7.成長
バーゼル視点→主人公視点と移ります。ご注意ください。
寝過ごしましたw
アルト殿がオルディアを連れて酒場を出ていきました。尾行している者が自分を狙っていると理解しての行動でしょう。アルト殿の性格ならば、無関係な者を巻き込むようなことは好まないでしょうし、万が一にも人質を取られたりすれば動きを制限されるかもしれないと判断したのでしょう。ずいぶんと頼もしくなったものです。
仮にも保護者なのですから、単身で向かわせるなどあり得ないのでしょうが、私に一声かけてきた彼の纏う空気に思わず気圧されたせいで、そのまま送り出してしまいました。元Sランクの私が一瞬とはいえ動きを止めるほどの異様な空気。彼は属性魔力を持たないが故に、我々常人にはその力を感じ取ることができませんが、それでも彼の纏う空気からその秘めた力を感じることができます。尾行していた者の気配は私もかなり前から気付いていましたが、連中ではアルト殿に太刀打ちできないでしょう。
とはいえ、保護者なのですからここで酒を飲んで待つなどあり得ません。いつでも救援できるような距離から見守ることにしましょう。
建物の屋根伝いにアルト殿を追跡してみれば、彼はまったく躊躇うことなく人気のない路地へと入っていきます。おや、途中でオルディアと別れました。おそらく挟撃するつもりなのでしょう。そして彼の思惑通りに男たちも路地へと入ってゆき、行き止まり部分にて、アルト殿が男たちと対峙しました。さて、私も助太刀の準備を……そう思って動こうとした時、濃密なる力の気配に動きを封じられてしまいました。これはマウガの時と酷似しています。私の予想が正しければきっと……
それはまさに蹂躙という言葉でしか表現できない光景でした。夜の闇よりもはるかに深く濃い漆黒から現れたのはたくさんの暴れ牛。猛烈な勢いで男たちを踏みつぶしていきます。ただ少々意外だったのは、牛が踏む以外の攻撃をしていないことです。雄牛ならばその角で更なる危害を加えることもあるのですが、アルト殿が殺さないように手加減しているのでしょう。見張りをしていた二名が逃亡しましたが、それも理解しているようですね。
おっと、いけません。アルト殿は失神している男たちを連れて戻ってくるようです。酒場に戻って待つことにいたしましょう。着実に成長されているようで感慨深くもありますが、ほんの少しだけ切なさも感じます。もし我が子が生きていたならば、子供が巣立っていくときにこんな感情を味わったのでしょう。それを今こうして味わうことになろうとは……
出来ることならば、これから何度もこの切ない感情を味あわせてもらいたいものです。若干の嬉しさを含んだ、この切なさを……
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先生の助言もあり、捕縛した襲撃者たちをギルドに引き渡すことにした。ギルドはここラザードのような辺境の街では治安維持の役割も担っている。というのも、辺境を治める領主の中には領地に複数の大きな街を持つ者もいる。そんな場合は代官を置いて領地管理をするのだが、兵士となるとそうはいかない。治安維持活動をできる兵士というのは高い実力を求められる。いつどこで起こるか分からない事件のために、常に全力を発揮できる状態でいなければならないのだ。
その点、冒険者ギルドであれば現在その街に滞在している冒険者は概ね把握している。問題が発生してもその規模によって集める人員を選定すればいいだけだ。さらに言えばギルドは昼夜問わず開いているので、必然的に情報も集まる。問題発生の第一報も大概はギルドに入っているのが現状のようだ。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ。あら、確かあなたは……アルトさん?」
「はい、先ほど街で襲撃されまして。捕まえてきました」
カウンターで眠そうな目をしていたお姉さんに声をかけると、目を擦りながら応対してくれた。僕のような低ランク冒険者の顔と名前を覚えてくれているなんて、少しだけ嬉しくなってくる。
「全員黒の装備なんで珍しいと思ったんですが、もしかして【黒の旅団】のメンバーじゃないかなって……」
「え? ちょっと待って、それ本当なの?」
「全身黒の装備といい、所々にある紋といい、おそらく間違ってはいないかと」
「バーゼルさんがそう言うのであれば……ちょっと調べますからお待ちください」
そう言うと受付カウンターのお姉さんは慌てて奥へと消えていく。突然の行動にびっくりしていると、先生が理由を教えてくれた。
「この連中が本当に【黒の旅団】とは限りませんから、魔法尋問を行うのでしょう。ギルドの支部には魔法尋問を行える魔法使いがおりますから。大概は支部長かそれに次ぐ地位の者が執り行います」
「そんな偉い人が?」
「魔法尋問は精神操作の魔法の一種ですから、使う者には厳しい制約がかけられます。高い地位にある者ほど制約も厳しいです。悪用されることを防ぐ為ですな」
精神操作と聞いてちょっと嫌な気分になった。人生を台無しにされていたかもしれないと考えると、この気持ちはこれからずっと消えて無くなるということは無いと思う。
だがこの連中は理不尽に僕の命を狙おうとした。自分たちの利益のために他人の命を一方的に奪おうとした。そんな奴らに使うのであれば、こういう手段も必要悪として存在する意味があるだろう。
「おや、バーゼルじゃないか。久しぶりだな、こんな夜更けにどうした? 女を買うならいい店を紹介するぞ? 私なら無料お試し中だ」
「相変わらず口が悪いですね。それだけは遠慮しておきます。いくら私でも貴女だけは勘弁願いますよ」
奥から受付のお姉さんと共に現れたのは、艶やかな銀色の髪に褐色の肌の女性。その口ぶりから旧知の間柄だと思うが、問題なのはその見た目だ。
どう見てもその女性は僕より年下、それも年齢一桁くらいにしか見えない。なのに先生に対してフランクな話し方をしている。さらにお姉さんは自分よりも上役を呼びに行ったはず。となればこの少女はこの支部の支部長クラス?
「アルト殿、彼女はこの支部の支部長です。こんな見た目ですが、残念ながら事実なのです」
「随分と酷い言いぐさじゃないか。お、そっちの子供はなかなかいい線行ってるじゃないか。どうだ、お前の童貞を私で捨ててみないか?」
先生の残念そうな口調にもまったく動じることなく、その少女、というか幼女はマイペースに話を進めてくる。そもそも僕はこんな幼い女の子に欲情するような趣味はない。
ギルドの支部長となればそれなりの実力者だと思うが、まさかこんな残念な幼女だとは思わなかった。
ようじょがあらわれた。ものほしそうにこちらをみている。
読んでいただいてありがとうございます。