4.一年後
本日二話目です。ご注意ください。
僕が小屋に隔離されてから一年が経った。僕はかつて読み漁った書物の記憶を頼りに必死に属性魔法を使おうと試行錯誤を繰り返していた。だがその成果が表れることは一度として無かった。蝋燭を灯すほどの炎も、スプーン一杯ほどの水も、そよ風よりも弱い風も、指先で掘るほどの地面の穴も、僕には実現させることができず、改めて無能な自分を再認識させられた。
そして今、僕は必死に腕立てを繰り返していた。何故そんなことをしているのか、それは僕が無能であることをようやく受け入れたからこその行動だ。
魔法が使えなければ、必然的に肉体を駆使して日々の糧を得るしかない。でも僕はこれまでずっと部屋に籠もって魔法書ばかり読んでいた。身体を使うことなんて日常生活くらいしか、いや、いつもメイドの補助を受けていたからほとんど使っていなかった。
それに気付いたのは隔離された翌日、水がめから水を汲もうとして桶が持ち上がらなかった時だった。よく考えてみれば本より重いものを持ったことなんて数えるほどしか無かったから当然だったが、こんな状態では成人して追い出されても生きていくことすらできない。
なので積極的に身体を動かして体力をつけることから始めた。といっても小屋周辺からは離れられないので、ひたすら小屋のまわりをぐるぐる走り回ったり、重いものを持ち上げてみたり、こうして腕立てしている。おかげで骨と皮だけだった身体にも筋肉がついてきたようだ。あくまで僕の感想でしかないが。
それから最近になって変わったことがあった。毎日粗末な食事を持ってきてくれていたメルが来なくなった。毎日だったものが一日おきに変わり、次第にその間隔が開き、最近はもう一月ほど顔を見ていない。本人曰く忙しいからとのことだが、それが事実かどうかもわからない。
幼い頃から知る幼馴染でもあるし、できれば一緒にいたいとも思う。もし可能であれば僕が家を出るときに一緒にきてほしいとも考えてる。
そうなったら稼ぎをメルに任せるわけにもいかない。そういう意味合いもあって身体を鍛えているのも理由の一つではあるが。
でも最も顕著な変化は別なところにあった。
腕立てで汗だくになった身体を水浴びで綺麗にすると、食事の支度に入る。火打石で枯草に火をつけて焚火を起こし、野ネズミの肉を焼く。この野ネズミは僕が自分で獲ったものだ。
小屋は物置小屋だった頃に置いてあった道具が残っており、錆だらけだが小さなナイフや鎌などもあった。そのおかげで僕でも野ネズミ程度なら獲れるくらいに成長できた。もっとも最初の頃は木の実や食べられそうな野草、キノコばかり食べていたおかげで何度か死にそうな目に遭ったが。食事が届く間隔が開くようになってから、飢えをどうやって凌ぐかが一番の問題だった。
焼けた野ネズミの皮を剥いで肉にかじりつくと、うまく蒸し焼き状態になっていた柔らかな肉から肉汁が口内にあふれだす。はっきり言って黒焦げの黒パンもどきとは比べ物にならないくらい美味しい。
半分ほど夢中で食べてからようやく一息つく。思えば最初はようやく捕まえた野ネズミを枝に刺すことすらできなかったことを考えれば、僕自身は確実にたくましくなっていると思う。
「誰かいるの?」
小屋の裏手での食事中に、表で複数の人の気配がした。こんなことがわかるくらいに感覚が研ぎ澄まされてきたのも成長の証なのかもしれない。
人数は二人、大人にしては下草を踏む足音が軽いけど、子供にしては重い音。となれば思い当たるのは一人だけど、もう一人は誰だろう?
「やあ、アルフレッド。無能にはふさわしい格好じゃないか」
「……キースか」
そこにいたのはキースだった。いかにもお坊ちゃまのような綺麗な服を着てこんな場所に何をしにきたんだろう。確かに僕の格好は周囲の林を歩き回るからヨレヨレだけど。
「今日は俺の十三歳の誕生日だったんだよ。だから一応、元・兄であるお前に報告に来てやったんだよ」
「そうか」
この小屋に来た頃はキースは十二歳になる直前だった。もう一年たったのか。ずいぶんと成長したようだ、色々と。
「で、俺の属性が判別したんだよ。見ろ、これを」
キースが自慢げに両手を広げる。まるで幼い頃、一度だけ母親に連れられて見た旅芸人の寸劇のように大げさに広げられた両手にはそれぞれ違う色の輝きがあった。右手には赤、そして左手には茶。
「まさか……二属性なのか?」
「いや、まだあるぜ」
僕のつぶやきに反応したキースが愉悦の笑みをさらに深くすると、顔の前に黒い塊が生まれた。明らかに自然には存在しないものがそこには存在していた。
「黒……闇か?」
「そうだよ、俺は三属性なんだよ!」
「すごい! キース!」
キースの背後から懐かしい声色が聞こえてきた。その声の持ち主はメル、最近はなかなか来てくれなかったけど、大好きな幼馴染の声を忘れるはずがない。
「ひさしぶり、メル」
「……まだ生きてたんだ」
久しぶりに会ったと思えばこんな言葉が返ってきた。その真意を理解できずに戸惑っていると、キースがメルの腰を抱いて自分のほうに引き寄せた。
「メルは俺の専属メイドになったんだよ。三属性持ちの俺のな」
キースが嫌らしい笑みを浮かべる。でもおかしい。キースは十三歳になったばかりだというのに、メルのキースへの懐きぶりは短時間のものとは考えられない。その混乱が顔に現れていたのか、キースが言葉をつづける。
「お前みたいな失敗を繰り返すつもりはないんでね、お前がここに来た後、事前に属性の確認しておいたんだよ。実はあの儀式、十二歳でも確認できるかもしれないってことでな。そうして俺が三属性持ちだって判明したんだよ。そのおかげで今日のお披露目は大成功、俺は成人したら火の騎士団に入隊が決まった。それも将来の師団長候補だ」
「私も一緒に連れて行ってくれるんでしょう?」
「ああ、メルも一緒だ」
「どうしてメルが?」
「だってキースのほうが優秀なんだもの。無能に付き合って貧乏な暮らしするつもりもないし、顔が似てるなら将来安定してるほうを選ぶのも当然でしょ」
そういうことか。つまり僕はメルに捨てられたんだ。無能だから、役立たずだから、将来が絶望視されているから。幼馴染だからって、一緒についてきてくれるなんて安易に考えていた僕が馬鹿だっただけだ。
「ま、そういうわけだからこの家のことはまかせて安心して野垂れ死んでくれよ。そのために食事の回数を減らしたのは効果がなかったみたいだけどな。あ、そうそう、もうこの家にはお前はいないことになってるから。成人までの残り一年、命が続くといいなぁ」
そんな言葉を残しつつ、キースとメルは去っていった。呆然とする僕を気にすることなくいちゃつきながら。僕はただその後ろ姿をずっと眺めていることしかできなかった。
そろそろ一日一話になるかもしれません。
読んでいただいてありがとうございます。