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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
4章 迷宮探索編
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5.異変

 先に休憩していた冒険者たちが先に安全地帯を出てゆくのを見送り、装備の手入れをする僕たち。


「特に武器の手入れは念入りにしてください。細かい刃毀れは戦闘時の破損の原因になります」


 先生の助言に従い、ショートソードの刃の確認をする。ゴブリン一体を倒しただけだというのに刃は細かい刃毀れが見られた。その反面、先生の持つ剣は遠目から見ても刃毀れひとつない。名工の作だというのに刃毀れするなんて、実力のない者が使えばこうなってしまうといういい例だろう。


「大きな刃毀れは修復が難しいですが、細かいものであれば砥石で修復できます。ちょっと貸していただけますか?」


 先生は僕から剣を受け取ると、水筒の水を垂らして刃先を研ぎ始めた。


「武器は自分の命を護る大事な相棒でもあるのです。武器を大事に扱わない者はいずれ武器に嫌われます。くれぐれも手入れは欠かさないようにしてください」


 刃先を見つめながら、それでも研ぐ手を止めずに話すその口調は静かだがどこか心に訴えかけるものがある。それは先生がこれまで経験してきた過酷な戦いの数々から学んだことを僕に教えているからだと思う。今の僕はまだ見ていることしかできない。それがとてももどかしい。


「アルト殿は召喚士ですから武器での戦闘は不要と考えるかもしれません。ですが不意の出来事に咄嗟に召喚を行うのは難しいでしょう。もし剣の心得があれば考えるよりも早く体が動きます。召喚が出来ない状況に陥った場合にも何らかの解決方法を導き出せるかもしれません」


 そう言いながら手渡してくれた剣は見事なまでに鋭利な刃先が復活していた。剣の手入れなど鍛冶屋に任せればいいという意見もあるだろうが、行く先々にいつも鍛冶職人がいるとは限らない。如何なる状況下においても確実に生き延びるために地道な努力を積み重ねる、それが高ランクに上り詰める冒険者にとっては当たり前のことなのだろう。



「では行きましょうか。消耗品の減りも微々たるものですし、この調子で進めば最下層と言われている五階層までそんなにかからないでしょう」

「五階層? それだけしかないんですか?」

「ええ、古い文献によると大昔はもっと下層があったようなのですが、現在は五階層から下に降りる経路が無いそうです。おそらく長い間に下層が埋もれてしまったのでしょうな」

「そんなことが……」

「迷宮自体、すべてが解明されている訳ではありません。我々の理解の及ばないことのほうが多いと言う者もおりますから」


 確かに以前読んだ書物には迷宮には不可解な部分が多いと書かれていた。そしてその一割も解明されていないと。だがそれ故に未知なるものが眠っているのも事実であり、それが人々を魅了している。そこに命を脅かすほどの危険が待っているとしても。




 休憩後の探索は大きな問題もなく順調に進んでいった。いや、問題はあった。相変わらず僕の魔物を倒すペースが遅かったことだ。


「最初に比べれば見違えるようです。焦ることはありません、確実に前に進みましょう」

『ご主人様には我がいるから大丈夫ー』


 先生とオルディアはようやくゴブリンを倒して息を乱している僕にそんな声をかけてくれるが、本当に成長しているのだろうか。確かに最初のころに比べれば一撃の威力は上がってきているようで、手数も少なくなった。きっと体捌きや剣の使い方が少しずつではあるが要領の良いものへと変化しているのだろう。それは蝸牛が進むよりも遅い速度なのだろうが。


「ここを下りれば最下層の五階層です。気を引き締めてまいりましょう」


 先生が僕に注意を促しながら下階へと続く階段を下りてゆく。それに僕が続き、最後にオルディアが続く。かなり年季の入った粗末な階段はこの迷宮が長い年月を経ている証だろう。


【アルト様、警戒してください。階下に多数の熱源反応があります】

(え? きっと先行していた人たちじゃないの?)


 アオイが危険を伝えてきた。だが先行していた人たちが戻ってきた様子もないので、皆最下層に集まっているのだろう。


(オルディア、魔物の気配はある?)

『わかんないー、魔力が濃すぎてー』


 これも迷宮特有のものだろうか。迷宮は下層に行くほど滞留している魔力が濃くなる傾向にある。すなわちそれを吸収する魔物の強さも比例する。そして濃密過ぎる魔力は魔力で気配を探る術を阻害するという。オルディアも周囲の魔力に邪魔されて周囲の様子を探れないようだ。


【……先ほどの冒険者の反応もあります。どうやら中央付近に集結している模様です。くれぐれも注意を怠らないでください】


 アオイが警戒心を強くしている。先行している冒険者たちは一体何をしているんだろう。まさか強力な魔物と戦っているのか?


「先生、最下層には何があるんでしょうか?」

「情報によると珍しい魔物が多く出没するようです。それに希少な薬草も生えているとか」


 薬草! それは聞き捨てならない。仮にも薬草屋というあだ名までつけられた僕がそのような珍しい薬草を採取しないわけにはいかない。きっと他の冒険者たちも珍しい魔物素材を求めて頑張っているのだろう。



「ここが最下層?」

「そのようですが……事前情報とは少々違うようですな」


 生い茂る珍しい薬草を期待していた僕にはその光景は少々拍子抜けだった。五階層は巨大な部屋になっており、僕のすぐそばに一枚の扉が見える。壁際には太い石柱が何本も立っており、規則的に並んだそれは何かの儀式場のようにも見える。そしてその部屋には先行した冒険者たちが集まっていた。もちろん先ほど安全地帯で一緒だった冒険者もいた。


「どうなさいましたかな?」

「ああ、あんたらも来たのか。いや、事前情報とかなり様子が違うんで皆で手分けして調べようとしていたんだよ」

「誰も戻ってきませんでしたよ?」

「それは俺たちも考えていた。もしかするとあの扉の奥は転移魔法陣があるのかもな」


 転移魔法陣はダンジョンから脱出できるという古代魔法の叡智の結晶だ。大概は最下層から地上への脱出経路になっており、ダンジョンを踏破した者だけが使えると言われている。


「ですがここはボスクラスの魔物は出現しないはずでは?」

「そうなんだよ。だから事前情報と違うんだ」


 先生がこの迷宮を僕の実戦訓練の場に選んだ理由の一つがこれだ。この迷宮にはボスクラスの魔物の存在は確認されていない。もちろん普通の魔物は存在しているし、それによる死者も生じている。だが迷宮において魔物に襲われて命を落とすなど常識の範囲内であり、誰も驚かない。先行していた冒険者たちが調べているのは、どういうわけか今この場において事前情報と異なる様相を呈しているからだ。


「昨日はこんな部屋無かったぞ?」

「なんだって?」


 場の空気が変わったのは、昨日も探索したであろう冒険者の一言だった。彼の話によるとこんな巨大な部屋はなく、もっとたくさんの小部屋があったそうだ。そのうちのいくつかの部屋には宝箱やアイテムがあったらしい。


「あの扉だけは見覚えがある。だがそれ以外はまったく違う」

「ふむ、これは怪しいですな」


 先生がそう呟いた途端、轟音とともに今下りてきた階段が分厚い扉で閉ざされた。まるで巨大な岩でも落ちたかのようなその音は、その扉が生半可な攻撃ではびくともしないほどの強度を持っているであろうことを容易に想像できた。


「しまった! 閉じ込められたか! アルト殿、注意して……」

『ご主人様!』


 先生とオルディアの声がやけに遠く聞こえる。それもそのはず、僕の体は何者かの手によって軽々と弾き飛ばされていた。そして飛ばされたのは先ほど見た扉の方向。だが先ほどと違うのはその扉が大きく開け放たれていること。まるで風に飛ばされる木の葉のように僕の体は宙を舞い、開いた扉に吸い込まれていく。僕が入ったことを確認したかのように、その扉は大きな音をたてて閉じられた。


 僕は迷宮の最下層でたった一人、皆から分断されてしまった。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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