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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
6章 飢えた狂犬編
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2.深夜の訪問者

 そろそろ日没が近くなったのか、頬を撫でる風がひんやりと冷たく感じられるようになって目が覚めた。おそらく半刻ちかく居眠りしてしまったと思われる。


「いけない、もう戻らないと」

『お腹すいたー』

「うん、先生のところに戻ろう」


 オルディアを連れて馬車の止めてある道沿いの岩場へと向かう。山越えの道の途中にあった岩場には大きな窪みがあり、馬車も入ることができた。ここならばもし急に天候が悪化しても雨風がしのげるので野営には最適だった。これから山越えするにあたり、先に進んで何もない場所で野営するよりもここで野営をし、明日中に山越えしてしまおうという先生の提案を受け入れた形だ。


「おや丁度いいところに。そろそろ呼びに行こうと思っていたところです」

「すみません、お待たせしました」


 馬車に戻ると先生が鳥の魔物を枝に刺して焚火で焼いているところだった。脂が直火に炙られて香ばしい香りが辺りに漂う。しかも三羽もある。僕も野兎くらいなら狩ることはできるが、まだ鳥のように空を飛ぶものは狩ることができていない。それだけ僕が未熟だということを改めて思い知る。



「ほう、接近戦での手札を多く持つことはいいことです。敵がアルト殿を侮っている時に予想外の手段というのは非常に効果的です」

「まだ使い物になるかどうかは実戦で試してみないとわかりませんが。ただ魔物相手には使い勝手が悪いかもしれません」

「毒や酸で攻撃する魔物もおりますからな」


 日も暮れて焚火を囲んでの夕食時、今日していたことを報告すると、先生も有効だと認めてくれた。だがこの方法は最初から魔物相手を想定していないと知ったら先生は僕のことをどう思うだろうか。

 

 これまで様々な経験をしてわかったこと、魔物は確かに恐ろしいが、それよりも怖いのは人間だということ。魔物は策を弄しない。もちろんゴブリンやホブゴブリン、コボルトのように簡易的な武器や罠を用いてくる種類はいるが、それとてたかが知れている。それに……同族を相手にすることはほとんど無い。


 だが人間は違う。私利私欲のために同族を襲う。自身が優越感に浸るために他者を陥れる。共存を望み笑顔で握手するその裏側は、都合のいいカモが手に入ったとほくそ笑む。お互いの腹の内を探り合うという、醜くていびつな共存。そんなものがこの世界の至るところに転がっている。


「明日は日の出と共に出発しましょう。日中に山越えしたいものです」

「はい、じゃあ僕が不寝番をします。オルディアも一緒にね」

『お肉おいしー』


 既に自分用の一羽を食べ終えて僕の残り物にかぶりついているオルディアを撫でる。僕はまだ馬車を上手に扱うことができないので、細い道が続く山越えでは先生に頼り切りになってしまう。そのために先生を寝不足にさせるわけにもいかないので、自然と僕が不寝番をすることになる。


「ではすみませんがよろしくお願いします」

「はい、任されました」

『任されたー』


 焚火の傍で寄り添い合う僕たちを見た先生が微笑みながら馬車の荷台へと入ってゆく。周囲には先生が張った結界もある。それに……


「アオイ、どうかな?」

【周囲に熱源反応複数、そのうち人間と思われるものはありません】

「きっと小型の獣じゃないかな」

『だいじょうぶー』


 アオイの索敵にも誰かが来る気配はないようだ。元々この辺りには盗賊の噂も出ていない。魔物に関しては先生の張った結界に隠蔽の効果があるそうなので、よほど強力な力を持った高位の魔物でもない限り気づかれることはないそうだ。


「のんびり夜を明かそうか。おいで、オルディア」

『はーい』


 焚火が消えないように注意しながら、オルディアを呼び寄せて枕代わりにして夜空を見上げる。そこに広がるのは満天の星空。こんなありふれた光景さえ以前の僕は自由に見ることが許されなかった。そう思うと今の生活はとても楽しい。命の危険は確かに多いが、それ以上に魅力的なものが多すぎる。


 ただし、それも先生がいてくれるから不自由しないだけで、きっと僕一人だけではこの山を越えることすら難儀するだろう。そのためには僕も出来るだけ早く自立できるように先生からもっとたくさんのことを学ばなければ。先生とていつまでも僕と一緒にいられる訳ではないのだから。




【アルト様、接近する熱源があります】

「え? いけない! オルディア、起きて!」

『ほえ?』


 アオイの警告に思考が現実に引き戻される。オルディアにも注意を促したが、なぜかオルディアは反応が鈍い。


『気配しないー』

「本当に? でもアオイが……」

【確かにこちらにまっすぐ接近してくる熱源があります。その数は一、女性のようですが……この反応は……】

「女性? どうしてこんな夜中に?」


 アオイが続けようとした言葉を待たずに小剣を構えて入り口に向かって身構える。もし魔法を使う賊だとしても先生の結界が防いでくれる。となれば飛び込んできての接近戦になる。僕はともかくオルディアをいなすのは簡単ではないはずだ。彼女が賊を相手にしているうちに先生を起こして体勢を整えればいい。


 と、入り口付近の木々が揺れ、そこから一人の女性が姿を現した。おそらく休憩することなくここまで来たのだろう、肩で大きく息をしている。ここまで休みなしと考えれば相当無理したはずだ。だがどうしてこの人がここに?


「はあ……はあ……やっと追いつきました……」

「どうしてあなたがこんな時間に?」


 木々をかき分けて姿を現したのは一人の女性。つい最近見知ったばかりだが、とても印象に残っている。主に苦労人としての認識しかないが。


「ア、アルト君! 大変なことが! バーゼルさんはどこに?」

「とにかく落ち着いてください。まずは息を整えてください」


 僕の言葉にほっとしたのか、その場に座り込んでしまうその人は冒険者ギルドのラザード支部の受付嬢さんだった。どうしてこんな時間にここにいるのかが気になるところだが、それよりもサリタさんの世話役のあなたがこの場にいることで支部内で面倒ごとが起こっていないかが心配だ。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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