6.三段?
【アルト様、周囲の反応に動きがあります。次第に距離を詰めてきていますので対処が必要です】
「数はわかる?」
【囲んでいるのが十、やや離れた場所にいるのが一、これは指揮官でしょうか。まずは指揮官を抑えるほうがいいでしょう】
「こっちに向かってくる勢力を無力化できる手段はあるの?」
【もちろんです】
「なら指揮官にはオルディアを向かわせよう。オルディア、少し離れた場所にいる奴が把握できる?」
『えーと……あ、いたいた、じゃあ行ってくるね』
まるで近所に遊びに行くような気軽さで走り出していったオルディア。突然走り出したオルディアに驚いた少女に向かって経緯を説明する。ちなみに少女は女騎士ヘルミーナを助け出した後、慌てて服を着た。さすがに自分の姿に気づいたらしく、そそくさと木陰に入って着替えてしまった。悲鳴をあげなかったのは僕が敵ではないと判断したことと、ヘルミーナを助けた恩人だからことが大きいだろう。
「あの、この周囲を取り囲むように十人ほどいるんですが、徐々に距離を詰めているようなんです。心当たりはありますか?」
「まさか改革派? もう嗅ぎ付けたということ? それとも情報が洩れているとでも? ……すみません、たぶん私の関係者で、おそらく敵でしょう。あなたはこのあたりの住人なのでしょう? 早くここから離れてください、こんな意味のない諍いに巻き込まれてはいけません」
衣服を着て戻ってきた少女はやや表情を曇らせながら僕にそう言った。だが彼女には何らかの防衛手段があるとは思えない。今着ている服だって上流階級の人たちが好んで着るシンプルだが質の良い普段着だ。やはりあの屋敷の関係者と考えるのが妥当だろう。
【周囲の反応の動きが速いです。このままでは逃げる途中で遭遇しますので、ここでの迎撃が適切かと思われます】
どうやら周囲の反応が予想外に動きが速いようだ。アオイから伝わってくる感覚によるとかなり洗練された動きを見せているようで、それぞれが的確に自分の持ち場を認識しながら動いている。高度な集団作戦の訓練を受けた人間かもしれない。それに少女が口にした改革派という単語も気になる。
「どうやらダメみたいです。まわりの奴らのほうが早く僕たちに接触するでしょう。少し離れたところにいる指揮官らしい奴はオルディアが向かっていますから、こちらは僕たちで何とかしましょう」
「オルディアて……さっき走っていった魔獣のこと?」
「ええ、彼女は強いですから」
【オルディアが指揮官を確保したようですが、こちらが接敵するより前に戻ってくるのは難しいでしょう】
「となると複数をほぼ同時に無力化する必要があるね。何か対処法は?」
【では最善と思われるものを選択します】
「あの、どなたとお話ししているんです?」
少女が僕の顔を不思議そうに見ている。そうだ、僕一人のことが多かったから気にも留めていなかったんだが、声に出して会話していると僕が怪しい独り言を言っているようにしか見えない。なので注意するようにと先生から先日指摘されたばかりだった。アオイの姿は僕にしか見えないのだから当然か。
「すみませんが気にしないでもらえると助かります。それから……えっと、できればその騎士さんと一緒にいてもらえますか」
「ま、まさかここで迎え撃つつもりですか? もし改革派だとすれば襲撃者は相当な手練れですよ?」
「改革派というがどんな連中なのかは知りませんが、敵の力量は把握できていますので大丈夫です……と、これを使えばいいの?」
【はい、使用方法を表示しますので取り扱い説明をお読みください。ターゲットロックオン完了、命中補正を最大値に設定完了】
アオイが僕の手に現れ、いつものように勝手にページが開かれる。その状態も僕にしか見えないので、少女は不思議そうに僕を見ているだけだ。だがそんなことに構っている場合ではない。アオイとの情報共有で敵は皆武器を構えて接近してくる。しかも武器には【猛毒】の表示があるってことは、確実にあの少女を殺しに来ているということだろう。
ページに記載されている取り扱い説明を読んでいると、ページの右下に赤い丸が現れた。しかもその真ん中に【押せ】と表示されている。説明を読み終わったとほぼ同時に、森の木々の間から全身黒づくめの、いかにも刺客という姿の連中が現れた。その数は十、だが不思議なのは、まだ陽も高い昼間だというのになぜ黒装束なのか。夜ならまだしもこんな明るい昼間なのに黒なんて、逆に目立つのではなかろうか。
「ふん、現地人も一緒か。だが子供が一人だけなら問題ない。そこの子供、ここにいた自分の不運を呪うんだな」
「誰の依頼ですか?」
「これから死ぬお前がそれを知る必要はない」
黒づくめの一人が僕のほうに顔を向けてそう言う。少女の問いかけにはまともに答えるつもりがないようで、口数少なくスルーした。だが僕もこんなところで殺されてやるつもりはない。
号令がわりに言葉を発した黒づくめが片手を上げると全員一斉に武器を構えて接近してくる。武器はナイフやショートソード、小ぶりの曲刀といった小回りのきくものばかりで、多人数で接近しての波状攻撃による暗殺を主戦法としているんだろう。まったく無関係な僕がいるにも関わらず、動揺する素振りが見られない。それならば僕も反撃することを躊躇うつもりはない。こちらはもう準備ができているのだから。
『おやくそくのおちそのいち、らっか、かなだらい』
相変わらずその詠唱の意味はわからないが、説明文の通りに本のページの右下に現れた赤い丸を指で押した。少女は僕の行動を不思議そうに見ている。
がいん!
僕たちに接近していた黒づくめの頭に、僕がようやく抱えることができるほどの大きさの桶が降ってきた。それも金属製らしい。
【あれはタライといいます。金属製の桶のようなものとお考えください】
アオイが補足説明してくれた。音からすると結構な重さがあるようだ。その証拠に黒づくめは皆一様に頭を押さえてうずくまっている。だがそれは行動不能にするには到底及ばないものであり、黒づくめもすぐに体勢を整えてきた。だがそれはこちらもわかっていること。だから僕は引き続き次の一手を打つ。
『おやくそくのおちそのいち、らっか、かなだらいねっとういり』
そう唱えてもう一度ページの赤い丸を押す。
ごいん! ばしゃっ!
「「「あちぃーーーー!」」」
黒づくめの絶叫が静かな湖畔の森に響き渡る。落ちてきたのは先ほどの桶と同じ大きさの金属製の桶。だが今度はぶつかる音がやけに重く、しかもその中から何かがこぼれて黒づくめたちに降りかかる。
【あれは熱湯です。専門家の指示によって適切に行われていますのでご安心ください】
熱湯とはなんて恐ろしいことをするんだ。しかもその後に続いたアオイの言葉の意味が理解できない。熱湯の専門家の指示ってどんなものなのかを一度しっかりと調べてみたい衝動が湧き上がる。だがその熱湯すら黒づくめたちにとどめを刺すには至らず、ややよろけながらも立ち上がってきた。
「まだ来ます!」
「大丈夫ですよ、想定の範囲内です。『おやくそくのおちそのいち、らっか、かなだらいさんだんおち』」
未だにこちらへ接近してくる黒づくめに恐怖したのか、少女はすがるように僕を見る。だが大丈夫、もともとこちらは一撃で対処するつもりはない。
僕が再度赤い丸を押すと、次に何かが来ると悟った黒づくめが一瞬身構える。
「ふん、あの程度のものが落ちてきても耐えてみせっ!」
どごん!
黒づくめの言葉は最後まで言われることがなかった。今回落ちてきたものはさきほどのような金属製の桶。だが唯一違うのはその大きさだった。大の大人が数人がかりで持ち上げるような巨大な金属製の桶が動きを止めた黒づくめの頭部に直撃した。森に響く鈍い衝突音は、その衝撃の大きさを物語っていた。そして黒づくめは全員その金属製の桶の下敷きになって失神していた。
「制圧したようですが……できれば黒幕を知りたかったのですが」
少女はその光景を複雑な表情で見ていた。いきなりこんな数の刺客に襲われればそうなるか。彼女は詳しい事情を知りたかったようで、失神して未だ動き出す様子のない刺客を眺めてそうつぶやいた。
「でももう一人確保していますから大丈夫ですよ。もうすぐここに来るはずです」
「もしかして先ほどの魔獣が?」
「はい、来たようです」
『ご主人様ー、おみやげー』
オルディアが黒い覆面をつけた失神した男を銜えて戻ってきた。頭を一振りしてその男を放り投げると僕たちの前に転がした。
「これが首謀……者……いやあぁぁぁっ!」
少女が突然顔を覆って僕の後ろに隠れてしまった。ああ、これは仕方ないことだ。オルディアも悪くない。オルディアは早々に無力化して、急いで僕のところに戻ってきたんだろう。おそらく襟首を銜えて走ってきたに違いない。そうなれば位置から考えて腰あたりから下は地面を引きずるようになるわけで……
そう、黒づくめの下半身は衣服がぼろぼろになって丸出しの状態だった。いきなりそんなものを見せられた女の子がこういう反応を示すのは当然だろう。ちなみに僕が先ほど黒覆面を男と断定したのもこの状態の姿を見たからだったというのは内緒にしておこう。
この召喚の元ネタ、わかる方いるかな?
読んでいただいてありがとうございます。