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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
3章 湖畔の街編
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1.湖の街へ

ようやく更新再開です。お待たせしました。

 アルトたちがマウガを離れた同日、冒険者ギルドマウガ支部の周辺では今までにないほどの活気に満ち溢れていた。それは支部長ダウニングの発案による一大イベントによるものだった。

 冒険者だけでなく、武器や道具を作る職人や研究者、薬品作りの職人に宿屋の主人、そして一般人という様々な顔ぶれがギルドに集まっていたのである。厳密にはギルドの前の比較的大きな通りに、だ。


「右手親指、百Gからだーっ!」

「百五十!」「二百!」「三百!」


 ギルド専属の解体人から手渡されたそれを高々と掲げながらダウニングが大きく叫ぶと、群衆から歓声に次いで値段を叫ぶ声が続く。


「五百G、売ったぁー!」


 今行われているのは公開の解体と、特別に開催されている競売だ。競売自体はよく行われていることだが、何が特別なのかというとそこに参加している面々だった。


「道具屋のバリーさん、五百Gで落札です。はい、どうぞ」

「おお、こんな珍しい素材が五百Gで買えるとは思わなかった」


 シェリーから手渡されたものをほくほく顔で受け取る道具屋。通常ならばギルドの競売は特定の業者のみが参加できるという、ある意味閉鎖的な世界で行われていた。だが今はそういう制限は取り払われている。そして解体は続いていく。サイクロプスの上位種という非常に希少な素材の解体が。そう、今行われているのはアルトが倒した(厳密には『しずまないふね』が)魔将ヘドンの解体だ。

 アルトはヘドンの死体を格安でギルドに売却した。それでもかなりの金額になったのだが、本来の競売にかければ受け取った金額の数十から数百倍にもなるはずだが、そうなると競売が終わるまで街にいなければならない。それを嫌ったアルトは格安で売ることにより面倒ごとをギルドに丸投げしてしまったのである。

 そして悪目立ちすることを嫌ったアルトの意思を尊重したダウニングは、公開の解体と競売を開催したのだ。通常では考えられない格安な価格で売りさばかれ、しかも参加の制限なし。落札者はダウニングの独断と偏見で決まるため、大金を持つ者が買い占めるようなこともない。それを知った街の者たちはすぐにギルドに殺到したのだ、ダウニングの思惑通りに。ダウニングは視界の隅に、誰にも気づかれずに街を出てゆく一台の馬車の姿を確認して安堵した。当然ながら門番にはその馬車だけを素通りさせるようにという厳命が領主直々に与えられていた。


(しっかりやれよ、アルト)


 本心ではアルトに残ってもらいたいところだったが、領主も含めた会談でアルトの旅立ちが決まってしまったのでどうにもならない。ただこれだけの置き土産があればここしばらくはマウガの街もギルドも安泰だ。ダウニングは若干の心残りを感じながらも再び競売に没頭していった。







『まさかヘドン様が……信じられん』

『これは報告せねばならん』

『だが倒した冒険者はどうする?』

『我々で対処できる相手ではない、今は捨て置け。どうやら目立つことを嫌っているようだからな、こちらから手出ししなければ敵対することはあるまい』

『わかった……では魔王様への報告に戻るとしよう』


 群衆に紛れて解体の様子を見物していた、ローブのフードを目深に被った二人組が小声で会話しているが、その声は小さくかすれている。それほどまでに彼らにとって目の前の光景は衝撃的だったのだ。外見は一般人と大差ないが、時折フードの奥から覗く瞳は明らかに人間のそれではなかった。

 魔将が人間如きに、しかも圧倒されての敗北など一度たりとも無かった。あってはならなかった。いくらヘドンが末席だったとはいえ、魔将という存在は闇の者にとっても特別なものであった。その絶対的優位性が揺らぐ今回の件、報告を怠ることは許されない。おそらくヘドンの配下はその不手際の責を問われて処分されるであろうが、彼らにそこまでの気遣いをする義理はない。ただあるのは魔王への絶対的な忠誠心のみ。

 二人組はゆっくりと群衆から距離をとり、手近な建物の陰に入ると二度と出てくることはなかった。




**********




「アルト殿、見えてきましたぞ」

「うわぁ……綺麗だ……」


 アルトたちの馬車はマウガ男爵領を西に向かって移動していた。そしてほぼ十日ほどかけてようやく大きな湖の見える丘へと到着した。この周辺もマディソン辺境伯を寄り親とする貴族の領地ではあったが、王都とは遠ざかるように進んできたのでアルトたちの情報は未だ届いていないようだった。そのせいか道中は平穏そのものであり、アルトは様々な道具を「召喚」したり、バーゼルから基本的な体術を教わったり、オルディアと遊んだりしながら進んでいた。そして次の目的地でもある大きな湖、ロッカ湖の見える場所まで来たのだ。

 ロッカ湖はロッカ子爵が治める領地だが、ここはかなり特殊な領地だ。というのもその領地のほとんどがロッカ湖であり、陸地の領地は湖岸のみという中途半端さだ。湖岸には小さな漁村が点在しており、その中でも一番大きな漁村が領主の治める街になっている。街といってもメイビア子爵領の街よりも小さく、当然だがメイビア領と同様にギルドの支部すらない。そんな僻地だからこそバーゼルが薦めた行き先でもあるが。


「水面に陽光が反射して宝石みたいです」

「ここはある意味隔離された場所とも言えます。領主も元漁民ですし、長閑で良いところです」


 バーゼルが手綱を握りながら振り向いて言う。だが彼の言葉を言い変えれば特筆すべきものがなく、周囲の情報も入ってこない孤島のような場所でもある。今のアルトが様々な経験を積んで成長するにはうってつけの場所だろう。


『おさかなおさかなー』

「きっと美味しいと思うよ」


 既に風に乗って漂ってくる魚の匂いに尻尾を振って喜ぶオルディアの頭を撫でているアルト。これまで自分の命を狙われ続けた彼もここなら安心できると考えているようだ。輝く水面を遠くに眺めながら、次の街ではどんな出会いがあるのか胸を高鳴らせながら、進む馬車の揺れに身を任せるのだった。

競売はいわゆるカムフラージュですね。


ストックは……少しだけなら……


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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