1.疑惑
新章開始です。
プロローグ的な第三者視点です。
「ほう? あのランザを仕留めた者がいると?」
「はい、それも生かしたままのようです。おかげで裏仕事を頼んでいた貴族家の名が割れそうですが」
マディソン辺境伯領一の都市、エアクスの中心部にある一際巨大な建造物。その一室、重厚な執務机に座ったままの初老の男性は側近の男性から報告を受けていた。その表情からは何か面白いものを見つけた子供のような目の輝きが見て取れる。
「盗賊の首領如きの証言では大した効力も持たん。せいぜい下流貴族が尻尾切りに使われるだけであろうて。だが生け捕りとは興味深い。情報によればランザは大層狡賢いと聞いていたが」
「はい、その点については未だ憶測の域を出ませんが、どうやらランザは迷宮に隠れていたようです」
「まさか魔物を恐れて逃げ出すような連中じゃないだろう?」
ランザは姑息な手を常套手段とする盗賊のため、評価は一概に低い。だが姑息な手段というものは使うタイミングを選ぶ。最適なタイミングでなければ単なる悪手でしかない。使いどころを見極めているというだけでも評価は高くなければならない。間違いなくランザは実力を隠している、そのことを初老の男性は熟知しているようだった。それゆえに、生け捕りにしたという事実に興味を持ったのだ。
「それについてですが、ランザが捕縛されたのは【地竜の住処】でして、ギルドの受付によりますと捕縛したのはあの【宵闇】だそうです」
「あいつか、現役復帰したというのは本当だったらしいな。しばらくマウガで執事の真似事をしていたようだが、流石に血の滾りを隠せんか。あのサイクロプスを見てしまってはそうなるのも頷ける」
満足そうに頷く初老の男性。側近の男はその顔色を窺うように言葉を続ける。
「……それでですが……ランザから少々厄介な証言が取れたようで……」
「……何だと?」
途端に初老の男性の目が厳しくなる。年齢を感じさせない威圧感に側近の男は気圧されながらもかろうじて言葉を続ける。
「それが……メイビア子爵の名が挙がっておりまして……どうも汚れ仕事の一部を請け負っていたようなのです……」
「……フリッツの馬鹿野郎か。だが奴も貴族の端くれ、他人に言えないような汚れ仕事をこなすための伝手があっても不思議じゃない」
貴族というものは綺麗事だけでは済まないということは暗黙の了解である。おおよその貴族は何かしらの手段を持っているものだ。
「そ、そうなのですが……メイビア子爵のご子息のことはご存知かと思いますが……」
「キースか? いけ好かないクソガキに育ちやがって、このワシに何の挨拶もなく王都の学校に入学するときた。誰が紹介状を書いてやったと思っているんだ」
「い、いえ、そちらのほうではなくてですね……」
側近の男はなおも増大する威圧感に冷や汗を流しながらも言葉を進める。上がってきた報告は目の前の老人をさらに激昂させることは間違いない。ともすれば自分に火の粉が飛んで来かねないが、彼も自分の職務を全うしなければならない。報告を行わなければならないのだ。
「キースじゃないだと? もしや……死んだアルフレッドの件か? あいつはフリッツの息子とは思えないほど穏やかで優しい子供だった。あの一件さえ無ければもっと幸せな人生を送れたものを……」
「そのアルフレッドを襲った盗賊というのがランザと知己だったようでして、かつて酒を酌み交わした時にその話を聞いたことがあると証言しているそうです。何者かの依頼で子供を乗せた馬車を襲うと」
「なんだと!? ワシの領内で、なおかつ寄子の貴族の嫡男の命を狙うだと!? どこのどいつだ、そんな真似をする奴は!?」
皺の刻まれたその顔が怒りの色に染まると、側近の男は怯えたように数歩後退るとバランスを崩して尻餅をつく。この男とて側近を務める者、決して弱者ではない。与えられた任務を遂行できるだけの腕と胆力を持ち合わせている。そんな彼が恐怖に体を竦ませる威圧を放つ初老の男性。
この男性こそ、メイビア子爵家、マウガ男爵家を寄子に持つマディソン辺境伯家当主、クリストフ=マディソン辺境伯である。五王家に次ぐ実権を持つと言われ、文武どちらにおいても秀でている実力者だ。
「も、申し訳ありません。それ以上のことは知らないらしく、魔法尋問にも反応が無かったそうで……」
「ちッ、盗賊の頭目程度が持つ情報などその程度か。まあいい、それよりもマウガに現れたサイクロプスについての新しい情報はあるのか?」
「は、はい、どうやらそのサイクロプスは【魔将】の可能性が高いようです」
「魔将だと!?」
思わず音を立てて立ち上がるマディソン辺境伯。それもそのはず、魔将は魔族でも上位の存在、そして背後には魔王がいると噂されている危険極まりない存在である。サイクロプスだけでも厄介な魔物だというのに、それが魔将とは悪い冗談だと思いたくもなる。だがそれが倒された今、問題は別のところにあった。
「だがそいつは倒された……となれば誰が倒したかが問題だ」
「こちらにその当時マウガの冒険者ギルドで活動していた冒険者の一覧があります」
「よくこんな資料が手に入ったな……やはり【宵闇】がいたか。それに支部長のダウニングも参加している……ん? 一人だけFランクがいるな」
マディソン辺境伯がただ一人、Fという最低ランクの冒険者がいることに気づく。今見ている資料は冒険者ギルドが今現在どのような冒険者が支部を利用しているかを知るために利用している資料だ。これを元に指名依頼を出すこともある最重要機密であり、冒険者ギルドは国という組織とは独立した存在である以上、こういうものがここにあること自体が異常である。
「実はこの資料、マウガの支部から出されたものです。当時は混乱していたようですから新人冒険者がいても不思議ではないでしょう」
「やはり倒したのは【宵闇】とダウニングが中心だろうな」
「それが……情報によると、サイクロプスを倒したのは突如現れた巨人だそうで……しかもほぼ一方的だったとの情報が居合わせた冒険者から上がってきております」
「巨人? 巨人族がマウガ付近にいるなんて聞いたこともない。それに突如現れたというのも気になる。やはり鍵を握るのは【宵闇】か、ダウニングはギルドの後ろ盾がある以上迂闊に手を出せん。下手をすれば大きな問題になりかねん」
ギルドに関しては貴族はおろか五王家すら勝手に手が出せない。それは正統王家がかつて国を興す際に冒険者たちの助力を得たことから、独立した組織として正統王家が認めているからだ。圧力を掛けられるのは正統王家のみである。
「ではどうなさいますか?」
「サイクロプスを退けるほどの猛者を放っておくわけにもいくまい? 全ての鍵は【宵闇】が握っているのだろう。現役を退いてかなり経つとはいえ元Sランク、簡単にはいくまい。相応の者を選出して向かわせよ。多少痛めつけても構わん」
「仰せの通りに」
その日の夜、エアクスの街を発つ複数の人影があった。それぞれ馬に乗り、歩調と速度をまったく乱さない高い練度をうかがい知れる彼らは一路マウガへと進む。サイクロプスを圧倒した謎の巨人の手掛かりを知るであろうバーゼルを追うために。
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