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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
4章 迷宮探索編
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1.狙うモノ

新章開始です。

 アルトが大ナマズの魔物を撃破したとき、その光景を森の中から見ている存在がいた。まず人々が立ち入ることのない、獣道すら見当たらないような場所でだ。そしてその容姿はロッカの住民とはかなりかけ離れていた。

 全身黒の艶のある、体にぴったりとフィットした革製の上下の衣服、そしてそれはめりはりのある肢体をこれでもかとばかりに強調している。これみよがしに大きく開かれた胸元は深い谷間を作り出している。


「あ、あれは一体何ニャ……」


 かなり特徴のある語尾のつぶやきを漏らしたのは少女だった。衣服と同じ黒の髪は肩のあたりで切りそろえられている。、だがその頭部にはネコ科の動物の耳らしきものがあり、その臀部、尾てい骨の辺りからはくねくねと動く細長い尻尾のようなものが生えていた。彼女は今目の前で起こった衝撃的な光景に呆気にとられていた。


「文官の処刑として大ナマズに喰わせて、そのまま街をつぶしてやろうと思ったのに……どうなってるニャ……」


 確かに大ナマズを呼び起こすことには成功した。大ナマズの好む魔力波長を放つ魔法陣を刻み込んだ文官をここまで連れてきたのは彼女であり、その思惑通りに大ナマズは魔族のいる地域から地中を移動してロッカまでやってきた。

 だというのに、たった一撃で小間切れの肉片になってしまったのだ。それが彼女には信じられなかった。大ナマズは魔法耐性が非常に高く、人間如きの魔法では傷をつけるのも容易ではない。もちらん高位の魔法使いならば別だが、こんな辺境の街にいるはずがなく、その肌は特有の粘液によって物理攻撃もかなり軽減される。

そんな魔物を倒した謎の魔法のようなもの。属性の反応を感じなかったその攻撃は、彼女にとってはただ脅威として受け止められた。しかし彼女はしばらく考え込むと、口元に小さな笑みを浮かべた。


「あの力……取り込めばアタシも上位にいけるはずニャ。ヘドンの馬鹿の後始末は面倒くさかったけど、そう考えれば感謝してやってもいいニャ。あの子供のことを報告すれば他の魔将も動き出すにきまってるニャ……ここはしばらく探る必要があるニャ」


 少女は魔将の一人、だがヘドンよりも階位は低く、今回はヘドンの不始末の責任を取らされる文官の始末を押し付けられていた。そんな雑用を押し付けられた彼女だったが、何とか手柄に変えようと今回の大ナマズを考えた。もしこのことを上位の魔将に報告すれば、あの少年の力も横取りされてしまうだろう。そして末席の自分はその理不尽を受け入れるしかない。それがわかっているからこそ、彼女は報告しないことに決めた。


「でもあの子供……とても美味しそうニャ……」


 琥珀色の瞳に嗜虐的な色を浮かべて舌なめずりする少女。その背後から数体の水棲の魔物が近づいてくる。その手には何かの骨から削り出されたような槍のような武器を携えていた。


「サハギン……オマエたちはアタシを愉しませてくれるニャ?」


 少女のその言葉を合図にするように一斉に襲い掛かるサハギン。気配を殺していたのかその数は十数体にも増えていた。だが少女はまったく動揺を見せずに戦闘態勢をとった。


 数瞬後、辺りは生臭い血の匂いがたちこめていた。周囲を赤く塗りつぶす血の海の中心にただ一人立つのは先ほどの少女。その周囲に散らばるのはサハギンだったもの。そのいずれも原型を留めているものはなく、無残なオブジェと化していた。少女はその全身を返り血で染めながら、指先から伸びた爪に纏わりついている血を舐めとり恍惚の表情を浮かべる。


「こんなものじゃ全然足りないニャ……やっぱりあの子供に期待するニャ。まずは後をつけるニャ。その前に……」


 まるで熱病に冒されたような様子でそうつぶやく少女。覚束ない足取りで湖に入り体を綺麗にすると、そのまま森の中へと消えていった。




**********



「迷宮……ですか?」

「ええ、ここから三日ほど進んだ場所に古くから知られる迷宮があります。街というには小さいですが、そこで小規模な集落が形成されております。迷宮探索をする冒険者の拠点ですな」


 ロッカを出てから三日後の夜、野営の焚火を囲んでいると先生が話を切り出してきた。どうやらこの近くに迷宮があるらしい。

 迷宮というのは未だに解明されていないこの世界の神秘の一つ。一番有力な説はこの世界に漂う魔力が澱んでしまい、周囲のあらゆるものを巻き込んで隔離された世界を作り上げてしまうというものだ。その時に巻き込まれた魔物は迷宮内でさらに力をつけるという。だがそこで得られる魔物素材などは高価で取引されるため、迷宮専門に活動している冒険者もいる。


「マウガに戻ることもできませんし、王都はさらに輪をかけて面倒ごとが多いはずです。ならばここらで色々と経験しておくのもいいかと思います」

「僕でも大丈夫なんでしょうか」

「攻略はゆっくりと行いますので問題ないでしょう」

『我もいるから平気ー』


 オルディアが尻尾を振りながら顔を舐めてくる。先生もこう言っているんだし、冒険者になったからには一度は迷宮を経験してみたかったのも事実。オルディアもいるし、アオイの力を借りればいい線までいけると思う。


「それに迷宮内であればアルト殿の召喚術も気兼ねなく使えるでしょう。使いこなすべく練習するいい場所です」

「そう……ですね、わかりました。では明日にも向かいましょう。必要なものはどうすればいいですか?」

「迷宮の入り口付近には少々値段が高いですが店もあります。必要最低限のものはそこでそろうので問題ありません。ではすみませんが不寝番をお願いします」


 そう言って馬車の脇で毛布に包まる先生。静かな寝息が聞こえたことを確認した僕は焚火を眺めながらアオイに話しかける。


「周囲に危険な反応は?」

【危険度中以上の反応は見られません】

「迷宮に入るつもりなんだけど、問題はある?」

【問題ありません。そこで経験を積んでいただければ、今後のためにもなるでしょう】


 アオイも特に異存はないようだ。アオイの索敵情報を常に確認しながら隣のオルディアを撫でる。そう言えばここ数日はオルディアに抱き着いて泣いてたな。いつも不安そうな顔をさせてしまったのがとても心苦しい。


「オルディア、心配かけてごめん。もっと頑張るからさ」

『ご主人様には我がいるよー』

「うん、ありがとう。さらに甘えるようで気が引けるけど、明日から迷宮だからよろしくね」

『護るよー、まかせてー』


 ちぎれんばかりに尻尾を振って喜びを爆発させるオルディア。きっと迷宮にいけば彼女も暴れられるだろうし、彼女にも思いっきり発散してもらいたい。そして僕も色々と学んで強くならなければ。アオイの力を使うにふさわしい主となるために。そんな決意を胸に抱えたまま、夜明けまで焚火を眺めていた。 

新キャラ登場です。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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