14.放たれた者
途中で視点が変わります。ご注意ください。
「彼らはもう発ったのか?」
「はい、夜明けと共に」
「どこへ向かうかは知っているか?」
「いえ、ただこの街にマディソン辺境伯の手の者が入り込んでおります」
受付嬢の言葉にサリタの目が険しいものに変わる。二人がいるのはラザードの冒険者ギルドの支部長室、珍しく朝から執務机に向かい書類の処理しているところに受付嬢が報告書を持って入ってきたのだ。受付嬢の手渡す書類を見て目を見開く。
「こいつはとんでもない奴を送り込んできたな。だがどうしてここまで拘る?」
「マディソン辺境伯はガルシアーノ家と関係が深いです。おそらくその関係かと」
「やはり黒の旅団の件か。誰かが五王家の一角を崩そうとしているのだろうな」
正統王家と五王家の関係は建国当時から続く強固なものだ。だが強固な関係というものは長く続けば続くほどその内部は癒着が多くなってくるものだ。いかにこの国を代表する名家といえどもその傾向は確かにある。サリタが掴んでいる情報にもそれを匂わせるものが多数見られた。
正統王家とはいっても、王位継承者がそう多く生まれてくるとは限らない。それに正統王家の血族内での婚姻は近親婚にあたるため、不妊や死産の危険も多くなる。その防止のために、王位継承者の婚姻の相手を五王家から出しているのだ。だがそれ自体は問題ない。正当な方法で選出されていればの話だが。
「ここだけの話だが、正統王家の婚姻相手を出すのになぜ争いが起こらないと思う?」
「そう言えば……いつもすんなり決まっていますね」
通常ならば高位の貴族家どうしとなれば、多少の諍いは起こるものだ。それはお互いのどちらが上かという見栄のようなものである。そして正統王家に婚姻相手を出したとなればより優位に立てるというものだ。だがこの国にはそれが無い。
「それはな、順番なんだよ。今回はうちが出したからつぎはそちらで、というようにな。そして今回はおそらくガルシアーノの番なのだろう」
「どうしてわかるんですか?」
はっきり言って今の内容は談合である。五王家が組んで正統王家を囲い込んでいるのだ。そんな重要な情報、それも今回がガルシアーノの番だとわかるのか、それが受付嬢には不思議でならなかった。
「なぁ、属性の稀少性については知っているな?」
「はい、より発現率の低い属性ほど稀少で、火や水のような通常属性、それより稀少なのが闇、光の順で最も稀少なのが聖属性です。こんなの初歩の初歩じゃないですか」
「ああ、だがそれに捕捉するならば複数属性、それも三属性以上も稀少とされている」
「それが正統王家との婚姻にどう関係が?」
「正統王家はその血に稀少な属性を取り込もうとしている。他の血統との差別化を図るためだな」
「だからそれがどうして……」
「襲撃されたエフィ嬢は聖属性持ちだそうだ」
「あ……」
ガルシアーノの関係筋の聖属性持ちの若い娘が狙われる。普通ならば五王家の一角に仕掛けるような者はいない。少なくともこの国には。だがもし婚姻相手として用意した者が暗殺されたとしたらどうだろうか。間違いなくガルシアーノの面子は丸潰れである。そして正統王家や五王家は面子を重要視する家柄でもある。ここまで言われれば多少知識がある者であれば気付くだろう。
「マディソン辺境伯はガルシアーノ家が信頼する配下だ、エフィ嬢襲撃の黒幕を調べるように指示が出ているのか、それとも独断かはわからんが、ようやく重い腰を上げたということだろう」
半ば放り投げるように机に無造作に書類を置くサリタ。そこには入り込んでいる者の素性が書かれていた。
「次期Sランク候補冒険者ルーイン、通称狂犬。また厄介な相手を送り込んできたものだ」
「ご存じなのですか?」
サリタもAランク冒険者、ほかの高位冒険者のことは情報をつかんでいる。その中でもルーインは危険な部類に入る冒険者だ。
「奴はどんなことがあっても依頼をこなす。それはいい、依頼をこなせない冒険者など不要だからな。だがその内容が問題だ」
徐にサリタが机の引き出しから分厚い資料を取り出す。通常は魔法で厳重に施錠されている極秘資料だ。その資料のとあるページを開く。
「ここを見ろ」
「要救助者の生存率百パーセント? 凄いじゃないですか」
「その下が問題なんだよ」
「要救助者の正常帰還率ゼロパーセント? 何ですか、これは!」
受付嬢が声を荒げるのも無理はない。正常帰還率とは、要救助者をいかに傷つけずに助け出すかを意味している。それがゼロということはつまり……
「奴は手段を選ばん。戦いに集中するために要救助者の足を斬りおとして動けなくしたという未確認情報まであるほどだ。だが一部の圧力により詳細はもみ消されている」
「そんな危険人物が動いていると?」
「目的はおそらくアルトだろうな。だがエフィ嬢は無事、黒幕が判明するのも時間の問題である今、どうしてこんな奴が動く?」
手段を選ばない者ほど危険なものはない。さらに今回はおそらくマディソン辺境伯からの正式な依頼だろう。辺境伯の名のもとに強引な手段を取ることは容易に考えられる。
「ルーインを呼べ、ここは私が管理する街だ、きっちりと釘を刺しておいてやる」
「アルト君のためですね」
「まあな、せめてこのくらいの援護はしてやらんと街の人間に石を投げられる」
「わかりました、手配いたします」
受付嬢は笑顔で執務室を出てゆく。それを見送るサリタ。そこにはある種の決意の表情があった。
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「見てくださいよ、これ! 剣も防具も新品みたいですよ!」
「ほう、ずいぶん気合を入れて仕上げてもらえたようですな」
街道を行く馬車の御者席で先生の隣に座って綺麗になった装備を見せる。僕は前衛職ではないが、いい装備というものは気分を高揚させてくれる。
「でもよろしかったのですか? もう少し滞在しても良かったのでは?」
「いえ、あのままいけば色々と身の危険がありそうだったので……」
苦笑いする僕を見て先生も腑に落ちたという表情を見せた。黒の旅団を倒した後、数日はラザードに滞在していたのだが、街をまともに歩くことができなかった。というのも、街に出ればどこからともなく娼婦のお姉さんが現れて僕を娼館に連れて行こうとするのだ。先生曰く、街を救った英雄の初めての相手というのは彼女たちのステータスになるらしいので、しばらくは我慢するようにとのことだった。だがそれも二日までだった。
三日目に僕の前に現れたのは……男の人だった。なのになぜか女性の恰好をしていた。
「ようやく見つけたわ、かわいい英雄さん」
「ひッ……」
声をかけられた瞬間、全身にたとえようのない悪寒が走った。このまま流されてはいけない、僕の本能がそう警告してくる。今すぐに逃げ出さなくては!
「アタシ達と一緒にいいコトしましょ?」
「え、遠慮します!」
一瞬の隙をついて逃げ出したが、はっきり言っていままでの窮地のどれよりも恐ろしかった。どこをどうやって宿まで戻ってきたのかすら覚えていなかった。近所だからとオルディアも連れずに出かけたのが悪かったのか。
「せ、先生! すぐに出発しましょう! 遅くても明日の夜明けには!」
「ど、どうなされました?」
息を切らしながら状況を説明する僕。その後先生に大爆笑されたが。彼らは所謂男娼というもので、それなりに需要があるのだそうだ。少なくとも僕には不要だ。まだ女性ともそういう行為をしたことがないのに男性相手なんて信じられない。
「次はどこに向かいますか?」
「と言われても僕には土地勘が無いので……」
「では王都に向けて進むとしましょうか。王都まではおよそ一月、その間にいくつか街を通過しますので、そこで情報を集めて行き先を検討しましょう」
「そうですね」
王都はこの国の象徴、最も栄えている場所でもある。辺境の街とは比べ物にならないくらい色々なものがあるのだろう。高揚する心を抑えながら、馬車の揺れに身を任せていた。
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「き、貴様、自分が何をしているのか理解しているのか?」
ギルドの執務室は異様な光景だった。室内はまるで嵐が通り過ぎたかのように物が散乱し、頑丈そうな執務机は無残な残骸へと姿を変えていた。そして床一面に広がる鮮血。
「理解、してるぜ。俺に指図しようとした年増婆に身の程を教え込んでるだけだぜ?」
「な、なんだと……」
部屋の中央には二つの人影、一つはサリタ、もう一つはグレーの髪をした痩せぎすの男……
「ルーイン、お前はいったい……」
「俺が受けたのはバーゼルを連れてこいって依頼だ。だが五体満足でなくちゃいけないなんて話は聞いてないぜ。両手両足斬りおとせば逃げられることはないだろ」
「そんなこと……させるか!」
「だから無駄なんだよ、俺に魔法は効かないんだからな」
サリタが首をつかまれてつるし上げられた状態から魔法を放つ。至近距離から放たれたそれは自身の負傷を前提にした捨て身の攻撃。通常ならば回避不可能のはず。だが……
「ぐうッ!」
サリタの放った闇属性の衝撃波はルーインではなくサリタを襲った。吊るされた状態では回避などできるはずもなく無防備に喰らってしまう。衝撃で拘束の外れたサリタはそのまま壁に激突してしまう。
「さすがに支部長相手にやりすぎちゃ今後自由に動けなくなる。いいか、俺の邪魔はするなよ」
「……光属性か」
「ご名答、さすがエルフ、長生きしてるのは伊達じゃないな」
「……いかなる魔法も反射する究極の対魔法防御……」
「ああ、これさえあればバーゼル如き敵じゃねえ。そうすれば堂々とSランクを名乗れる」
「そうか、だが貴様はいずれ必ず負ける。躾のなっていない犬は狩られる。心しておけ」
「負け惜しみかよ」
ルーインはサリタを蹴ろうとしたが止めた。既にサリタの意識が飛んでいたからだ。さすがにこれ以上やればサリタとて生命の保証はない。支部長殺しとなればギルドは総力をあげて殺しにくる。流石にそれは嫌なようで、力なく横たわるサリタの小さな身体に唾を吐くと、執務室を後にした。
「……た、大変、アルト君たちに連絡しなくちゃ!」
ルーインが出ていった後、カウンターの陰に隠れていた受付嬢は震えながら立ち上がると建物の外へと出ていった。今アルト達を護れるのは自分しかいない、そう信じて……
これでこの章は終わります。次章はだいたい一週間後くらいを目安に考えています。
読んでいただいてありがとうございます。