表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
5章 追跡者編
63/169

3.禍根

間に合った……

「た、大変です!」

「何だ、騒々しい」

「先日【宵闇】を追わせた者たちが……全滅しました」

「……まさか返り討ちに遭ったのか?」


 マディソン辺境伯は側近からの報告を聞いて苦虫を嚙み潰したような顔をした。だがこの結果はある程度予測していたものでもある。引退したとはいえSランクまで上り詰めた者、生半可な戦力では歯が立たないのは当然である。だが側近からもたらされたのは彼の予想とは異なる内容だった。


「いえ、別の何者かによるものです。発見されたのはロッカですが、情報によれば【宵闇】は既にロッカを発っていたそうです」

「なら誰がそんな真似を?」

「……気になる情報が入っております。ロッカには王宮近衛のレジーナがいたとのことです」

「……それはまずいな、レジーナはガルシアーノ家との関わりが深い。まさかガルシアーノに手を出したんじゃないだろうな」

「それが違うようなのです。こちらの出した人間のほかに、黒づくめの死体がいくつかあったようなのですが、こちらの息のかかった者が調べようとした瞬間、炎が巻き起こったと……道連れです」

「おいおい、そいつはここ最近王都でも問題になってる暗殺集団の手口じゃないのか?」

「聞いたところによると、【宵闇】が手を貸してレジーナがその集団の一部を捕縛したとのことです」

「……なるほど、奴らの狙いも【宵闇】か。大方仲間を捕縛された仕返しでもしようとしているんだろう。で、こちらの手の者は邪魔になったわけだ」

「どうなさいますか?」

「とりあえずは静観だな。五王家が絡むとなれば迂闊に手出しすればこちらが大火傷を負う上に面倒なことになるのは必至だ。戦力はほしいところだが、こちらにまで飛び火してしまっては元も子もない」


 五王家には常に敵がいる。それは同じ貴族であったり、特殊な宗教集団であったりと様々だ。そして敵視する者たちは概ね武力行使を辞さない。しかも厄介なことに、完全に息の根を止めない限りしつこく狙ってくる。


「……【宵闇】らしくないやり方だな。ワシの知る情報では、奴は敵と見做した者を必ず始末している。こんな禍根を残すようなことはしないはずだが」


 辺境伯はそんな疑問が思い浮かぶ。彼は知る由もない。実際にその集団を撃退したのがアルトであり、残党が執拗に付け狙うのもアルトだということを。




**********



「追手は?」

「撒いた。だが三名死んだ」

「問題ない。我らの目的は報復のみ、たった一人になったとて、喉笛を嚙みちぎってやればいいだけだ。あの子供のな」


 相変わらず冒険者で賑わいを見せる迷宮の入り口付近で様子を伺う複数の人影。いずれも全身を黒で統一した装備を身に着けている。


「……駄目だ、もうここにはいない。だが手掛かりはある。盗賊の賞金の割符を受け取ったらしい。となればここから近くてギルドの支部がある街に向かったに違いない」

「……ラザードだな」

「我らの仕事を邪魔したばかりか、仲間を捕縛されるなどこれ以上の屈辱はない。その命を以って対価としなければならん」

「ああ、それこそが、それだけが我らが生き延びる唯一の道だ」


 彼らはロッカにてエフィを襲撃した集団だ。ガルシアーノを陥れようとする勢力に雇われた、最近売り出し中の暗殺集団である。

 だが結果は襲撃したメンバー全員を生け捕りされるという最悪の事態。捕縛された者は魔法尋問によりアジトの場所や構成員の情報を話してしまった。その結果、集団の信頼は失墜し、依頼人からは口封じのために暗殺者を送り込まれる始末。もう裏の世界で仕事をすることはできない。

 そんな彼らが己の心に溜まった忸怩たる思いを晴らすには、あの子供を殺すことしかない。それも無残な方法で、命乞いさせながら、ほんのわずかな生きることへの望みをじわじわと削り取る。それでようやく溜飲が下がるというものだ。


「行くぞ、我らの誇りのために」


 その言葉を合図のように、迷宮の周囲の森の中へと消えていった。



**********



「これがラザード名物の湧き出る湯か……確かに気持ちいい」

『ぽかぽかするー』


 先生はこの街でのお勧めの宿に連れてきてくれた。少々、というかかなり値が張る宿だというのは建物を見ただけでわかる。これまで使ってきた宿とは比べ物にならないほど大きくて綺麗な建物。僕のような一介の冒険者が入っていいものか躊躇ってしまったが、ここの主人と先生は旧知の間柄らしい。そのおかげで特別に一番高級な部屋に泊まらせてもらえることになった。


 この部屋、何が凄いかというと、部屋に小さな風呂がついている。通常、街の宿屋では風呂なんてない。水浴び用のタライだったり、少々値の張る宿で共同の蒸し風呂程度だ。こんなに湯を溜めた風呂なんてメイビア家でも無かった。


「体の疲れが抜けていくみたいだ……」

『気持ちいー』


 湯に入って脱力すると、自然と体が浮かんでくる。初めて味わう感覚だが、とても気持ちがいい。オルディアも気に入ったのか、僕の周りを楽しそうに泳いでいる。


「あまり長く入っているとのぼせるって言ってたよね。オルディア、おいで」

『はーい』


 オルディアが体を震わせて水を飛ばしているが、それでも完全に水気が取れないので大きな水取り布で拭いてあげる。


「どうでしたか? ラザード名物は」

「とても気持ちよかったです!」


 先生が荷物のチェックをしながら声をかけてくる。まだ宿についたばかりなので、目的の割符の換金もこれからだ。先生の友人の厚意で宿泊させてもらっているとはいえ、先立つものが無いというのは心許ない。


「では準備出来次第、ギルドに向かうとしましょう。職人の街とはいえ、危険な場所もありますから注意してください」

「わかりました、すぐに準備します」


 身支度を整えて宿を出ると、空は次第に赤みを帯び始めていた。仕事を終えた職人たちが一斉に酒場へとなだれ込んでいく姿は少々恐ろしいものがあるが、これが一日の疲れを吹き飛ばす彼らなりの方法なのだろう。


【アルト様、こちらを監視している者が複数おります】

(え? どこ?)

【視線はそのままにしてください。気配の消し方や身体捌きの傾向から、以前ロッカで襲撃してきた者たちの残党のようです】


 突然アオイの警告が聞こえてきた。だがここは街中、しかも日暮れ前で人通りも多い。こんな状況で仕掛けてくるとは到底思えないが、念のために先生にも教えておこう。


「先生、さきほどから……」

「はい、一定間隔を保って移動しています。こんな場所で仕掛けてくることはないでしょうが、用心だけは怠らないように」


 やはり先生は気付いていたか。だがどうして僕たちを尾行するのかが理解できない。僕はガルシアーノ家とは何の縁もないはずだ。だが僕のことを狙うのであれば、こちらも手加減するつもりはない。彼らにも理由はあるのだろうが、それに僕が付き合ってやる必要はない。


 それに彼らはエフィさんを狙っていた。もし僕が彼らを逃がせば、再びエフィさんを狙うかもしれない。となれば何としてもここで決着をつけなければならない。いくら気まずい別れ方をしたとはいえ、多少なりとも関わり合いを持った人が害されるのは気分のいいものではない。


『お腹すいたー』


 突然オルディアが拍子抜けする声をあげた。そういえば朝から何も食べていなかったな。街に入ってからはそれどころじゃなかったこともあり、すっかり忘れていた。


「先生、換金が終わったら何か食べましょう」

「そうですな、賑わう店内で仕掛けてくるとは思えません。それにこの街の酒場で問題を起こそうものなら……」


 先生はそこまで言うと、含み笑いで言葉を濁した。果たしてこの街の酒場に一体何があるのか、僕にはまったく想像できなかった。

 

読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ