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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
5章 追跡者編
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10.鋼鉄熊

今日は定刻通り!

 青ざめるサリタさんの言葉に嘘はない。それは魔法尋問が対象者の心の中を強引に覗き込む魔法であり、起きている者で、闇属性魔法への造詣が深い者であれば対処することもできるであろうが、今回は失神した状態であり、抵抗することなどあり得ない。


 鋼鉄熊スチールベア、確かここラザードをはじめとした鉱山周辺に棲息する魔物である。食性は雑食、主に木の実や草木、昆虫類を捕食している。だが特異なのは鉄を含んだ鉱石を好んで食べているということが挙げられる。食べた鉱石は消化され、その成分は全身の獣毛に蓄積される。そのため獣毛は金属のような硬さと獣毛の柔らかさを併せ持つ鎧となり、生半可な刃物の攻撃など受け付けない。

 通常はその食性故、他の大型の動物を襲うことなどない、もちろん人間も含めて。さらに性格は臆病で、鋼鉄の獣毛も他の魔物から身を守るために変化したとされている。そんな魔物が豹変する唯一の条件、それは子供を奪われること。鋼鉄熊は群れ全体で子育てをする。子供を害そうとする者が現れれば群れ全体で攻撃し、逃がすことはない。そこまで子供を大事にする鋼鉄熊の子供がここにいるという事実。


「まずいぞ……あいつらは匂いに敏感だ。ここにいることがバレたら群れで雪崩れ込んでくるぞ?」

「では今すぐに街の外に捨ててきましょう!」

「それは駄目だ、我々にも匂いが移っている。子供を攫った犯人だと認識されてしまう。さらに迂闊に攻撃してしまえば敵認定間違いなしだ。まさかこんな手を使ってくるとはな」

「すみません、僕のせいですね」

「いや、少年のせいではない。おそらくこれは奴らが新しいパトロンを探すための示威行為も兼ねている。街ひとつ陥落させる実力があると売り込むためのな」


 僕が落ち込んでいる姿を見てサリタさんが声をかけてくれるが、その表情は芳しくない。それもそのはず、書物の記載を信用するならば鋼鉄熊の群れは小さいもので数十頭、大きければ百は超えるらしい。凶暴化した魔物の集団、蹂躙されるのは明らかだ。


【アルト様、鋼鉄熊の情報が不足しています。詳しい生態がわかる資料を】

(なんとかできるの?)

【方法を検索してみますが、情報が不足しています】

「サリタさん、鋼鉄熊の生態がわかる資料はありますか?」

「……書物庫に数冊あったはずだが、どうするつもりだ?」

「何とかできるかもしれません」

「やめておけ少年。君が責任を感じる必要はない。そもそも魔法尋問で情報を引き出したにも関わらず全滅させられなかった王宮近衛守護隊に責がある。君はただ襲撃者から要人を守った、それだけだ。君に責を問うのはお門違いというものだ」


 サリタさんは僕の表情を見て、責任をとって戦いに向かうと思っているのだろう。確かにそういう感情も無いわけじゃないが、アオイが情報を求めている。彼女がそう言うからには何らかの方法を見つけ出せる可能性があるということ。可能性があるのならそこに賭けてみるべきだ。


「ですがここで何もせずになんていられません」

「わかった、案内してやれ」


 サリタさんは半ば諦めた様子で指示すると、先を歩くお姉さんに案内されて階段を上る。二階の奥まった部屋の扉を開けると、部屋の壁いっぱいに設置された本棚にびっしりと書物が納められていた。お姉さんは迷うことなく一番奥の棚に進んで二冊の本を取り出した。


「こちらが鋼鉄熊に関する資料です。こちらは生態について、こちらは過去の出没事例です」

「ありがとうございます」

【参考文献を確認、スキャンを開始します。情報取得、最善と思われる手段を選択いたします】


 早速アオイが情報を入手して対策を考えている。こうなってしまえば僕にできることはない。なので僕も僅かながらも情報を共有するべく生態に関する資料を読んでみる。非常に温和な魔物なので、一度忌避した場所に戻ることは無いと書いてある。となればこの街を忌避するようなことをさせればいいのか。

 それに嫌う傾向があるものとして、ある種の野菜が効果的とあるが、記載されている内容がインクが滲んでいてよくわからない。アオイは判別できたようだが。


【選択完了、最善手を確認しました。特定のアルカロイド配糖体に極端な忌避反応を示すことが判明しました。目的は特定危険生物、鋼鉄熊の群体の退散及び継続的な忌避状態の確定、付随して襲撃者の残党の制圧といたします】

(準備できたの? って残党? このタイミングで?)

【子熊の匂いを消しているのでしょう。おそらくさらに強力な匂いを放つもので隠していると思われます】


 まさかこの状況でと思ったが、自分たちが襲われない方法があるとわかっていればこれほど襲撃に適したタイミングはない。鋼鉄熊にかかりきりになっている間に背後から一撃ですべては終わる。いや、あいつらは僕に対して異様なほどの憎悪を抱いている。手足を潰すなりして後は鋼鉄熊に任せるという方法もある。

 だがアオイの方法にはそいつらも制圧する方法も含まれるという。そんなに都合のいい方法などあるのだろうか?


【まずは移動を。詳細はその間に。既に対象は街の入り口に到達しています】

「こちらは終わりました。戻りましょう」


 受付のお姉さんに声をかけ、一階へと降りると先生とサリタさんが戦闘準備を始めていた。先生は剣の手入れを、サリタさんは杖を持ち出している。


「サリタさん、この建物の屋上に行くことはできますか?」

「どうした? 屋上に何かあるのか?」

「もう街の入り口に来ています! 街の人たちには合図して家から出ないように伝えてください!」

「わかった、おい、すぐに早鐘を鳴らせ」


 これは当初僕も知らなかったことだが、ギルドの支部のある街にはこういった緊急用の連絡手段がある。これもギルドが辺境の防衛手段となっている証拠だろう。


「それから襲撃者もこの混乱に乗じて侵入してくるようです。なのでどちらも対処します」

「……方法があるのですね」

「はい、ただ僕には襲撃者に対応する余裕が無いかもしれないので、そちらをお任せしてもいいですか、先生?」

「……わかりました、お任せください」

「おい! バーゼル!」

「アルト殿がこう言うのであれば、住人に被害を出さずに対処できるということでしょう。それともあなたには手立てがあるのですか?」

「いや、多少の被害はやむを得んと思っている」

「ならばここはアルト殿に任せて我々はサポートに回りましょう。それでも駄目ならばあなたにお任せします」

「……わかった、だが後できっちり説明してもらうぞ」


 渋々承諾したサリタさんとお姉さんを伴い、僕たちは屋上へと上がった。捕縛した襲撃者はオルディアが咥えて連れてきている。もしここまで鋼鉄熊が来れば彼らも間違いなく襲われるだろう。今後も情報を得るためにもまだ死なせるわけにはいかない。もちろん子熊は建物の外に出してある。


「彼らの目的は子熊を取り戻すことが最優先、となれば仕掛けるのは子熊を親熊が見つけた直後です」


 そう説明しつつ眼下を確認すると、子熊が親熊と思しき番に向かって駆け出していた。その匂いを確認し、背に乗せて歩いていく熊。他の熊は攫った犯人を捜しているようだった。


【仕掛けるのは今です。対象エリア設定完了、準備完了しました。キーワードを詠唱してください】


 アオイの言葉が仕掛けるタイミングを指示してくれる。あとは詠唱して魔力を供給するのみだ。僕を狙う者については先生たちを信じて任せるとしよう。だがアオイはあいつらも纏めて制圧するつもりのようだが。


『せかいのまつり とまと』


 途端に魔力が抜かれる感覚。そしていつもと違うのは、漆黒のゲートが複数現れているということ。その数は四、発現場所はギルドの建物周辺だ。


「な、なんだこの重圧は……何が起こっている?」


 僕の召喚を見たことがないサリタさんには驚かせて申し訳ないが、今は説明している場合じゃない。そもそも僕にも何が起こるのか理解できていないのだから。


はい、とまとです。有名なアレです。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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