2.ロッカ
ちょっとした説明回?
ロッカの街は想像していたよりもはるかにこじんまりとしていた。悪く言えば村が大きくなった程度とも受け取れる。宿も小さな規模のものが二軒あるだけ、それも領主のいる街だけで、点在する小さな村には宿すらない。店も道具屋が一軒あるだけで他は皆漁民、道具屋の品ぞろえもひどく限定的だった。
「剣っていうより包丁だね」
「こんな平和な場所ですからな、日用品中心になるのは仕方のないことでしょう」
道具屋で武器も扱っているというので入ってみたのだが、大ぶりのナイフとして展示されていたのはどう見ても包丁だった。他にも何か掘り出し物があるかと店内を探してみたのだが、置いてあるのは釣り針や重り、質のあまりよろしくない漁網などしか置いていなかった。バーゼル先生の言う通り、長閑な漁村と考えればこの品ぞろえは当然といえば当然なのだろう。
「ロッカ子爵ってどんな人なのかな?」
「上昇志向は皆無な方ですな。領主の仕事もそこそこに御自身も漁に出られているようです」
周囲の視線に辟易しながらもロッカの街を散策する。なぜ視線に辟易しているのかというと、街の住人のほとんどがこちらを凝視しているからだ。その理由は先ほど宿泊を決めた宿の女将が言っていた。
「宿の仕事なんて何年ぶりだろうね」
つまりそれほどに街を訪れる者が少ないということだ。そんな彼女も普段は宿の主人である夫とともに漁業に勤しんでいるそうだ。外部からの来訪者というものが珍しいのであれば、僕たちを見る視線が多くなるのは理解できるんだが、とにかくどこに行っても見られている感覚というのが煩わしい。
「これも修行ということですな」
「……ううう、気になるよ」
まるで珍しい動物でも見るかのような視線の嵐はどうにも居心地が悪い。それに困ったことがもう一つ、街を散策していたのだが、散策すべきところをすぐに回り終えてしまったのだ。ギルドの支部もないので依頼を受けることもできず、どうやって時間をつぶそうかと悩んでいた。
「オルディアが入れないのは辛いよ」
「従魔に理解のない宿も地方に行けば多数ありますので、ここは慣れるしかありませんな」
当然のようにオルディアを連れて宿に入ろうとしたら血相を変えた女将さんに怒られた。部屋が獣の毛で汚れるとか、粗相をされたら困るとか言われたんだが、少なくともうちのオルディアはそんなことはしない……はずだ。
なのでオルディアには馬車の荷台で寝てもらうことにした。馬車の護衛にもなるだろう。
「ギルドの支部が無い街では依頼はどうしているんですか? メイビアではフリッツの私兵が対処していたようですが」
「メイビアと同じですな。領主の私兵が対処するのがほとんどですが、ここでは領主が領民に依頼を出すようです。ただし領民では対処できない場合は近くのギルド支部へ早馬を出して依頼することになります」
この街の周辺では危険度の高い魔物が出ることはほとんどないらしい。魔物が出るとしても湖に棲息する魚の魔物が大半であり、出現しても漁師が仕留めてくることがほとんどだそうだ。
「主に大型の肉食魚が多いですな。この湖には水棲人種も生息しておりますが、概ね友好的な関係を築いているようです」
「水棲人種というと人魚とかですか?」
「ええ、それにサハギンなどもおりますな」
人魚という物語で読んだことのある種族に心が躍る。だが先生はそんな僕の想像を優しく否定した。それもとても真剣な目で。
「人魚が優雅なのは物語の中だけです。種族によっては動物をを襲って水中に引きずり込んで食べてしまうものもおります。稀に人間もその対象になることがありますので心してください」
「……はい、気をつけます」
「ですが人魚族の女性は見目麗しいものが多いのは確かですので、遠くから眺めるだけでしたらかまいませんよ」
そうか、見るだけなら大丈夫なのか。先生が僕のことをにやにやしながら見ているが、変なことは考えていませんよ。ただほんの少しだけ興味があるだけで。
「では今日はゆっくりと体を休めることにしましょう。アルト殿はここまで長く馬車に揺られたことはありませんので知らないかもしれませんが、長時間揺れ続けると身体に負担が蓄積します。気づかないうちに体調を崩すことも十分あり得ますので」
「わかりました」
先生はそう言うが、まだ日は高く宿に戻っても何もすることがない。街の散策もほぼ見て回ったので、外でもすることがない。となれば食べ歩きといきたいところだが、このあたりは来訪者がいないので露店もなければ軽食を出す店もない。こう言っては失礼だが、街と呼ぶにはあまりにも規模が小さすぎる。そのおかげか生活排水が流れ込む量が少ないおかげで湖の水は透明度が高くてとても綺麗だ。人魚の話がなければオルディアと水遊びでもしたかったところだ。
【それなら釣りでもしたらいかがでしょう】
唐突にアオイの声が聞こえてきた。なるほど、それなら僕でもできそうだ。だが道具はどうする? 道具屋の道具は漁師が使うものばかりで素人が扱えるものなんて無さそうだったが。
【ご心配なく、その用意もございます】
いつものように自信に満ち溢れたようにも聞こえる抑揚の乏しい女性の声。確かにアオイの知識には犬用の玩具なんてものもあるくらいだから釣りの道具もあってもおかしくはないのかもしれない。それにこういうもので慣らしていけば僕の技術も上がっていくと考えれば悪くない選択だ。それならここは気分を変えて釣りを楽しんでみよう。
でも僕は釣りなんて一度もしたことないんだが。
読んでいただいてありがとうございます。