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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
3章 湖畔の街編
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14.まご

大物狙いの釣りといえばこの方でしょう

 闇、いや厳密にいえば如何なる属性も持たない僕が喚び出したソレは闇ではない。闇ではないそれは次第に人型に収縮しはじめ、やがてはっきりと視認できるようになった。


『いやー、ここはいいところだなや』


 そう言葉を発したのは少年だった。年のころは僕より三つか四つくらい下だろうか、印象深い黒髪に大きな黒い瞳の活発そうな少年だった。服装はブルーの厚い生地のズボンに薄いブルーのシャツ、そしてシャツの下には赤い長そでの服を着ていた。特に目立つのは裸足に草で作ったサンダルのようなものを履いており、頭には同じく草で編んだ帽子をかぶっていた。


『あー、こんなちっせえエサじゃでっけえ奴は見向きもしねえべ。ここはオラにまかせておくだ』


 僕のエサを見て少年はそう言うと、懐から何かを取り出した。それは釣り糸、しかも太さは僕が使っていた糸の何十倍も太い頑丈そうな糸で、その先には大きな釣り針がついていた。僕の手のひらよりも大きなそれは、巨大な魔物でも折ることは難しそうな頑強さが見て取れた。


『ちょっくらそっちの竿を貸してけろ。おっと、こりゃいい竿だなや』


 彼は僕の竿を手に取ると、いとも簡単に大きな魚を釣り上げた。その魚は僕がこれまでに釣ったどの魚よりも大きく、小さな子供くらいの大きさの魚だった。


『でっけえ奴は喰うエサもでっけえんだ。ちっせえ奴じゃ腹が膨れねえべ』


 そういうと釣り上げた魚を手際よく外し、大きな針を口に刺して桶に放った。そしてしばらく湖面を見渡していたが、何かを見つけたのかヘルミーナさんに向かって指示を出した。


『姉ちゃん、あのでっけえ岩の横の立ち木のところに舟をつけてほしいだ』

「は、はい、今すぐに」


 突然指示されて戸惑うヘルミーナさん。すがるような目でこちらを見てくるが、エフィさんが小さく頷くとようやく舟を動かし始めた。そして指定された場所近くまできたとき、湖面に明らかな違いを見つけた。


「ここ……他の場所に比べて暗い」

『ここは急に深くなってるべ。でっけえ奴ってのは用心深いのが多いだ。こういう深いところで潜んでて、上を通る奴を下から狙ってるべ』


 そう言いながら、手際よく先ほど釣り上げた魚を湖に放つ。魚は口元の針に違和感を感じているようだが、やがて解放された喜びを表現するかのように自由に泳ぎ始めた。すると、水面下で何かが動いたように見えた。

 いや、確かに動いた。だが一瞬自分の見間違いではないかと目を疑った。先ほど湖面が暗く見えたが、その暗い部分そのものが動いたのだ。その大きさは舟よりも確実に大きかった。


『静かに』


 少年がそう言うと、彼の持つ糸のたるみが無くなり、激しく動き出す。先ほど放った魚が何かから必死に逃げようと暴れているのが糸の動きからわかる。そして次の瞬間……


『きただ!』


 水面が意思を持ったかのように盛り上がり、そしてそれは現れた。まるで水面が爆発したかのような勢いで弾け、巨大な何者かがその巨体を宙に躍らせる。その大きさは僕たちの舟の軽く二倍はありそうで、もしあんな巨体がぶつかりでもすればこんな舟は木っ端微塵だろう。

 だがそれを即座に察知した少年は布のようなものを手に取ると、突然湖へと飛び込んだ。巨大魚は糸が邪魔をしているせいでうまく動くことができず、舟の近くでゆっくりと泳ぎ回っている。少年は巨大魚の背後からゆっくり近づくと、その頭部に布を巻きつけた。すると不思議なことに巨大魚はその動きを止め、少年のなすがままになっている。少年は糸を持ちながら舟に上がり、巨大魚をたぐりよせた。


『うっひょーーーーー、でっけえなや。こりゃヌシでねえだか? でもこれで一番は決まったべ』


 少年は無邪気な笑みを浮かべてそう言うと、次第にその体が透け始めた。そして霧が晴れていくように消えてしまった。


「す、すごいです、アルト君! これで一番間違いなしですよ! 召喚士ってすごいんですね!」

「いやー、それほどでも……」


 実際にはアオイの叡智のおかげなんだが、エフィさんにそう言われてうれしくないはずがない。舟に魚を括り付けて桟橋へと戻ると、大歓声で迎えられた。皆が熱狂する中、僕は安堵していた。最大の心配事だったエフィさんへの襲撃は無く、かなり抑圧された生活を強いられてきたであろう彼女は今ここで満面の笑みを浮かべている。あとは先生やレジーナさんが襲撃者の残党を見つけ出してくれているはずだ。そう考えると、エフィさんが僕に抱き着いてきた。


「アルト君、皆が祝福してくれていますよ! 私こんなこと初めてです!」

「は、はい……よかったです」


 桟橋いっぱいの観客や既に戻っていた漁師たちの祝福の声を聞いてうれしくなったのか、はちきれんばかりの笑顔とともに僕に抱き着いてくるエフィさん。生まれて初めて味わう女の子の身体の感触の柔らかさと、香水などで誤魔化していない良い香りに戸惑いつつ、これで終わったという満足感に包まれていた。



〇平〇平? いえ、とてもよく似た別人ですよ? たまたまおじいさんが職人の大物釣りが得意な少年ですよ? 

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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