6.復活
途中で視点がバーゼルサイドの第三者視点からアルト視点に切り替わります。ご注意ください。
あとがきに今回の召喚のヒントがありますw
「アルト殿!」
『ウォンッ(ご主人様)!』
バーゼルとオルディアは吹き飛ばされたアルトを助けようと即座に動いた……はずだった。だがその意思に反して体はまったく動かない。アルトが扉の奥へと吸い込まれるように飛ばされてゆく様を見ていることしかできなかった。そして轟音とともに扉が閉ざされる。
「くっ! これは【影縛り】、ということは近くに闇属性魔法に長けた者がいるということですか」
バーゼルは自分の身に起きたことを即座に理解した。自身も闇属性魔法を使うため、その魔法に覚えがあったのだ。だが問題はバーゼルほどの実力者の気配察知能力をかいくぐり、自身とオルディアに対して【影縛り】を成功させるという離れ業をやってのけた者がいるということだ。この状況から考えても間違いなく敵だろう。
『ウォンッ! ウォンッ!(ご主人様! ご主人様!)』
アルトと分断されたオルディアはアルトが消えた扉に向かって何度も吠えるが、一向に返事が返ってこない。既にオルディアの行動の制約は解かれており、扉に向かって何度も体当たりしているが全く開く気配がない。
「オルディア殿、まずは落ち着いてください。おそらく何らかの仕掛けになっているはずです。それを解けば扉は開くでしょう」
『ウォン! グルルル……(誰がこんなことするの?)』
ようやく落ち着きを見せたオルディアを見て一息つくバーゼル。先ほどのオルディアの状態から考えて、もう少し声をかけるのが遅ければ怒りで我を忘れて無関係の者までその牙の餌食としていただろう。僅かばかりの心の余裕が出来たバーゼルは今一度思い返してみる。
(確かに【影縛り】は強力でしたが、すぐに解除されました。となると即座にこちらを殲滅するつもりはない? それとも何らかの別手段があると考えるべきでしょうか。それにアルト殿を弾き飛ばしたのは【影縛り】の応用、【撥ね影】のようですね。術者はかなりの技量の持ち主だと推測できます。迂闊に動くことは危険……)
「お、おい! なんだ、あいつらは!」
「な……どうしてオーガがこんなところに!」
バーゼルの思考を冒険者たちの悲鳴が遮る。見れば周囲の柱の陰から現れたのは身の丈三メートルはあろうかというオーガ。それも複数現れたとなればよほどの高ランクの冒険者でもない限り生き延びることは絶望的だろう。そしてバーゼルはこの状況を仕組んだ者がこれを狙っていたのだということを理解した。
(そうですか……このオーガですら前座ですか……)
オーガの数は十体、対してこちらのほとんどが中ランクの冒険者たち。それだけ見れば絶望的な戦力差なのだが、バーゼルはその先を見据えていた。バーゼルやオルディアの気配察知を騙しきるほどの隠蔽を可能にする闇属性魔法の使い手が未だに正体を現していないのだ。
オーガはほぼ物理特化した魔物であるが、そのために自らの気配を隠すことが苦手な傾向がある。だがこれだけの数のオーガの気配がまったく感じ取れなかったのである。バーゼルとオルディアが全力を出せばオーガの殲滅は可能だろう。だが疲労した状態で黒幕に挑むのは危険すぎる。
だがやらなければならない。アルトが閉じ込められた先に何があるのかがわからない。召喚が使えれば問題ないが、もし飛ばされた衝撃で気を失っていたら……そこに強力な魔物が腹を空かせて待ち構えているとしたら……
「ここは出し惜しみをしている場合ではありませんな」
『グルルルル……(早くやっつけなきゃ)』
バーゼルは五指剣を抜き、左手に持つと右手に魔力を集中させる。濃密な闇の気配を漂わせるその魔力は次第に明確な姿を見せる。それは剣のような姿をした何かだった。闇そのものが剣に姿を変えたかのような、見るものすべてを飲み込むような危うさすら感じるそれはバーゼルが現役時代に使っており、引退と共に封印していたオリジナルの闇魔法であった。
「久しぶりですな、この感覚……昔を思い出させるじゃねぇか」
『わふ?(おじさん……誰?)』
突然口調が変わったことに驚きを隠せないオルディア。だがバーゼル自身はその変化にまったく気づいていない。それもそのはず、現役時代のバーゼルは元々このような口調であった。【宵闇】という二つ名が付いた現役を退いてからは、ひりひりと肌が焼けつくような戦いの場に遭遇することが少なかったためにおとなしくなっていたのだ。本当は使いたくなかったこの技だが、マウガでの苦戦が彼に決意を促した。全てを出し切ることをしないせいで失うものがあってはならないと。
「さっさと片づけて黒幕を引きずり出すぞ、ワン公」
『ウォンッ!(言われなくてもわかってるよ!)』
突如として現れたオーガによって最下層は混乱の極みにあった。逃げ惑う冒険者たちをまるで家禽を追い回すかのように弄ぶオーガたち。すでに何人かの冒険者はその身をただの肉塊へと変え、オーガたちの空腹を満たす糧へと成り下がっていた。
「嫌……来ないで!」
アルト達と安全地帯で一緒だった女冒険者が足を挫いて動けないところを、歪に口元をゆがめて笑うオーガが近寄る。それは自らの空腹を満たすという喜びを期待した笑み、それを見た女冒険者は己の死が確定したことに絶望する。固く目を閉じて現実逃避するがごとく頭を抱えて蹲る彼女だったが、一向にその瞬間が来ないことに疑問を感じて目を開けると、オーガと目が合った。
「ひぃッ……え?」
そのオーガは彼女を見上げていた。地面に転がった首だけの状態で。その切断面は恐ろしさすら感じさせるほどに綺麗だった。
「さっさと隅にでも逃げてろ。そんなところにいられるとうっかり殺しかねん」
「え? ……は、はい!」
慌てて這いずるように逃げてゆく女冒険者。その様子にまったく目もくれずに次のオーガへと狙いを定めるバーゼルは、音もたてずにオーガの背後を取り、右手の闇で容易くその首を斬りおとす。オルディアは既に巨大化し、別のオーガの喉笛に噛みついている。
(黒幕が出てくるまで保てばいいんだがな……アルト、無事でいろよ)
バーゼルは自分の抱える大きな問題とアルトの安否に不安を感じながらもオーガを屠る作業に没頭していった。
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扉が激しく閉まる轟音が背後で聞こえる。僕はようやく自分が置かれている状況に理解が追いついた。あの時、何かに弾き飛ばされたせいで、僕はたった一人でこの部屋に閉じ込められた。いや、厳密に言えば一人じゃない。
「へへへ、こいつ男のくせに女みてぇな顔してやがる。こりゃ殺す前にいろいろ楽しめそうだな」
目の前には下卑た笑みを浮かべる髭面の男と、その背後にいる十数人の薄汚い革鎧の男たち。皆髭面の男と同様に下卑た笑みを浮かべている。
「舌噛むなら構わねえぜ、こっちも手間が省ける」
「あなたたちは一体……」
目の前の男たちの言葉が、その醜い笑顔が嫌な記憶を呼び起こす。自分の欲望のためには他人の命などゴミくず同然にしか考えない非道な連中の顔が脳裏に浮かぶ。
「これから死ぬ奴には教えても問題ねぇな。俺の名はランザ、お前を殺せばこの迷宮から逃がしてもらえるらしいんでな。まずは動けないように手足を切らせてもらうぜ」
「なッ……」
突然降りぬかれた剣は確実に僕の足首を狙っていた。だがランザが剣を抜く予備動作をかろうじて認識できたおかげで、一瞬早く一歩下がることができた。だがその剣筋は先生ほどではないが非常に鋭く、以前の僕であれば確実に足首を斬られて動けなくなっていただろう。このランザという男、あの冒険者たちが言うほど弱くはない。きっと弱いという情報を流すことで相手の油断を誘うのが常套手段なのだろう。
「ほう、今のを躱すかよ。だがそれだけみてえだな、即座に剣で応戦しないところを見るとお前は根っからの剣士じゃねえ。魔法使いなら詠唱の猶予を与えなければ問題ねぇんだよ」
勝ち誇った顔をしてこちらを見るランザ。確かに魔法を使うには詠唱をしなければならない。しかもその詠唱は使う魔法の効果をイメージしなければならず、精神集中が不可欠だ。その猶予を与えないように、大勢で攻め続ければ剣士でも魔法を使う相手に対抗できる。それを理解して実行に移せる盗賊、間違いなく弱くない。
だが僕をほかの魔法の使い手と一緒にしないでほしい。僕には常に寄り添ってくれる強い味方がいるのだから。
【アルト様、準備完了しています。盗賊は生死問わずですが、生け捕りのほうが報酬は高いので殺さずに無力化を優先します。キーワードを詠唱してください】
(うん、わかった)
そう、僕にはアオイがいる。彼女が僕に力を貸してくれる。僕は彼女の選んだ召喚を使うだけ、キーワードを詠唱して魔力を供給すればいい。僕と彼女が協力しあえば目の前の盗賊に恐れを抱くなど笑えない冗談でしかない。
次々に繰り出される剣を何とか躱し、一瞬途切れたタイミングで後方に飛び退いて距離をとると、アオイが目の前に出現する。ひとりでに本が開かれ、ページが捲られていく。そして止まったページに書かれた言葉をそのまま声に出す。
『こんとんをなのるもの、せいぎはなんじのうちにあり』
相変わらずその言葉の意味は理解できないが、いつものことなのでもう慣れた。そしていつものように僕の前に現れる漆黒のゲートのようなもの。闇属性でもないそのゲートは圧倒的な存在感をもってそこに鎮座している。いや、圧倒的なのはそのゲートの奥から近づいてくる何かが放つ威圧感なのかもしれない。得体のしれない何かが近づいてくるのがはっきりと認識できる。
「て、てめえ何しやがった!」
ランザ達がその威圧感を受けて数歩後退る。その隙を逃さずにさらに距離を取ると『こんとんをなのるもの』が出現できるスペースを確保する。僕が邪魔をしてしまっては元も子もない、僕自身の戦闘能力が低い以上、この判断は妥当なはずだ。
その間も接近してくる威圧感はさらに大きくなり、やがてその姿を現した。だがそれは僕が想定していたものとはかけ離れたものだった。僕はおろかランザ達まで茫然とその朱色成分の多めな丸っこい物体を見ていることしかできなかった。
大丈夫なのか? 本当に戦えるのか、これは?
今回の召喚のヒントは「キャプテン」です。ですがフリスビー持ったアメリカな人ではありません。次回の前書きでもっと詳しい情報を出したいと思っています。
読んでいただいてありがとうございます。