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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
4章 迷宮探索編
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8.由来

前回の召喚は最初のヒントで正解した方がいました。あの映画、大好きです。ああいう気楽に楽しめる映画がもっと多くなってほしいものです。

 僕が先生たちと合流するとほぼ同時に、四階層から続いていた階段の扉が開かれた。どうやら解放条件をクリアしたらしく、ほかの冒険者たちが歓声をあげて階段へと殺到している。だが先生は僕の顔を見た一瞬だけ表情を緩めたが、すぐに警戒色の強い表情へと戻っていた。


『ご主人様ー!』

「オルディア、心配かけてごめんね」


 元のサイズに戻って駆け寄ってきてはしきりに顔を舐めてくるオルディア。所々に返り血の跡が見られることから、こちらでも激戦が繰り広げられていたのだろう。その証拠に、巨大な筋肉男の首なし死体がいくつも散見される。


「こちらはオーガが複数体現れましてな、そちらは盗賊ですか?」

「はい、ランザ盗賊団のようですね」

「ほう、まだ息がありますので引き渡せば賞金に上乗せがあるでしょうな。ですがまだ安心できませんぞ。今回のことは誰かが意図的に引き起こしたものである可能性が高いです。その証拠にオーガは通常群れることがありません。自分より力があると認めた者にのみ付き従うのです」


 オーガ……あの死体はオーガだったのか。オーガについては僕も本で読んだ知識くらいなら持ち合わせている。力こそすべてという考え方を持った魔物で、通常は繁殖するとき以外は単独行動している。だが唯一、自分よりも確実に上位の力を持っていると判断した者には、その者の指示で群れることがある。つまりこの場にはこれらのオーガすべてが協力しても敵わない力を持った者が潜んでいるかもしれないということか。先生が警戒を解かないのも頷ける。


「このオーガの死体はどうするんですか?」

「誰も持ち帰ろうとしませんでしたから放置でいいでしょう。さすがに何か裏がありそうな魔物ですから、トラブルに巻き込まれるかもしれないと考えたのでしょうな」

「放置してアンデッド化しませんか?」

「魔力の澱みは見られませんので、アンデッド化よりも迷宮に飲み込まれるほうが早いでしょう」


 アンデッド化は死体に澱んだ魔力が入り込み、残存思念によって生前の本能のまま行動する魔物である。こいつの面倒なところは人間はおろか高位の魔物でもアンデッド化することがあり、こいつらに殺されると伝染病のよぅに澱んだ魔力が移りアンデッド化してしまうという特性を持っているところだ。

 そして迷宮が飲み込む、とは迷宮内で死んだ場合、迷宮の糧になってしまうというもの。一部の識者の説では、迷宮内のアイテムは死んで飲み込まれた者が所持していたものである可能性があるということだ。だが未だにそれを解明した者がいないので仮説どまりだが。


「どうやら杞憂だったようですな。きっと先ほどの冒険者に紛れて逃げたのでしょう」

「僕たちも出ましょうか」

「そうですな……ちょっと待ってください、地下に不穏な気配があります」


 先生が突然表情を険しくして地面を見つめる。地下……この迷宮は五階層までしかないはずじゃなかったのか? 下階層への経路は発見されていないはずじゃ……


【この階層の地盤に緩みが生じています! 崩落します!】

「何だって?」


 アオイの警告とほぼ同時に地響きが聞こえる。同時に足元が大きく揺れ始める。このフロアにはもう僕たちしか残っていない。他の冒険者はもう四階層に退避している。


「床が抜けます!」

『ご主人様!』

「先生! オルディアに掴まって!」


 オルディアが即座に巨大化して僕に向かって叫ぶ。その真意を察した僕は先生に指示すると、先生もすぐに理解してオルディアの首元にしがみつく。僕が彼女の背中に飛び乗るのと五階層全体の床が抜けるのはほぼ同時だった。そして床が抜けた先には巨大な空間が広がっていた。


 オルディアは落下する瓦礫を足場にして飛び回りながら、落下速度を抑えていた。落差はおよそ三階層くらいだろうか、滞空時間はそれほどでもなく、オルディアは難なく着地することができた。だが着地してすぐに彼女の様子がおかしくなった。


『ご主人様! 逃げて!』


 いつもとは違い、焦りがはっきりと感じ取れる叫び。強気な様子はまったくなく、まるで巨大な力を持つ者に怯えているようにも感じられた。

 不思議に思うよりも早く、その理由が判明した。巨大な空間の奥からこちらの様子を伺う巨大な何か。金色に輝く双眸はただこちらを見ているだけで全身を射抜くような威圧感を放っている。それは一介の冒険者が相対してはならない存在……


「まさか……名前の由来は真実だったということですか……」


 先生が何とか声を絞り出す。この迷宮の名は【地竜の住処】、その由来となった存在がここにいる。


「地竜……」

『よく来たな、矮小なる者よ』


 やや赤みがかった鱗の巨大なドラゴンが僕たちを見据えていた。この広い空間に巨体を鎮座させ、その瞳を僕たちに固定したまま地竜は語りかけてくる。高位の魔物は人間の言葉を使いこなすことは知られている。総じて高い知能を持つとされている竜族が人間如きの言葉をつかえないはずがない。


『我が塒で騒々しく暴れていたのは貴様らか。それにこの血の匂い、鬱陶しくて眠っておれん。ちょうど小腹も減ったところだ、貴様らを腹の足しにしてやろう』

『ご主人様! 早く逃げて!』


 オルディアが僕と先生を庇うように地竜の前に立つ。威嚇の唸り声をあげているが地竜には何の効果も与えていない。


『ほう、オルトロスか、貴様亜種か? いや、新たな種に進化しかけているのか。勇ましいのは結構だがその足は震えているぞ?』

『う、うるさい!』


 地竜のの言葉通り、オルディアの足は小刻みに震えている。それもそうだろう、竜とオルトロスでは格が違いすぎる。だが彼女はそれを理解した上で地竜の前に立っているのだ。


『そこまで主のために尽くすとは見事だと言っておこう。だがそれも無駄に終わる。貴様程度では我が鱗に傷ひとつ負わせることはできん。そっちの老骨ならまだしも貴様の主のひ弱さは我が前に立つには不相応であろう? もっとましな主に仕えればいいものを、やはり犬程度は屑の主が似合いということか』


 今の一言は聞き捨てならない。オルディアは僕を護るために、絶対に敵わないであろう敵に勇敢に立ち向かおうとしている。確かに僕は戦闘力の低い冒険者だ、僕が貶されることは甘んじて受け入れる。それは事実なのだから。だがそのせいでオルディアまで貶すことは絶対に許せない。


「……撤回しろ」

『なんだ小僧、一丁前に我に楯突くか?』

「オルディアを貶したことを撤回しろ!」


 こいつに僕たちを逃がすという意思は感じ取れない。ならば残された道は戦うこと。戦って堂々と脱出すること。オルディアの後ろに隠れて震えている場合じゃない。今ここで目の前の地竜を倒せる可能性を秘めた手段を持つのは僕だけなのだから。


『なぜ我が撤回せねばならん? 貴様らはこうして我の腹の足しになるために罠にかかるだけの存在よ』

「……罠だって?」

『人間どもは欲深い。迷宮に宝があると聞けばこぞってやってくる。そこで床を落として一網打尽にするという算段よ。ああもう面倒だ、早々に喰らってやるから光栄に思うがいい』


 自分勝手な理由を押し付ける地竜。だが僕たちはただ恐れおののいて喰われるだけの存在ではない。何より先ほどの地竜の言葉に怒りを露わにしている存在が僕の中にいるのだ。


【あのトカゲ、よりによってアルト様を屑呼ばわりするとは……どちらが屑かをその体にきっちりと教え込む必要があります。言うことを聞かないトカゲはしっかりと調教しておかなければなりません】


 アオイの言葉には相変わらず抑揚がないが、発する言葉の内容は過激極まりない。先日のロッカでの召喚のような後味の悪い経験は味わいたくない。だがアオイはそれも織り込み済みのようだ。


【ご心配なく、こういう類に最も最適なのは徹底的に心を折ることです。そのためには力の差をはっきりと認識させる必要があります。それも最も単純な方法で。再現領域はこの階層全体に設定変更完了、縮尺補正は攻撃対象を基準に設定変更完了、リリース時間は対象の戦意喪失までと設定、各パラメータは管理者権限にて設定変更完了。準備できました、キーワードを唱えてください】


 いつにも増してアオイの言葉に力強さを感じる。それもどこか黒さを感じさせるが、今の僕にはそれがとても心強く感じる。そして現れる透き通るような青い本。開かれたページに書き記された言葉を唱える僕には地竜に対する恐怖心は微塵もなかった。先生やオルディア、そしてアオイという心強い仲間がいるのだから。


『ちいさきりゅうのでし、ごかいそうのばんにん』


 いつもよりも多く魔力が抜き取られる感覚に軽い脱力感を覚えるが、そんなことも気にならないくらいに僕の詠唱によって引き起こされた現象に驚愕していた。いつもならば闇のようなゲート状のものが現れるはずだったが、今はまったく様相が違う。闇のようなものがこの階層全体に拡がり、すべてを塗りつぶしていく。そして闇が晴れたとき、僕たちはありえないものを目撃していた。

今章は連戦です。そして次なる召喚は詠唱だけでわかる方も多いかもしれません。敢えてヒントを出すなら「バスケットボール」でしょうか。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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