細工なぞさせる隙も与えねぇ! 両手両足砕いてやれば刃向かう気も失せるだろうよ!」


 余裕の笑みを浮かべてルーインは僕から離れた。確かに召喚は隙が大きい。発動するまでに僕が攻撃されてしまえば無意味だ。だからそのためにこの方法を鍛えていたんだ。非力な僕が強敵と対峙し、なおかつ召喚が使えない状況でも戦える唯一の方法を。


 隙なんてほんの僅かでいい、たった一言詠唱すればいい、それだけで準備は終わる。僕たちの新しい力は発動する。

 ルーイン、お前は僕のことを非力なガキと言った。それは正しい。僕だけなら一瞬のうちに蹂躙されて終わるだろう。だがお前は知らない。僕と共に戦ってくれる存在のことを。そうだよね、アオイ?


【もちろんです。この程度の者に遅れなど取りません】


 アオイの声がいつになく心強く感じる。そうだ、僕たちがこの程度の奴に負けていいはずがない。こんな卑劣な奴をそのままにしておけるはずがない。


「アオイ、行くよ」

【はい、アルト様】


 唱えるのはたった一言、それはアオイの持つ叡智を顕現させる言葉。だがそれはこの場所にではない。だからこそ、今この状況に相応しい。


【『 いんすとーる!』】


 僕とアオイの声が重なる。次の瞬間、ルーインの驚愕の顔が目に映った。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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