10.あの時から
途中で視点変更と時系列の変更がありますのでご注意ください。
「あの、それは危険なんじゃ……僕は冒険者ランクFなんですよ?」
「でも私を護ってくれたあの力があるじゃないですか」
「それに僕とエフィさんとでは身分が違いすぎます」
「お忍びなんですから関係ありませんよ。それにようやく……」
「は?」
「いえ、こちらのことです」
「それはともかく、こんな場所でいつまで立ち話をしている訳にもいきますまい。そちらの女騎士殿の介抱もしなければなりませんからな」
「あ、いけない。すみませんがヘルミーナを運ぶ手伝いをお願いできますか?」
「お安い御用ですな。アルト殿、すみませんがそちらの剣を持ってきていただけますか」
「はい、わかりました。オルディア、行くよ」
『はーい』
僕が一方的にやりこめられている姿を見かねたのか、先生が助け船を出してくれた。というよりも問題を少し先延ばしにしただけのような気もするが、このままではなし崩しに了承させられそうな流れだったので助かったのは事実だ。
ヘルミーナさんを軽々と抱き上げて運んでいく先生の後について屋敷のほうへと歩みを進める。ヘルミーナさんは全身プレートメイルを着用したままなので相当な重さがありそうだが、先生はまったく苦になっていないようだ。今の僕では引きずっていくこともできないので、やはり男としては筋力をもっとつけるべきだろう。
「屋敷には怪しい気配はありませんな」
「はい、結界が張ってありますので私の許可の無い者は侵入することはできません。先ほどは水浴びの途中で少し気を緩めてしまいまして……」
いつもは周辺の森まで結界で覆っているんですが、と消え入りそうな顔で話すエフィさん。その顔は真っ赤になっているので、もしかすると僕に見られたことを思い出しているのか?
時折僕と目が合うと顔をそむけられるので、きっと怒っているのかもしれない。よくよく考えればガルシアーノの家名を名乗ることができるほどのお嬢様だ、男性に水浴び姿を見られてしまうなんてことはあるはずがない。怒るのも当然だろう。人付き合いが極端に少なかった僕の今後の課題はこういった人々の機微についてもっと敏感にならなければいけないというところだろうか。そんなことを考えながら僕たちはエフィさんの案内で屋敷へと足を踏み入れた。
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また危険な目に遭ってしまった。いつものようにお忍びという名目での旅。類稀な聖属性持ちというただそれだけのために持て囃され、そして危険な目に遭遇する毎日に嫌気がさし、半ば駄々をこねるような形で認めてもらった。
ガルシアーノ家の血を引いていると言えば聞こえはいいけれど、私は正妻の子じゃない。ガルシアーノ家の当主の甥が妾に産ませた子、偶然にも稀有な属性を持っていたために保護されているだけ。私の存在価値なんてただそれだけしかない。でもそのおかげで彼らは私のことをぞんざいに扱うことができない。そんな自分の運命をいつも恨めしく思っていた。
だけど今日ほど運命に感謝したことはなかった。もう二度と会えないと思っていた人との再会、まるで物語のように、窮地に陥るヒロインを救うべく現れた彼。あのとき止まったままの時間がゆっくりと動き出すのを感じていた。
「エフィ様、気をつけてください」
「ありがとうヘルミーナ。でもこんな辺鄙なところで狙ってくる者がいるなんて思えないわ」
馬車から降りる私を支えてくれるヘルミーナがそんな声をかけてくれるけれど、はっきり言わせてもらえばあのロッカよりも何もない辺鄙な場所で何かしでかそうと考える者がいるとは思えない。そんなことをすればすぐに目立ってしまうから。
ロッカは確かに綺麗な湖がある素敵な場所だけど、遊びたい盛りの私にとっては退屈そのもの。危険ということで屋敷から出ることもままならず、最初は楽しみだったお忍びの旅も次第に苦痛になってきていた。そんな折に噂で聞いたのはロッカから十日ほどの場所にある子爵領で膨大な魔力量を持つ領主の息子が属性判別の儀式を行うとのこと。暇を弄んでいた私にとっては渡りに船だった。
「属性判別は聖属性の分野よ、私の今後のために見ておきたいわ」
「……わかりました、ガルシアーノの名を出せば無碍に断られることはないと思いますので手配いたします」
ヘルミーナは渋々了承してくれた。まだ十三になったばかりだというのに常に飼い殺し状態の私を哀れんでくれたからだと思う。ちょっと空回りなところがある私付きのメイドだけど、常に私のことを心配してくれるありがたい存在。
「おお、あなたがガルシアーノのご令嬢ですか。我が息子アルフレッドの晴れ姿を存分にご覧になっていってください」
「はい、ありがとうございます」
笑みを浮かべて挨拶してくるメイビア子爵夫妻に余所行きの笑顔で応対するけど、なんだろう、この感じ。全身を舐め回されるかのようなねっとりとした感覚に我慢することができず、つい覚えたての魔法を使ってしまった。まだ十三だけど私は魔法を使うことができる。稀有な属性を持つ人間によくみられる現象だそうだ。
(なに……これ?)
私は聖属性持ちなので属性を視認することができる。子爵の属性は火、奥様は闇、確かに見える色は赤と黒だけど、その色はとても濁っていた。そう、まるでいつも私を利用することしか考えていないガルシアーノの人間と同じような、濁った色。こんな両親から生まれた子供なんて期待しないほうが良さそうね。
そんなことを考えながら、ロッカの屋敷に比べればはるかに小さく粗末なつくりの廊下を歩く。こんなところまで来たのは失敗だったのかもしれない。ロッカの人たちは皆純粋で、属性の色も透き通った綺麗な色をしていた。なのにこの屋敷の人たちは皆どこか濁りの入った色をしていて、王都の屋敷にいるかのような錯覚すら覚える。ついこみあげてくる吐き気と眩暈に足元が覚束なくなるのを必死に堪えていると、不意に衝撃に襲われた。曲がり角で人にぶつかったらしいと気づいたのは尻餅をついて見上げるような姿勢になってからだった。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「は、はい……」
やや戸惑いの表情を見せながら、申し訳なさそうに手を差し伸べてくるのは私と同年代の少年だった。
「すみません、儀式の前で緊張してたもので……怪我はありませんか?」
柔和な笑みを浮かべて謝罪する目の前の美しい金髪の少年こそ、今回の儀式を執り行う人物、アルフレッド=メイビアだった。
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