4.思惑
昨日は更新できなくてすみませんでした。体調を崩してしまいました。
皆さまも体に気を付けてください。
迷宮「地竜の住処」の五階層、最奥にある大きな部屋にて、数人の声が聞こえる。その声の主たちが作り出す光景は和気藹々と表現するにはかなり難しいものがあった。
「で、俺らはそのガキをやればいいんだな」
「そうニャ、ほかの連中はこっちで何とかするにゃ」
明らかな警戒の色を浮かべるひげ面の男。その目の前にはようやく成人したのではないかと思える幼い顔つきの黒髪の少女がいた。その童顔に似合わぬメリハリのある体を素肌にフィットする素材の服で包み込む少女は、その頭部のネコ科動物特有の耳と尾てい骨付近から伸びるしなやかな長い尾がとても特徴的だった。もちろんその独特な語尾は言わずもがなである。
煽情的な服装の少女を目の前にしてひげ面の男は動揺を隠せない様子だった。その男の背後には薄汚れた革鎧を身に着けた男たちが十数人、皆一様に不潔そうな無精ひげを生やしていた。そして誰一人として少女を欲情のこもった目で見ていない。そこに見えるのは明らかな畏怖の感情だった。
「そ、そう言うなよ。少しは手助けできるかと思って……」
「この程度の奴が言う言葉じゃないニャ」
そう言いつつ少女は自分の指先から伸びる鋭い爪についた鮮血を一舐めして不味そうに顔を顰める。彼女の足元には鮮血の海、そしてそこに散乱するかつて人間だったもの。見事なまでに綺麗に輪切りされた人間を構成するパーツだった。当然ながらそれを行ったのはこの少女だ。
「それとももう何人かいなくならないとわからないニャ?」
「い、いや、もう十分だ……」
少女の足元に転がっているのはひげ面の男の仲間の成れの果て。少女を獣欲のはけ口にしようと襲い掛かって瞬殺されたのだ。その圧倒的な力の差を見せつけられたからこそここまで低姿勢になっているのだ。
男の名はランザ、この辺りを縄張りにしていた盗賊団の頭目で、性格は狡猾かつ残忍。手掛かりになるようなものは一切残さないように襲った相手はことごとく皆殺しという最悪の部類に入る盗賊だ。しかもこの男、実はかなりの腕前を持っているのだが、それを隠している。そのために討伐隊が組まれても常に小規模で、さらには下っ端を囮にして自分は幹部たちと逃げるという姑息な手段をとる。だがそれでも仲間になりたい連中がいるのはその見返りがいいのと、実力さえあれば幹部になれるからである。幹部として認められれば常に優先的に逃げることが出来る、すなわち生き延びてまた美味しい思いができるということだ。
だが唯一の誤算は最近の討伐隊にそこそこの手練れがいたせいで逃げ道をふさがれ、仕方なく迷宮に逃げ込んだことだった。たった一つの出入り口には常にギルドの職員がおり、自由に出入りすることもできず、さらには魔物の相手もしなければならない。浅い階層の魔物などランザにとってはどうってことのない相手だったが、切実なのは食料が少ないことだ。魔物の肉を食ったりしていたが、さすがにゴブリン等は食指が動かない。なので探索している冒険者を闇討ちして殺し、食料を奪うという方法をとっていた。もちろん女は楽しんでから始末していたが。
「それよりも本当に脱出の手助けをしてくれるんだろうな」
「もちろんニャ。きちんと仕事してくれれば報酬は払うニャ。だけど途中で逃げ出したりしたら……わかってるニャ?」
少女が小さく口笛を吹くと、いくつもの巨大な影が部屋の柱の陰から現れた。はち切れんばかりの筋肉が遠目からでもはっきりと確認できる。
「な……どうしてオーガが……」
「こいつらはアタシの戦力ニャ。もし逃げ出したらこいつらのエサ確定ニャ」
「わ、わかったよ」
オーガは魔物の中でも強い部類に入る。強靭な体から繰り出される攻撃は物理特化しており、棍棒などの武器も使いこなす。魔法への耐性も持ち合わせており、ランクの低い冒険者では遭遇することは死を意味する。一体でも討伐隊が組まれるほどの魔物、それが数体も存在するということは悪夢でしかない。
ランザは血の気が引いていくのがはっきりと感じ取れた。実はランザは少女の話に乗るふりをして迷宮から逃げ出すつもりでいた。逃げ道さえ確保できれば面倒なことに付き合うつもりもなく、いつものようにだまし討ちで殺して逃げるついもりだったのだが、少女の強さもさることながら複数のオーガである。自分以外の幹部を使い捨てても脱出の機会を作ることは無理だと直感した。生き残るには少女の依頼をこなす以外にない。
(ふん、どうせ逃げる算段でも考えてるニャ)
少女はランザの企みを早々に看破していた。そもそもこんなところにいる盗賊などまったく信用していない。だが彼女はそんな連中でも使わざるを得なかったのだ。
(まさかあんな素人だったとは……アタシが手を汚す価値もないニャ)
少女は迷宮でのアルトの戦いを監視していたのだが、早々にアルトに見切りをつけていた。戦い方はまるで素人、一番弱いゴブリン一匹にも手こずる状態で、一緒にいた狼のような魔物や年配の冒険者のほうがはるかに強い。おまけにあの不思議な魔法を使う素振りも見せない。
(あのときのアレは強力な魔道具でも使ったニャ。きっとそうニャ。道具頼みの情けない奴ニャ)
こうなってしまっては彼女はアルトの相手などしたくなかった。それよりもオルディアやバーゼルに狙いをつけたほうがより戦力になると考えたのだ。なので仕方なく盗賊にアルトの始末を任せたのだ。
(アタシをがっかりさせた罰ニャ、散々嬲られてから死ぬがいいニャ)
盗賊などという陽の目を見られない連中には男色に走る者も多い。というのも狙った獲物に女性がいる保証はない。そんな時に見た目が可愛らしい少年がいたらどうなるだろうか。特にアルトは線も細く、きれいな金髪で少女と間違われてもおかしくない。そんなアルトを盗賊たちが見逃すはずがない。きっと思惑通りにアルトを嬲り殺しにしてくれるはず。
「いいニャ? 手筈通りに頼むニャ」
「あ、ああ、任せておけ」
(馬鹿な連中ニャ、お前たちも最後は始末するにゃ)
(隙を見て逃げてやるさ)
それぞれの思惑を心の中に隠しながら、アルトたちを狙う者たちが動き出す。迷宮という閉ざされた空間の中で……
読んでいただいてありがとうございます。