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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
3章 湖畔の街編
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5.出会い

 翌日、手合わせするというバーゼル先生と別れて湖畔の散策をすることにした。長閑な風景は王都の人たちから見れば珍しいものかもしれないが、メイビア領もここと大差ないような気もする。むしろ湖があるぶん、ここのほうが有利なようにすら思える。


『ご主人様ー、おさかなー』

「あまりはしゃぎすぎると汚れるよ」


 浅瀬で小魚を見つけてはしゃぐオルディア。ばしゃばしゃと水飛沫をあげて魚を追いかけているのはいいんだが、水底の泥まで巻き上げてしまい綺麗な白銀の毛並みが泥まみれだ。後でしっかり体を洗ってやらないと。


【アルト様、周囲に複数の人と思しき反応を感知しました。一定の距離を保って移動していますのでご注意ください】

「危険かな?」

【最も近くにある反応は歩き方や速度、ルート選択を考慮してもほぼ素人かそれよりやや上といったレベルでしょう。むしろその反応を囲むように展開している反応のほうが危険度が高いと思われます】


 囲むようにっていうのは穏やかじゃない。囲むように展開ってことは、取り囲んで確実に仕留めようという意思が見えてくる。厄介なことに巻き込まれないうちに離れたほうがいいかもしれない。

 周囲の様子を伺おうとして、湖畔の森の隙間から白い屋敷が見えた。大きさはアントニオさんの住居よりはるかに大きい。領主よりも大きな屋敷に住むなんて、と一瞬考えたが、あれが話に出ていた王族の別荘かもしれない。となればアオイの索敵に反応した素人っぽいのは王族かその関係者、囲んでいるのは護衛か?

 索敵では屋敷と湖岸の間の小さな森の中に反応があった。ついそちらのほうに視線を移してしまい、見つけてしまった。


「綺麗……」


 小さな水音とともに湖岸の浅瀬に足首あたりまで立ち入ると、目を閉じて風を浴びる少女。薄いブルーの髪が湖面を渡る風に靡いており、揺れながら陽光を浴びて輝く様子は高名な画家が描いた絵のような、いや、そんなものを軽く凌駕する美しさで僕の目をくぎ付けにした。身にまとっているのは透き通るような薄布一枚、まだわずかばかりに幼さを残した体つきが陽光によりシルエットとして強調されている。女性のこんな姿を初めて見たにもかかわらず、僕の第一印象は性的な興奮よりも純粋に美しいという感情が優先されていた。本来なら女性のこんな姿を見ることはいけないことなのだろうが、僕の目は彼女にくぎ付けになっていた。


『ご主人様ー、誰かいるのー?』

「! 誰? そこにいるのは?」


 水辺で遊んでいたオルディアが立てた水音により何者かの気配を感じ取った彼女は誰何の声をあげた。だがその声には動揺のようなものは感じ取ることができず、その証拠に彼女はじっと僕のことを見つめていた。女の子なら自分のそんな姿を見られれば悲鳴くらいはあげそうなものだが、静かに僕を見据えていたのだ。


「あ……すみません、まさか水浴びしているなんて思わなかったので。すぐに立ち去ります」

「そんなに私の存在が邪魔ですか? さあその魔獣で一思いに始末したらいかがです? ですがこちらもただで終わる気はありませんよ」


 突然少女の目が険しくなり、同時に強い敵意がうかがい知れた。だがどうにも腑に落ちないところがある。そもそも水浴びを見られたくらいでここまで怒るのはどうかと思う。


【どこか認識に齟齬があるようです。ここはひとまず立ち去ったほうが良いでしょう】

「そうだね、オルディア、帰るよ」

『はーい』

「待ちなさい! どこに行くつもりですか!」


 立ち去ろうとしたらいきなり呼び止められた。一体何がしたいのだろうか、この少女は。偶々散策の途中で見てしまっただけで、こちらに敵意なんてものは一切無いというのに。これ以上関わっても面倒なことにしかならないと思ったので無視して立ち去ろうとした途端、森の中から新たな人影が現れた。そう言えば呼び止めた声は若干年上っぽい感じがしたな。


「お嬢様! 大丈夫ですか! おのれ改革派め、こんな僻地にまで刺客を放つとは、しかも魔獣使いだと? ご心配なく、この私ヘルミーナ=マカリールが騎士の誇りにかけてお護りいたします!」


 いかにも新品ですという輝きを放つプレートメイルに身を包んだ女騎士が剣を構えて少女を庇うように立った。だが剣の自重を支えるのが精一杯のようで、足元がおぼつかずにふらふらしている。

 だがよく考えてみれば、少女の前に立つということは当然ながら湖の中に入ることになり、もちろん水底は平坦ではない。砂のところもあれば泥のところもあり、砂利のところもある。当然大きな石があることもよくある話で……


「無礼な刺客風情め、この剣の錆になるがい……いーっ?」


 足元が不安定な状態、さらに重い剣を持ったまま、その上に明らかに着慣れていないと思われるプレートメイルという悪条件で水苔の繁茂している石でも踏もうものなら、バランスを崩すのも当然だ。ヘルミーナという女騎士もその例に洩れずに足を滑らせて大きな水飛沫をあげて転倒した。だがその後はまったく動きを見せなくなった。


「ヘルミーナ? 大変! 今ので頭を石にぶつけたみたい! お願い、そこのあなた! 敵ではないのならヘルミーナを助けるのに力を貸して! このままでは溺れてしまうわ!」

「あ、はい、オルディアも手を貸して」

『いいよー』


 少女に頼まれて僕とオルディアは女騎士をなんとか岸に引きずりあげた。水からあげたとたんに大きくせき込んで水を吐いたので心配ないとは思う。


「ありがとう! ヘルミーナは私の大事な従者なの! 万が一に何かあったらと思うと……」


 いきなり感極まって泣き出す少女。僕はその様子を複雑な心境で見ていた。なぜなら少女は未だ薄布一枚しか纏っておらず、しかも女騎士を助けるために夢中だったらしく色々な部分がちらちらと見えていたからだ。


【これも役得ということで理解しましょう】


 アオイがどこか冷たい印象を与える声で話しかけてきた。これは不可抗力だから。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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