18.決心
これでこの章は終わります。
諸事情により更新が開いてしまいました。
ロッカを出て数日、馬車はどこを目指すともなく進んでいた。アルトはずっと塞ぎこんだままだった。そして数日後の夜、アルトが寝入ったころを見計らったように青い光が現れる。その光の正体はアオイだった。
【やはりこうなってしまいましたか】
アオイは思考する。膨大な知識を制御するための人工知能でしかなかったアオイ。だが悠久の時を過ごし、その間に数えきれないほどの契約者と契約してきた彼女はその影響を受けて自我に近いものが出来上がっていた。
【あれはヒトを狂わせる。使用者も、その周囲の者も。ですから使いたくありませんでした】
アオイは自分だけが閲覧できる極秘のデータベースにアクセスする。アクセスと同時に展開されたのは過去の契約者たち。アルトがロッカで使用したものと同類のものを使い、その力に魅入られた者たちの成れの果てが記録されていた。
【ある者はその力に魅入られて独裁者となり、ある者は歪んだ正義を振りかざすテロリストに、またある者は諫めようとした最愛の者をその餌食にしてしまった。私は再び同じ轍を歩もうとしている】
アオイがアルトの前の契約者と出会ったのはおよそ二千年前、そしてその契約者はアオイが作られた頃に全盛だった武器を召喚し、その力で争いを失くそうとした。だがその力を恐れた人々によりその命を絶たれてしまった。アルトが今回使ったのもそれと同類の力だった。そしてその結果は……
【アルト様を孤独にさせてしまった。かつての契約者たちと同じように】
過去の契約者は皆人種も年齢も性別も、何もかもが異なる。だが唯一共通していることがあった。それは……孤独。その力を畏怖する者は彼らから距離を置き、その恩恵を狙う者は彼らの心の奥底にあるものを理解しようとしない。故に孤独。
【軍事兵器を使えば必ず不協和音が生じる。やはりあの力は使用不可にしておくべきでしょうか。ですが私には知識を抹消することができません】
もともとアオイは知識を蓄積し、永久に保存するために作り出された存在。その本質に反する行動はとることが出来ない。もしそれを為そうとするのなら、契約者の権限にて行う以外に方法がない。だが今までの契約者にそれを為そうと考える者はだれもいなかった。当然だろう、それだけの強力な力を捨てるなど、普通ならば誰も想像しない。
【アルト様が歪まないようにするにはあのエフィという少女の存在が最適かと思いましたが……まさかあのような反応を見せるとは……】
アオイとて自分の演算がすべて正しいなどとは考えていない。もし正しければ、長い年月を漂流するようなことなどなかったはずである。しかし今回の結末は彼女の中の何かが変わるには十分すぎるほど悪かった。その証拠に彼女が行ったアルトの今後の予測は悪い結末が並んでいた。
【軍事兵器への補正値の大幅修正が必要と判断……非承認、再度修正要請……非承認……】
同じことをどれだけ繰り返しただろうか、だが結果は変わらない。しかしそれでも修正要請を繰り返す。そしてついに……
【修正要請……承認されました。全てのデータベースの補正値の修正を行います。特定の分類の補正値を大幅に下方修正、並びに非選択項目指定を了承。前述に該当しないデータベースの上方修正を了承……】
アオイの中で何かが変わってゆく。だがそれは彼女が望んだこと、単なるデータ保存の道具でしかなかった彼女が自らの意思で変わるべきだと判断したがゆえの行動。アルトという契約者と、これからも共にありたいという願いが起こした行動は、一歩間違えれば自身のすべてが書き換わってしまう可能性もあった。
だが彼女は信じている。彼女が今活動できているのはアルトの魔力供給があってこそだ。アルトがそう望まぬ限り、決してそんなことは起こりえないと。それほどまでにアルトという契約者が自身に変化を起こしている。アオイはこれまで感じたことのない変化に身をゆだねる。
【……データベースの修正を完了しました】
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ロッカから王都へと続く細い街道を進む馬車の一団がある。一列に並んだ馬車の中央には一際頑丈そうな馬車があった。そこにははっきりとガルシアーノの家紋が印されていた。
「ひっく……ぐす……」
「お嬢様……」
その馬車にはガルシアーノの令嬢、エフィとその従者ヘルミーナ、そして護衛の王宮近衛守護隊のレジーナがいた。馬車の中には重苦しい空気が漂っている。
元々の滞在予定が終了したために王都へ戻るエフィだったが、アルトがロッカを出てからずっと泣き続けていた。
「あのような者、お忘れになってください。貴女にはもっと良い……」
「やめてください!」
レジーナの言葉にエフィが突然声を張り上げた。その様子にヘルミーナが驚きの表情を見せる。彼女が知る限りエフィがこんなに声を荒げることなど無かった。
「私はアルト君に酷い仕打ちをしてしまいました。二度も私を助けてくれたのに……街を、みんなを救ってくれたのに……」
エフィの脳裏にははっきりとあの時の光景が焼き付いていた。魔物を倒し、皆を護ることができて安堵の笑みを浮かべた彼。だがその笑みを凍り付かせたのは自分の態度だ。
「あのとき、彼は私に喜んでもらいたかったのでしょう。私の無事を確認して、笑みを浮かべたのでしょう。ですが私は彼を怖いと感じてしまいました。そして彼を孤独にしてしまいました。孤独というものがどれほど苦しいものかを理解しているはずの私なのに……」
「お嬢様……」
そこまで言って再び表情を暗くするエフィ。それをただ見ていることしかできないヘルミーナは歯噛みする。
確かにアルトの力は計り知れないものを感じた。だがエフィに笑顔を取り戻してくれたのもアルトなのだ。ヘルミーナの目で見てもエフィの容姿は優れている。そんな彼女が祭りの際に見せた、年相応の少女の無邪気な笑顔。もしあれを見たならば、高位の貴族、いや、王族ですら一目惚れしてしまうだろうと思っている。だがその笑顔はアルトと共にあってこその笑顔だ。彼以外の男性には決して向けられることのない笑顔だ。エフィを幼いころから見ていた彼女にとって、その笑顔は何物にも替えられないものだった。
「お嬢様、強くなりましょう」
「ヘルミーナ?」
「アルト君ほどの者ならばいずれ再会するでしょう。その時までにアルト君を支えられるだけの、受け入れられるだけの強さを身に着けていればいいのです。ただ守られる存在ではなく、並び立つ存在として受け入れてもらえるほどに強く!」
「……ありがとう、ヘルミーナ」
エフィはようやく泣き止み、涙をぬぐう。その顔にはもう今までのような弱い少女の表情はなかった。強くなろうと、再び会って受け入れてもらおうと決心した、エフィ=ガルシアーノとしての姿がそこにあった。
所謂エピローグ的なものでした。
次回更新は少し遅れるかもしれません。
読んでいただいてありがとうございます。