3.初めての……
今日は間違えませんでした。
「踏み込みが甘いです! もっと深く!」
「はい!」
先生の叱咤の声が僕に力をくれる。まだまだ深く踏み込めるはずだというその声に応えるべく、さらに踏み込むとショートソードを横薙ぎに振るう。冒険者になる前からそれなりに鍛えていたことで僅かながらも基礎体力が出来ていたことと、最近は先生に剣術を教わっていたこともあり、剣そのものの切れ味とも相まってショートソードの剣先はFランク冒険者とは思えないほどの鋭さを見せて銀色の軌跡を残した。あくまでFランクを基準として見ればの話だが。
『グギャ!』
『ご主人様ー、やったよー』
剣先は軌道がぶれることなく柔らかな肉と硬い骨を同時に断ち切る感触を僕の手に残して振りぬかれた。倒れ伏す何者かがあげた断末魔とオルディアの嬉しそうな声。だが僕は嬉しいというよりもほっとしていた。
「お疲れ様でした。ですが初手の踏み込みが甘いのは減点ですな。それが無ければもっと早く決着がついていましたぞ」
『ご主人様ー、次も頑張ろー』
先生の評価はいつになく厳しい。オルディアも慰めてくれてはいるが、どことなく上から目線のような感じがする。だがそれも当然か、僕はやっと一体倒せただけなのだから。
僕たちが今戦った魔物は最も知名度が高く、そして最も弱い部類に入るであろう魔物、ゴブリンだ。体の大きさは僕より少し小さいくらい、緑色の肌と大きく開かれた目、やや尖った耳とまばらな頭髪が特徴だ。だが弱いとはいってもそれは単独での話であり、それが集団となるとかなり手強い相手に変わる。
事実、先ほど倒したゴブリンは全部で十二体いた。もし僕のような低ランクの冒険者がソロで遭遇したら生きていないだろう。だが僕が倒したのは一体だけだ。では残りはというと……周囲に転がっているゴブリンだった残骸がその答えだ。遭遇するや否や、先生とオルディアが集団でも戦闘力の高いゴブリンを瞬殺した。そして僕のために一番弱そうなゴブリンをわざと残したのだ。僕に倒させるために。
「やっと一体です……それもこんなに時間をかけていたら……」
「アルト殿は剣で魔物を倒すのは初めてですからな。それに誰でも最初は弱いのは当然です。私も駆け出しの頃は何度もゴブリン相手に危険な目に遭いました」
先生はまだ呼吸が乱れて肩を上下させている僕に優しい目でそう言ってくれた。確かに最初から強いなんてことはあり得ない。それこそ物語で語られることもある勇者でもなければ。
「地図によるともう少し先に安全地帯があるようです。そこで小休憩にしましょう」
『人のニオイがするー』
「人がいるらしいですよ?」
「おそらく他のパーティでしょうな。ギルドが出張所を出す迷宮で、しかもまだ一階層で狼藉者がいる可能性は低いとは思いますが、用心しておくにこしたことはありません」
「はい」
あまり考えたくはないが、迷宮には人間を専門に襲う人間が存在することもまた事実だ。特に安全地帯で気を抜いていたり、負傷して休んでいる時に殺害されて所持品を奪われてしまうこともあるそうで、しかも死体を安全地帯の外に出しておけば魔物が綺麗に食べてしまうので証拠も残らないという。それを防ぐには……襲撃されても撃退できるほどの力を持っていなければならない。今の僕が単身でそのような目に遭えば、間違いなく殺されてしまうだろう。背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、平然と歩く先生とオルディアの後を 重い足を動かしてついていった。
「そうか、修行のためか。アンバランスにも程があると思っていたんだが、そういうことなら道理がいく」
「そうよ、こっちのワンちゃんもそちらのオジサマも相当なのに君だけどう見ても素人だからね」
「熟練者に同行するというのは危険が伴うが良い方法だわ。実戦での機微は実戦で覚えるのが一番確実で早い」
安全地帯で休憩する僕にそう声をかけてくれたのは先に休憩していたらしい三人の冒険者だった。彼らは皆Dランクの冒険者で、この迷宮で現れる魔物から採取できる素材を集めているそうで、それをクリアすればCランクに昇格するんだそうだ。剣士の男性に斥候と魔法使いの二人の女性という、ちょっと羨ましく思えるパーティだ。確かに剣士の男性は見た目もよく、さわやかなイメージだ。女性もやや男勝りなところが見受けられるが綺麗な女性だ。ベテラン冒険者のように見えるが皆二十代前半とのことだ。
安全地帯での休憩中は彼らが得たここまでの情報とこちらの情報を交換した。といってもまだ一階層なので大した情報はないが、やや気になる情報が手に入った。
「そういえばここ最近ランザ盗賊団の噂を聞かないな」
「ギルドの討伐隊にやられたそうよ。でも首領のランザと数人の幹部が逃亡して未だに見つかっていないらしいわ」
「ほう、その者たちは強いのですかな?」
「いいえ、大した強さは持たないから弱い者しか狙わず、なおかつ嬲るのが好きな屑よ。ただ狡猾で、女子供さえも足がつくからと奴隷商にも売らずに楽しんだ後は皆殺しとか」
「縄張りはここから近いので?」
「ええ、もしかするとこの迷宮に逃げ込んでいるのかもしれないって話もあるわ。だけど浅い階層はギルドの関係者も定期的に巡回しているし、ランザ程度の実力で深い階層に行けるとは思えないわ」
斥候の女性が肩を竦めて話す。だがギルドの討伐隊は高ランクの冒険者が主体で構成される高戦力の集団だ、そこから無事に逃げるだけでもそのランザという盗賊が皆が言うほどに弱くはないのではないだろうか。
盗賊なんて殺されそうになった経験のある僕には最悪の印象しかない。そんな連中がこの迷宮に潜んでいるかもしれない、そう考えると僕の士気も下がってくる。
『ご主人様ー、我がついてるよー』
「ありがとう、オルディア。こら、くすぐったいよ」
僕の顔色が曇ったのを素早く察知したオルディアが顔を舐めて元気づけてくれる。そんな彼女の優しさに勇気をもらいながら、改めて強くなろうと心に誓った。
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