13.猫魔将リタ
ちょっと遅れました。帰宅が遅れたもので……
プロローグ的なものです。
『ご主人様ー、ネコがいじめるー』
「い、いじめてないニャ! これはアタシが貰ったものニャ!」
「あげたわけじゃないんだけど……」
ネコ耳少女は箱を大事そうに抱えながら必死に言い訳をしている。だが右手は箱の中と口を延々と往復しており、まったく説得力がない。
「仕方ない、オルディアにもあげるよ。『ほうじゅんちきんあじ』」
アオイのページに記されているいくつかの言葉の一つを詠唱してみると、オルディアの前に先ほどとは違う色の箱が現れた。箱の一部が開いており、そこから香ばしい肉の匂いが漂う。
『わーい、肉だー』
「ニャ? また違うのが出たニャ!」
『これは我の!』
「そっちも寄越すニャ!」
新たに現れた箱をオルディアとネコ耳少女が奪い合いをしている。傍目から見れば少女と犬がじゃれ合っているようにしか見えず、どこか微笑ましさすら感じてしまう。
だが彼女は僕のことを狙っていた。殺そうとしていた。その理由を聞き出さなければこれから先安心して旅をすることができない。
『ぜっぴんしろみざかなあじ』
「ニャッ?」
僕の目の前に現れたのは先ほどとは違う種類の箱。こちらもそこから良い匂いが漂っている。それを目聡く見つけた少女は手に入れようと近寄ってくる。だが
すんなりと渡すつもりは毛頭ない。僕は少女が手にする直前に拾い上げて抱え込んだ。
「な、何をするニャ! それを寄越すニャ!」
「あげてもいいんだけど……どうして僕を狙ったのか、教えてほしい」
「どうしてお前なんかに……教える必要が……あるニャ……」
突然語気が弱くなったネコ耳少女。心なしか目を逸らされているようにも思えるが、実は僕の手にある箱にくぎ付けになっていたと気付いた時には可愛らしく見えた。
改めて少女を見ると、やや傷んではいるが、肩まである黒髪と琥珀色の瞳という、この周辺ではまず見かけない組み合わせ。大きな瞳は自己主張が激しいが、それは感情表現の豊かさの象徴でもある。口元から時折見える牙も八重歯のようで、可愛らしい反面、力強さを感じさせる。僕のまわりにはこんな女性はいなかったので、ちょっとだけ意識してしまう。
「僕にはどうして君から狙われなければならないのかが分からない。せめて理由くらいは知る権利があると思うんだ」
「う……話せば……ソレをくれるニャ?」
「うん、約束するよ」
少女はようやく重い口を開いた。そして語られる衝撃の事実。この少女はこれでも魔将の一人だという。あのヘドンとかいうサイクロプスと同じだ。僕を狙ったのは、ロッカでの僕の攻撃を見ていて、仲間に引き入れようとしたらしい。だが僕の力を危険視するようになり、ほかの魔将に引き抜かれる前に始末しようとしたらしい。
「それって酷くない? 勝手に話を進めないでほしいよ」
「だ、だって……こっちにも色々と事情があるニャ」
彼女の事情というものが何なのかは分からない。だが僕は魔将の配下になどなるつもりはない。彼女には悪いが」
「でももう諦めたニャ。地竜を屈服させるような奴は危険すぎるニャ。もう狙ったりしないニャ?」
「本当に?」
「本当ニャ。だからその箱を早くほしいニャ」
「はい、もう来ないでね」
「ウニャー! ありがとニャ!」
少女は僕から半ばひったくるように箱を受け取ると、ネコの身体能力を生かして壁を駆け上って消えていった。
「まったくアルト殿は見ていて飽きませんなぁ」
「先生、それ褒めてないですよ」
「見ていて楽しいというのは本当ですぞ。それより我々もここから離れましょう」
「そうですね。オルディア、お願い」
『いいよー』
僕の言葉に従い、巨大化したオルディアに掴まる僕と先生。オルディアは軽やかに壁を蹴って元の階層へと戻った。五階層の床に開いた穴は少しずつ小さくなっていった。これも迷宮のもつ神秘の一つなのだろう。
「まずは宿で疲れを取りましょう。ランザの賞金は明日にでも受け取りに行きましょう」
「はい、僕も疲れました」
今日も色々とありすぎた一日だった。でもあのネコ耳の女の子も僕を狙わないって言っていたし、これで一安心だ。そう思って一息つくと寝台に体を預ける。傍に寄り添うオルディアの温かさと柔らかさに心地よさを感じながら、睡魔の誘惑に負けてしまうのだった。
「で、どうしてここにいるのかな?」
「大事なことを忘れたニャ」
翌朝、寝台の傍から僕の顔を覗き込んでいる琥珀色の瞳。まさかこんない早く再会するとは思っていなかった。昨日別れたはずの少女がどうしてここにいるんだろうか。
「忘れた?」
「そうニャ。昨日のアレはとても美味しかったニャ。ありがとうニャ」
「まさかそれを言いに?」
「そうニャ。アタシはこれでも魔将ニャ。魔将がすべてヘドンみたいなやつじゃないニャ。アタシはそのあたりは弁えてるニャ」
魔将にもいろいろありそうだ。目の前の少女にはまったく敵意を感じない。
【危険度は低いと思われます】
アオイも危険視してはいないようだ。じっと僕の目を見据える琥珀色の瞳に吸い込まれそうになる。
「リタニャ」
「は?」
「アタシの名ニャ。猫魔将のリタニャ。何かあったらアタシを頼るニャ」
「あ、ありがとう。僕はアルト」
「アルト、いい名ニャ。それじゃサヨナラニャ」
リタはそれだけ言うと窓から出ていった。魔将なんて関わり合いになりたくはないが、リタなら再会したいと思う。
【やはり胸ですか?】
アオイの声がとても冷たく感じるのは僕の気のせいだろうか。アオイ、僕はそんな理由で再会したい訳じゃない。でも……ほんのちょっとだけだがそれも理由だ。
【本当に?】
すみません、嘘でした。あのたわわに実った魅惑の果実、魅了されないはずがない。ちょっと待て、どうして僕はこんな言い訳をしているのだろう。
【あのネコ……危険です】
アオイの呟きが窓から差し込む朝日の中、妙に人間らしく聞こえた。
これで第四章は終わりです。
第五章は今週末くらいには投稿できればと思っております。
読んでいただいてありがとうございます。