2.天国の終わり
連日更新とは言ったが一日一話とは言っていない!
というわけで本日二話目です。
「え? 青い装丁の本? 知らないわよ?」
いつも魔法書を買い込んでくる母のセレーナに聞いてみたが、こんな答えが返ってきた。彼女が知らないということは他の誰かが持ち込んだのだろうか。でも僕の部屋に入れる人間は限られている。
「本? いえ、存じ上げませんが」
「そのようなもの、ありましたっけ?」
メイドたちに聞いてみても、皆一様に知らないと首を横に振っていた。そもそもこんな綺麗な装丁の本、とても高価なものに違いない。決して貧乏子爵の家にあっていいものじゃないと思う。
そう考えて部屋に戻るが、そこに青い本は見当たらなかった。きっと白紙の本を買わされたことが恥ずかしくて、僕に見つからないように捨てたのかもしれない。きっとそうだ。僕は勝手にそう結論を出して、再び魔法書を読みふけるという至福の時間に没頭した。僕の運命を決定づけた十三歳の誕生日まで。
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「メイビア子爵、もし火の適性があったのならぜひ我が火の騎士団へ!」
「もし水の力がおありなら水の教会に迎えたい!」
豪奢な礼服を着た人たちに囲まれて父が破顔している。それもそうだろう、こんな辺境の貧乏子爵が一生頑張ってもお目にかかることなんてまずあり得ないほどに高位な人たちが態々儀式を見にきている。父からすればまさに天国にでもいる気分なのかもしれない。きっと父には約束された栄華が見えているのだろう。
「あなた、そろそろ儀式のお時間では?」
「うむ、それではよろしくお願いします」
「はっはっは、これは責任重大ですな」
終始笑顔の母に促され、父が初老の男性を連れてきた。確か【器の儀】で判別してくれた人だ。男性は僕の前にやってくると、設置された小さなテーブルに水晶玉を置いた。そこまではあのときと同じだが、今回違うのは水晶玉の大きさだ。前回は大人の掌に乗る程度だったけど、今回は僕の頭くらいはありそうだ。
「これより魔法の儀を行いますぞ。この水晶に手をかざしてくだされば、玉に浮かび上がった色で使える魔法の適性がわかります」
説明を受ける僕だけど、それは本を読んで既に知っていた。火は赤、水は青、風は若草色、土は茶色、木は深緑、雷は黄色、氷は白、闇は黒、聖は銀、光は金、特に聖と光の適正がある者は極端に少ない稀少な存在とされている。
僕はゆっくりと水晶玉に手をかざす。このときの僕は他の皆と同じように、これから薔薇色の人生が待っていると信じて疑わなかった。この時までは。僕が手をかざしたその瞬間までは。
「……色が……出ない……だと?」
神官が漏らした言葉に見物人がざわつく。色が出ないなんて通常では考えられない。たとえほんの少ししか魔力を持っていない者でもなにかしらの適性がある。ごく弱い初級レベルの魔法しか使えない者でもはっきりとその色が浮かび上がる。なのに目の前の水晶玉は透き通ったままだ。
「こ、これは何かの間違いだ! アルフレッド! もう一度やってみるんだ!」
「は、はい!」
父の剣幕に気圧されながら、再度手をかざす。だが水晶玉には何の変化も見られない。それから何度も繰り返すが、結果は同じだった。もう何十回目になるかすら思い出せなくなったとき、声がかけられた。
「もういい、メイビア子爵。貴殿の御子息に魔法の才は無いようだ。こんな辺境まで足を運んだというのに、まさか無能とはな」
僕をスカウトするつもりで来たお偉方の面々はそんな言葉を残して去っていった。それに合わせて他の見物人もぞろぞろと出てゆく。家人、使用人、領民たちだが、明らかな落胆の色が窺える。そして僕を見る目には明らかな感情が浮かんでいた。
「よくも……よくも私の顔に泥を塗ってくれたな! この役立たずが!」
彼らの目に浮かんだ感情を理解するよりも早く、父の怒声が耳を貫く。父を見れば真っ赤な顔でこちらをにらみつけている。射殺さんばかりの殺気立った目に思わず椅子から転げ落ちて尻餅をつくが、僕のことなどお構いなしに父は僕を蹴った。
「痛い! 痛い! やめて! 父さん!」
「貴様のような無能に父と呼ばれるなど不愉快だ! この失態をどう償ってくれるというのだ!」
僕を執拗に蹴り続ける父。そこに新手の攻撃が加わる。
「お前のような息子がいるなんて恥ずかしくて外を歩くこともできないわ! どうしてくれるのよ!」
父が鍛錬用に使っている木剣を握りしめた母が僕を殴打する。そこには一切の手加減は感じられなかった。非力の女性とはいえ、全力の木剣での殴打はかなりのダメージがある。さらに新たな攻撃が加わる。
「あんたみたいなのが兄だなんて恥ずかしくて死にたいよ!」
弟のキースが同様に木剣で殴打する。誰も手加減なんてしていない全力の殴打を受け続けた僕は次第に声を出すこともできずに身体を丸めて嗚咽を漏らすことしかできなかった。ただひたすら、この理不尽な暴力が終わることを願いながら。
「流石に貴様を殺してしまうとあらぬ疑いをかけられかねん。成人まではここに置いてやるからありがたく思うんだな」
あれから二時間ほど殴打されつづけた僕は傷だらけだった。簡素な手当てだけをされた僕が父に連れていかれたのは母屋から離れた物置小屋だった。そこは使用人も手入れすらしていない荒れ果てた小屋で、かろうじて雨露をしのげる程度の廃屋だった。
「これから成人までここが貴様の住処だ。決して我々の前にその姿を見せるな、もし見かけたらどうなるかはわかっているだろうな」
木剣をちらつかせながら父が凄む。まだ理解が追い付いていない僕はただ頷くことしかできなかった。父が去ったあと、僕は痛む身体を粗末な寝台に投げ出した。
「どうして……どうして……ひっく……ひっく……うわあぁぁぁん!」
思考を整理しようとするが、あまりの理不尽に感情が爆発してしまう。
僕がどんな悪いことをしたというのか、魔法の適性がないということは僕の責任なのか、そう考えるとやり場のない怒りと家族からの仕打ちへの悲しみ、そしてこれからの自分の人生への絶望、様々な負の感情がとめどなくあふれ出てくる。まともに身体を動かすことのできない僕はそのままずっと泣き続け、やがて疲れて眠ってしまった。
読んでいただいてありがとうございます。