2.ラザード
何とか間に合った……
迷宮を出た僕たちはランザたちをギルドの職員に引き渡すと、迷宮を後にした。もう少し迷宮で実戦を積んでも良かったのだが、あの地竜の怯えた目を思い出すと、あまり長居して余計な気遣いをさせてしまうとも限らないので、とりあえず迷宮探索をやめて他の街に向かうことにした。
「こちらが賞金の引き換えに必要となる割符です。どこの支部でも換金可能です」
「ここでは無理なんですか?」
「ここは出張所ですので、あまり多くの金銭を置かないのです……」
受付の職員が申し訳なさそうに言ってきたがそれは当然か。こんな周りに何もなく、迷宮のそばに小さな集落があるだけのような場所に大金を置いておく訳がない。それに何かあったときの費用として少しは残しておかなければならない。
「街といってもロッカにはまだ戻らないほうがいいでしょうな。となるとここから近くでギルドの支部がある街というとラザードでしょうか」
「ラザード?」
「はい、ここから三日ほど北にいった場所にある山間の街です。職人が多く住まう街として有名ですな。迷宮産の素材も多く出回っておりますから、我々の回収した魔物の素材の買い取りもしてもらえるはずです」
職人が多いか、そういう特色を持った街にはまだ行ったことが無いな。剣の刃毀れも応急処置しかしていないので研ぎ直しも頼みたいし、防具も色々と見てみたい。やはり自分の身を護る防具は質の確かなものを選びたいものだ。
「ちなみに王都にて出回る武器や防具のほとんどがラザードで作られたものです。王都では鍛冶工房を持つことが難しいですからな」
「どうしてですか?」
「王都では反乱等を抑えるために武器類の管理を行っております。勝手に製造された未確認の武器が出回って事件を起こすことを未然に防ぐためですな」
そうか、外部で作られた武器ならば王都に持ち込む際には必ずチェックされる。武器の管理がしっかりと為されていれば不穏分子に行き渡ることもない。小さなことかもしれないが、それがひいては王都の平和を護ることになる。
「なので技術の向上を目指す職人の多くがラザードに移住してしまったのです。もっとも職人たちにとっては辺境に近いラザードは稀少な魔物素材の入手がしやすいので多少の生活の不便さは気にならないようですが」
確かに王都となれば魔物素材の入手も難しいだろう。昔聞いた話によると、王都ではメイビアよりもはるかに素材の価格が高いそうだ。それは複数の商人の手を介して持ち込まれるため、その利益が上乗せされているかららしい。もちろん輸送中のコストも含まれているのだから仕方がない。
「ただし、職人というのは良く言えば頑固、悪く言えば変わり者が多いですから要注意です」
「変わり者……ですか……」
先生はそう注意を促してくるが、僕には先生が危惧するほどのことだと思わなかった。
「おい、その犬の毛皮、いくらで売る?」
「骨はワシが買い取るぞ!」
「何言ってるんですか! オルディアは売り物じゃありません!」
『ご主人様ー、ちょっと怖いー』
ラザードに着いて早々、先生の言うことを真剣に聞いておかなかった自分をあの時に戻って殴ってやりたい気持ちになった。
迷宮を出てから三日後、特に問題もなく僕たちはラザードに到着した。ラザードは様々な鉱石が取れる山々に囲まれた大きな川沿いにある街で、所々に職人たちの工房がある。川は職人たちの生活はもちろんのこと、作業にも必須な水を供給しているだけでなく、上流で採取された素材を運搬するための航路にもなっている。
「何ですか、この匂いは?」
「これもこの街の特色です。この辺りは地下から熱い湯が出る井戸が多くありまして、そこから出る湯の匂いです。その湯は療養にも聞くと言われておりまして、街の外れには王都や大きな街を治める貴族の別荘が多数あります」
別荘か……もしかしてガルシアーノ家の別荘もあったりするのか? エフィさんとは気まずい別れ方をしたから、ついそんなことを考えてしまう。
だがそれよりも今この状況を早くなんとかしたい。オルディアを連れて街に入ったとたん、職人たちが彼女を見つけて売値を聞いてきたのだが、その数がどんどん増えていく。オルディアは僕の大事な家族だ、売るなんて絶対にありえない。そういくら説明しても職人たちは聞き耳を持たない。これが先生の言っていた「変わり者」ということだろうか。
「まずは……ギルドに向かう前に宿ですな」
「……そうしてもらえると嬉しいです」
僕とオルディアの疲弊した様子を見て、先生がそう言ってくれる。まさかこの街の職人たちがこんなだとは思っていなかった僕が悪いのだろうか。職人と呼ばれる人たちに会ったことなどほんの数回しか無い僕だが、この街の職人皆こんな感じだとしたら心が休まる気がしない。遠くに宿の看板を見つけた僕は、異様な雰囲気に呑まれて震えるオルディアを撫でて安心させながら、一刻も早く休みたい気持ちでいっぱいだった。
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