2.地竜の住処
予約投稿間違えてました……
「ここが迷宮ですか?」
「はい、地竜の住処と呼ばれております。まぁ実際に地竜が確認されたことはありませんが、そのような雰囲気があるということでしょうな」
目の前にはぽっかりと口を開けた洞窟があった。その大きさはかなりのもので、二階建ての家がすっぽりと収まるくらいに大きい。入り口には予想に反して多くの人々がいる。これから探索に向かう者、探索から戻った者、冒険者相手に商売している露店、簡易的な天幕を張って宿泊所を営む者。そこには確かに小さいながらも活気あふれる集落ができていた。
「ここはそれなりに名の知れた迷宮ですからギルドからの派遣職員もおります。万が一に備えて常駐している冒険者もおります。ただそういうことは滅多におきませんので、常駐している者のほとんどは引退した冒険者ですが」
洞窟の入り口には冒険者ギルドの刻印の入った木製の看板を掲げた小さな天幕があり、やや年配の男性が冒険者たちに何かを説明している。その後方では武装した冒険者らしき数名の男性の姿も見えるが、明らかに皆若さが見えない。先生と同年代か、それ以上に見える人もいた。
万が一に備えて、とは迷宮から魔物が溢れてくることを意味する。弱い魔物ならば探索している冒険者でも対処できるが、強い魔物の場合は状況が変わってくる。そこで倒すことができれば問題ないが、逃げ出した冒険者を追いかけてきたり、時には人間の味を覚えた魔物が大挙して出てくることもあるという。
「まずは受付を済ませてしまいましょう。ここは迷宮内での略奪行為を防ぐために受付で記帳を義務づけていますので」
「おいで、オルディア。ところで馬車はどうするんですか」
「ここで預かってもらいます。こういう時の為にコレがありますから」
先生は懐からカードを取り出す。僕も所持しているギルドの刻印の入ったギルドカードだが、その色は僕の赤茶色のカードとは違い、艶のある黒いカードだった。
「あー、迷宮に入るならそこに記帳しろ。それから手続き料として五十Gおいてけ」
「ほう、いつから迷宮に入る手続きにお金が必要になったのですかな?」
「あ? 嫌ならいいんだぞ? そのかわり迷宮内で何があっても……」
受付の男性が横柄な態度を見せる。どうやら手続き料なるものについて揉めているようだが、先生が黒いギルドカードを見せた瞬間に男性の動きが止まった。その顔は青くなったり白くなったりと、通常の人間ではありえない色の変化を見せており、ちょっと面白い。
「手続き料ですか。そのような新しい制度が出来ているとは思いませんでしたな」
「そ、そそそそそそ、そのギルドカードは……え、Sランクの……」
「本部の上層部に確認させていただきますので、申し訳ありませんがお名前をお伺いできますかな?」
「あ、いえ、こちらの勘違いでした。手続き料は必要ありませんでした」
「おや、そうでしたか。それとこの馬車を預かっていただけませんか? もちろん預かり料は払いますので」
「は、はい、十Gになります……」
そんなやり取りを経てオルディアを連れて迷宮の入り口へと向かう。その道すがら、先生が悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべて僕に話しかけてきた。
「あの受付、ああやって小遣い稼ぎをしてきたのでしょうな。このカードはこういう時にはとても効果があるのですよ」
「どんな効果ですか?」
「このカードはSランク冒険者にのみ与えられる特別なもの、その所持者は少なからず冒険者ギルドの上層部とつながりがあります。もしそこであのような不正の話が出たらどうなるとお思いですか?」
先生の言葉になるほど、と思った。ギルドは冒険者の命がけの活動により達成される依頼の手数料で成り立っている。もちろん魔物素材やアイテムの転売による利益もあるが、それとて冒険者が持ち込むものだ。そんな冒険者に真摯に向き合うべく、ギルドは職員の不正にはとても厳しく対処するらしい。些細な不正でも厳罰が下ることもあるそうなので、先ほどの男性の件も明るみに出ればタダではすまない。
「良くて見習い同然の扱いでの雑役夫に格下げ、悪ければ片腕が無くなりますな。処刑とまでは行かないまでも、ほかの人間への見せしめという意味合いもありますから」
こんな辺鄙な場所での常駐となればそんな気を起こす者も少なくないですからな、と先生は言っている。それはすなわち、いずれ先生がいなくなった時に騙されないように事の詳細を見抜くための眼力を養えということだろう。
「では準備はよろしいですか?」
「はい」
装備を確認して返事をする僕の姿は革鎧に革のブーツ、大ぶりのナイフにショートソードだ。マウガを出る際にニックおじさんが僕に譲ってくれたものだ。ニックおじさんがかつて使っていた装備で、もう使わないからと言って渡してくれたものだが、非力な僕でも動きを阻害しない、とても軽くて丈夫なものだった。
「なつかしいですな、ニック様の駆け出しの頃を思い出します。使い古されているとはいえ、革は飛竜の翼膜を重ねたもの。ナイフとショートソードは王都でも有名な鍛冶職人の手による逸品ですからよほどアルト殿のことが心配なのでしょう」
「おじさん……」
渡された時には薄汚れた中古品とばかり思っていたが、実際はかなり高価なものばかりじゃないか。特に飛竜の翼膜なんて今では高ランク冒険者でもそうそう手に入らない素材だ。こんな大事なものを譲ってくれるなんて……
「ニック様の気持ちに応えるためにも、早く一人前になれるよう努力しなければなりませんな」
「はい、先生」
そして洞窟の入り口に立つ僕たち。先生の表情はいつもと変わらず穏やかなものだが、僕はとても緊張していた。迷宮の存在本で読んだ知識しかなく、実際に探索することになるなんて考えたこともなかった。だが迷宮もまたこの世界の神秘のひとつ、僕が見たかったものでもある。
『ご主人様ー、大丈夫ー?』
「うん、心配かけてごめんね」
頭を撫でる手から僕の緊張を感じ取ったのだろう、オルディアが心配そうな目で僕を見上げる。今の僕では彼女の力無くしてはまだ何もできないも同然だ。だが彼女はそんな僕を主人として慕ってくれている。いずれオルディアと肩を並べるくらいに強くならなければいけない。この迷宮はそのための一歩だ、そう心に強く決めて洞窟へと足を踏み入れた。
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