17.孤独
昨日は更新休んで申し訳ありません。体調悪くて帰宅後すぐに寝落ちしてしまいました。目覚めたら朝でしたので……
「一体何が起こっている!」
レジーナからの使い魔により巨大な魔物が出現したことを知ったアントニオは、屋敷の窓から見える巨大な水柱と火柱にそう叫ばずにはいられなかった。
「あれはレジーナがやったのか? いや、レジーナは土属性だったはず……」
「魔物の気配が消えましたな、それに先ほどの攻撃には属性を感じませんでした。おそらくアルト殿でしょうな。……申し訳ありませんが急用を思い出しましたのでこれにて失礼いたします」
護衛を任されていたバーゼルがアントニオに向かって一礼すると、即座に屋敷を飛び出した。向かう先はアルトがいるはずの桟橋だ。
(嫌な予感がします。私の想像の通りにならなければ良いのですが……)
アントニオには可能性があるといった感じで話をしたが、バーゼルには先ほどの攻撃がアルトによるものだと確信していた。バーゼルはマウガでのあの光景が脳裏に焼き付いて忘れることができなかった。現役を退いたとはいえ元Sランクの自分が苦戦した魔将を完膚なきまでに圧倒して勝利したあの召喚。あれに準ずるものを召喚したのであれば、アルトの負けはないだろう。
だが問題はそこではない。バーゼルの心配はその後のことだ。あれほどの強烈かつ強大な力を見せつけられたとき、周囲はアルトのことをどう考えるだろうか。今までと同様に接することができるかどうか怪しいものだ。
(それほどに……人というものは弱いものです)
バーゼルは人という存在がどれほど脆いものであるかを見続けてきた。未知なるものがすんなりと受け入れられることはまずありえない。人々は畏怖し、さらには畏怖の対象を排除しようとする。たとえそれが自分たちに恩恵をもたらしたものであっても、だ。
アルトがあの場所であの爆発を引き起こしたのであれば、間違いなく何らかのトラブルに見舞われる。最大の懸念は周囲の者が迂闊な行動に出てしまうことだろう。
(間に合ってください)
すがるような気持ちでバーゼルは桟橋へと走り続けた。
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「あれは一体なんなのだ! 答えろ!」
冷たい輝きを放つレジーナさんの剣が僕の鼻先に突き付けられる。どうして僕が剣を向けられなければならないのだろうか。少なくとも僕が彼女に危害を加えたことは無い。それどころかここにいる人たちに対してもだ。あまりにも理不尽な仕打ちに声を荒げようとしたそのとき……
「そこまでにしていただけますかな」
「バ、バーゼル殿……」
「この街を救った立役者にする仕打ちとは思えませんが」
「あの力は危険すぎる! 危険の芽は早々に摘んでおくべきだ」
「それが王宮近衛守護隊の考えですか。ですがあの力に貴女程度が太刀打ちできますかな?」
先生の問いかけに黙り込むレジーナさん。だが僕はそれどころではなかった。先ほどのエフィさんの僕を見る目が頭から離れなかった。怯えの色がはっきりと浮かんだその目、完全なる拒絶の目。命を救ったはずなのに、皆無事だったのに、どうしてここまで拒絶されなければならないのか。今思えばアオイが今回の召喚を躊躇ったのはこうなることを見越していたのかもしれない。
「アルト殿、この街から離れたほうが良いかもしれません。馬車を回してきますので準備を」
「はい、先生」
どうしてこうなってしまったんだろう。魔物は倒したがこんなに後味の悪い結末が待っているなんて想像もしていなかった。エフィさんは僕と目を合わせようとすらしない。ヘルミーナさんの後ろに隠れてしまっている。どう声をかけようか悩んでいるうちに馬車がやってきたので、乗り込む前に何とか声を絞り出した。
「エフィさん、無事でよかったです。祭り、楽しかったです」
それだけ、ただそれだけの言葉を絞り出すのにどれだけの力を使っただろうか。本当はもっと色々と話をしたい。だが彼女の怯えた目がそれを阻む。僕が彼女にそんな目をさせているという事実が僕からすべての力を奪ってゆく。もうこれ以上は言葉を出せそうにないので、オルディアと共に馬車に乗り込んでロッカを後にした。
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ロッカを離れてどれほど経っただろうか、すでに辺りは暗くなり始めている。先生は馬車を止め、野営の準備を始めた。本来ならば僕も手伝わなければならないのだが、そんな気力すら沸いてこない。オルディアに少し大きくなってもらい、柔らかな獣毛に顔をうずめて溢れ出る涙を必死に堪えていた。
「食事はどうなさいますか」
「今は……いいです。……ねぇ、先生、力を得るってこんなに苦しいものなんでしょうか。こんなに寂しいものなんでしょうか」
どうしようもないほどに考えが纏まらないので、先生に聞いた。先生は元Sランク、こういう扱いを受けたこともありそうだが。
「アルト殿、あなたの力はこの世界では未知の力です。未知なるものは常に人々に恐れの心を呼び起こします。ですが忘れないでください。力は力でしかないのです。善も悪もありません。その力を使う人間次第で善悪どちらにも傾くのです」
「力は力でしかない……」
「重要なのはその力に溺れないことです。魅入られないことです」
「僕にできるでしょうか?」
「出来るか出来ないかではありません。やるのです」
先生の力強く厳しい言葉がくじけそうな僕の心をさらに痛めつける。でもどこか暖かい。それはきっと僕のことを本気で考えてくれているからだろう。
『ご主人様ー、我がいるから平気ー』
「ありがとう、オルディア」
オルディアが僕の顔を優しく舐める。彼女の柔らかな毛並みに体を埋もれさせながら、今日のことを振り返る。確かにあの力はどこか異質だった。冷徹に破壊のみを追求した何か、という冷たい印象しかなかった。アオイが今回だけと使用を制限したのも今ならわかる。きっとこんなにも苦しむ結果を何度も見てきたのだろう。そうして心が壊れていった人たちも。そう考えるとアオイにも心配かけてしまったということにようやく気付く。
(強くならなきゃいけないんだね。心も体も)
そんなことを考えながら、オルディアの温かさに誘われるように眠りに落ちていった。
読んでいただいてありがとうございます。