8.五王家と王宮近衛守護隊
五王家、それは我が国セベラム王国の建国に深く携わった五つの貴族家のことを言う。そして建国と同時にそれぞれ東西南北と中央を治めている。ガルシアーノ家は東部を治めており、マディソン辺境伯もその配下だ。つまりメイビア家も配下であるということだ。ガルシアーノ家は五王家の中でも穏健派で広く知られており、現在の王家を陰で支えることでセベラム王国の安定に尽力している。ちなみに王家は五王家とは一線を画しているため、正統王家と呼ばれている。
「ガルシアーノ家の中でも遠戚にあたるので正統王家に対する影響は少ないのですが、改革派としては保守派の切り崩しを狙いたいのかもしれません。私のような小娘を狙ってどうにかなるとでも思っているのでしょうか」
「お嬢様は改革派から見れば護りの手薄な狙いやすい存在なのでしょう。そもそも改革派は今の正統王家を排除して何がしたいのでしょうか。ここまでセベラムを発展させてきたのは正統王家と五王家だというのに」
レジーナさんが綺麗な顔に怒りの色を露わにしている。だが正直なところ僕にはまったくピンとこない。そもそもが僕は辺境の中でもさらに辺境の子爵領出身、王国の中央での思惑なんてまったく影響を及ぼさない。正直なところを言えばセベラム王国としてはメイビア子爵程度がどうなろうとまったく気にしていないだろう。
「アルト殿にとっては王国のこういう一面は少々衝撃的でしたかな」
「というよりは…… 僕にとっては遠い国の話のようで実感がわきません。メイビア領はそういった情報がまったくと言っていいほど入ってこないので」
「ほう、アルト君はメイビア領出身なのですか?」
レジーナさんが興味深そうに僕を見る。エフィさんはメイビアの名を聞いても何のことかわからないような表情を見せている。レジーナさんに何か気取られたのか?
「最近王都の火の騎士団にメイビア子爵の息子という者が鳴り物入りで入団したんですが、私のところにも挨拶に来ましてね」
「ほう、レジーナ嬢のところにですか。何のためにでしょう」
そういえばキースが火の騎士団への入隊が決まったと言っていたが、もう王都に行ったのか。僕より一つ年下だからまだ成人していないはずなんだが、よくあのフリッツが家を出したものだ。
「ですが跡継ぎはまだ成人していないはずでは?」
「基礎教養を学ぶために王都の養成学校に入学したそうです。騎士団長は目をかけているようですが……あれはダメですね、騎士の何たるかをまったく理解できていない。いや、そもそも理解しようとしているかすらも怪しいです」
養成学校か、僕のときにはそんな話は出てこなかったが、フリッツにしてはずいぶんと思い切ったことをしたものだ。レジーナさんの評価は最悪に近いが、一体なにをしでかしたんだあいつは。
「何か問題でもありましたかな?」
「あの者は騎士というものを根本からはき違えています。我らの力は剣を捧げた主君のため、ひいては主君の治める領地の領民の為にあるのです。決して己の顕示欲を満たすためのものではありません」
吐き捨てるように言うレジーナさんの顔が怒りに歪む。確かにキースは自己顕示欲の塊のような性格だった。そのうえ弱者を見下して悦に入るという嗜虐的な嗜好も併せ持っている。レジーナさんのところでどういう挨拶をしたのかは分からないが、所詮は世間知らずの田舎者だったということか。その点で言えば僕も変わらないが。
「兄が亡くなって家督を継いだというのに、それに対する配慮すらない。いくら複数属性持ちとはいえ、基本的な鍛錬というものを怠っている。力に酔いしれている子供そのものです。ただ最近はそういう手合いが増えてきているのも事実というのが心苦しいことではありますが」
「なるほど、私も以前メイビア領に数年おりましたが、あのキース様がですか」
先生が僕に視線で合図を送りながら、できるだけこの話題を早く終わらせようとする。僕としては最近の情報が知れたのは僥倖だが、かといってこちらのことを過剰に詮索されるのも嬉しくない。先生の思いやりには感謝するほかない。
「すみません、話が逸れましたね。では私はこの者たちを領主様のところへ連れていきます。背後関係を洗ってみましょう」
「ええ、お願いね、レジーナ」
「これだけの人数をですか? たった一人で?」
「ご心配なく、アルト君。私はこういうことも出来ますから」
そう言って何かを呟いて右手を軽く振るレジーナさん。すると周囲の土が盛り上がりはじめ、やがて大きな人型を生み出した。それも五体。
「ほう、土人形ですか」
「ということはレジーナさんは土属性ですか?」
「ええ、ですがそれだけではありませんよ。他の属性については規定で教えることを禁じられておりますので申し訳ありませんが」
「いえ、かまいません。とても面白いものを見せていただいたので」
僕に申し訳なさそうに言うレジーナさんにそう返すと、彼女は土人形たちに襲撃者を持たせて街へと戻っていった。土人形の大きさは二階建ての家と同程度で、それが五体も並んで歩いていく姿は壮観だった。
「彼女も複製属性持ちです。ですが私との手合わせでは土属性しか使っておりませんでした。主に防御に使っているようでしたが、やはり王宮近衛守護隊、あれが実力のすべてではなかったということでしょう」
先生が彼女の後ろ姿を見ながら感心したように話す。彼らは己の力を仕える主を護るためにのみ使う。もちろん普段の任務でも使うことはあるが、それは極力見せないことを強制されるという。つまり本来の力を制約された状態でも高い実力を持たなければならないという、通常の騎士とは数段高い場所にいるのが王宮近衛守護隊ということだ。そんな彼女から見れば生ぬるい考えのキースが許せなかったのだろう。
「あ、あの、アルト君、先ほどは助けてくれてありがとう。改めてお礼を言わせてもらうわ。あのままでは二人とも無事ではなかったでしょう」
「僕も対象になっていたようですから、成り行きですよ」
「それでも護ってもらったのは事実です」
強い意思のこもった目で僕を見る。だがその目にほんのわずかに疑念の色が浮かぶ。それは次第に大きくなり、彼女の表情全体に疑問の色が拡がった。
「あの……もしかして、あなたはアルフレッド君じゃありませんか?」
エフィさんの唐突な一言に僕と先生の動きが固まった。
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