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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
3章 湖畔の街編
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16.躊躇い

今回は真面目に……

「アオイ、今すぐこの状況を打破できる方法はある?」

【…………】

「アオイ? どうしたの?」

【…………】


 アオイが呼びかけに応じない。魔力リンクは繋がったままなので、こちらの声が聞こえていないというわけではないようだ。だがこの緊急事態に即座に応えてくれないのはどういうことなのだろうか。


【……検索終了、現状を打破出来得る方法はございます】

「ならそれをすぐに……」

【ですが一つだけ、制約を設けさせていただきます。それでもよろしいですか?】

「構わないよ! このままだと皆死んじゃうよ!」


 いつものようにアオイの声には感情らしきものは感じられないが、どこか躊躇いがあるようにも思える。これまではアオイのほうで既に対処できる手段をピックアップしてくれていたんだが、今回はやけに時間がかかっているようだ。それに制約を設けるなんて初めてのことだ。


【これから提示する方法は今回一度きりとさせてください。よろしいですね】

「わかった! だから早く! レジーナさんはここにいる人たちを避難させてください!」

「了解した! 皆さん、こちらに巨大魔獣が近づいています! すぐに退避してください!」


 レジーナさんの今の格好は王宮近衛守護隊の正式武装だ。当然ながらこの国でその武装を知らない者はおらず、しかも赤のマントとなればその説得力は計り知れない。それに王国が誇る最強戦力の一人がここにいるという安心感からか、意外なほどに人々は冷静に桟橋から離れてゆく。


「レジーナさん、先生は?」

「アントニオの所にいます。万が一を考えて護衛を頼みました。私も万が一に備えておきます。土魔法なら私の得意分野ですから」

「ヘルミーナさん、エフィさんをお願いします」


 ヘルミーナさんがエフィさんの手を引いて舟から上がろうとしたとき、その手が振り払われた。予想外の行動に動きが止まるヘルミーナさん。


「……嫌です。ここにいます。アルト君といます」

「何を言っているんですか、お嬢様! ここにいてはあの魔物に……」

「レジーナ、正直に答えてください。あなたはあの魔物を単身で倒すことができますか? それも皆に被害が出ないように、一撃で」


 あまりにも唐突なエフィさんの質問。だがレジーナさんはそれに対して明確な回答を出せないでいる。


「私の知る限り、王宮近衛守護隊あなたたちは強い。ですがあの魔獣はあまりにも異質です。突然現れて土魔法を使う巨大なナマズの魔物、私にはあの魔物の特性が見えています。魔法に対する抵抗力は非常に高く、おそらく生半可な魔法ではダメージすら与えられないでしょう。それこそ広範囲な殲滅魔法でも使わなければ。それも一撃で倒せるとは限りません。違いますか?」

「おっしゃる通りです。今の私は単身ですので使える魔法も限られます」

「ヘルミーナ、私はアルト君に任せてみようと思います。もし彼が失敗すれば皆終わりなんです。ならば任せた者を見届けなければなりません」

「……わかりました、ですが私も御供いたします」


 ヘルミーナさんが諦めたようにエフィさんから手を放す。エフィさんはずっと僕の手を握ったままだが、その手がずっと小刻みに震えている。圧倒的な存在感の魔物を前に平然としていられるほうが異常だ。見ればその目にはうっすらと涙が滲んでいる。


「アルト君、これでも私はある程度の補助の聖魔法が使えます。一緒に戦わせてください」


 魔物の起こす波で揺れる舟の上、震える足でなんとか立つ彼女は僕を見てそう言った。彼女は末席とはいえガルシアーノのお嬢様、本来ならば一番最初に避難しなければならない立場だ。なのにここまで覚悟を決めている。


「私とアルト君、どこか似たものを感じるんです。アルト君は家から厄介者扱い、私はガルシアーノでも扱いに困る存在、ようやく見つけた共感できる人を失いたくないんです」

「エフィさん……」


 大粒の涙を零しながらも僕が不安に感じないように微笑む彼女。その健気さに改めて彼女を護る決心がついた。ここにはまだ大勢の人がいる。ここで強力な召喚を使えばその情報も流れていく。だがそれがなんだというのか。今は彼女を護りたい、ただそれしかない。


【アルト様、準備が整いました。目標、前方巨大水棲魔獣に設定。攻撃ルートはポップアップ/ダイブを選択。航行速度は設定値を維持。リリース時間は目標への到達および正常作動、目標の完全破壊のすべてを完了した時点までとします。キーワードを詠唱してください】

「わかった、『ほげいほう ふぉっくすわん』解放」


 いつものように魔力が抜き取られる虚脱感。だが今回はいつもより強く感じるのは気のせいだろうか。詠唱とともに頭上に発現する闇のようなゲート。そして近づいてくる轟音に皆が警戒を露わにする。だが僕にはその轟音があの魔物を屠るための雄叫びのようにも聞こえた。


「アルト君……」

「大丈夫です」


 不安が限界を超えてしまったのか、僕の肩に縋りつくエフィさん。そんな彼女を安心させるように、極力平然と答えてその肩を抱く。と、その轟音が極限まで達した瞬間、二つの何かがゲートから飛び出した。

 それは白く輝く銛のようだった。あたかも夜空を駆け抜けるほうき星のように長い尾を残しながら、陽光に輝く二本の銛はまっすぐ魔物へと進んでいく。そしてその銛が直撃すると誰もが思った次の瞬間、銛は軌道を変えて天に向かって進んでいった。


「まさか……魔物が何かの妨害を?」

【心配ありません。攻撃態勢に入っています】


 アオイの声がいつもより無機質に感じるのは気のせいだろうか。銛は彼女の言葉を体現するかのように上昇を止めると、魔物に向かって飛び込んでいく。魔物はそれが美味そうな獲物に見えたのだろうか、飲み込もうと大きく口を開く。そして銛は寸分たがわずその巨大な口の中へと飛び込んでいった。


 これは現実だろうか、それとも夢なのか、誰もがその光景に目を見開いた。あの圧倒的な巨体を持つ魔物が爆ぜたのだ。既にその頭部は原型をとどめていない。あまりにもすさまじいその威力は火属性の上級魔法でも到底敵わないだろう。ひょっとすると禁呪クラスかもしれない。

 だが魔物もさすがのタフネス、頭部の大半を失ってもなお攻撃しようとこちらに接近してくる。そこに二本目の銛がとどめを刺さんとばかりに飛び込んでくる。

 そして再びの轟音と火柱、水柱。銛は魔物の傷口に突き刺さり、巨大な爆発を引き起こしたのだ。辺りに立ち込める独特の匂いの煙が晴れたとき、魔物はその巨大をばらばらに分断されて湖面に浮かんでいた。まさかあの状態で生きているとは考えにくい。


【目標の完全破壊を確認、生命反応なし。撃破完了です。制約に基づき今回使用した召喚は使用不可となります】

「あ、あれ? 消える……」


 アオイの開かれたページから『ほげいほう』の文字が消えていく。再び白紙に戻るとアオイは自らを閉じて消えていった。だがそんなことよりも僕にはこれからやらなければならないことがある。


「エフィさん、終わりましたよ」

「ひっ……」


 小さく悲鳴をあげて僕から離れるエフィさん。それどころかヘルミーナさんとレジーナさんがこちらに敵意のこもった目を向ける。抜き身の剣を僕に向けて静かにレジーナさんが口を開く。


「アルト君……君はいったい何者だ」


 

ちょっとした布石回かも。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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