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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
2章 駆け出し冒険者編
28/169

16.豪腕

ついに決着です。

『なめんじゃ……ねえぞ……この野郎……』


 泥にまみれたヘドンがゆっくりと立ち上がる。その単眼には明らかな憤怒の色が浮かんでいるが、その根源にあるのは魔将としての己のプライドを粉砕された怒りだろうか。だがそれをこちらにぶつけるのはお門違いではなかろうか。

 奴も魔将である以上、力を以って今の地位を勝ち取ったはず。力の優劣というものは必ず存在する組織に属しているのならそれは素直に受け入れるべきだろう。


『俺様が……人間程度に……負けるかよおっ!』

『$%!』


 ヘドンの肌が緑色から鮮血の如き真紅へと変化していく。その色の変化は僕も書物で読んだことがある。魔物の中には自身が窮地に陥ると爆発的に攻撃力の上がるものがおり、それは凶暴化と呼ばれる現象であるということ。そのときに見られる最も顕著な兆候が、肌が赤くなるというものだ。しかもその赤が濃いほど攻撃力が高くなるが、そこにはリスクも存在する。理性というものが無くなり、ただ暴れるだけしかできなくなるのだという。

 となればここで何としてもヘドンを倒さなければならない。もし逃がすようなことがあれば、逃げた先で無差別に暴れまわることだろう。そうなったときの被害は僕程度の想像できるレベルを軽く凌駕してしまうだろう。


 ふと『船さん』を見れば、僕の不安を感じ取ったのだろう、こちらを振り返っていた。だが僕と視線が合うと、親指を立てて片目を閉じながらにっこりと笑った。安心して俺に任せろということなのか?


 遠目にも明らかに理性を失ったとわかるヘドンは手負いの獣のように暴れだした。そこには戦況を判断して動くというような駆け引きなどない。だが全ての攻撃が全力、当たれば大きなダメージを受けることは必至だ。やや距離をとって牽制しながら隙をつくような戦い方になってしまうのではないだろうか。


 だが『船さん』は僕の想像を超えた動きを見せた。まるで嵐のように無差別に四肢を振り回して攻撃するヘドンに向かっていったのだ。なぜ危険に飛び込むような真似をする?


【あの程度の相手、力で捻じ伏せてこその勝利ということなのでしょう】

「どうしてそこまで……」

【理性を失ったあの敵は既に獣並みの知性でしょう。ならば本能を屈服させて完全なる勝利を目指しているのでしょう】


 確かにこういう敵は完全に心を折らなければ沈黙させるのは難しいだろう。圧倒的な力の差を見せつけての勝利、それを実現できる自信があるからこそのあの笑顔だったのか?


『があぁぁ!』

『△#○!』


 振り回される腕をかいくぐり、ヘドンの腹に膝蹴りがめりこむ。だが『船さん』の攻撃はそこで終わらない。苦痛に歪むヘドンの顔、それも砕けた鼻めがけて叩き込まれる肘。決して小さくないダメージに数歩後ずさるヘドン、そこに追い打ちをかけるように『船さん』は低い姿勢で突進して肩からぶつかり、ヘドンを吹き飛ばした。


「これで決まった?」

【まだです】


 終わったと思った僕の言葉をアオイが短く否定する。見れば確かに吹き飛ばされたヘドンはよろけながらもゆっくりと立ち上がろうとしており、まだかろうじて戦意は残っているようだ。それを見ていた『船さん』はさも当然といった様子で闘志をみなぎらせた。その目が獲物を狙う獣のように険しくなる。と同時にヘドンに向かって全力で走り出した。ヘドンは意識が混濁しているのか、よろよろと立ち上がることしかできていない。


『&#%!』


 全く速度を落とすことなく近づき、速度が最も上がったタイミングでそれは放たれた。黒い布のようなものを巻いた左腕、まるで丸太のような腕を振りかぶると、ヘドンの首元に向けて振りぬかれた。そして続く鈍い衝撃音。恐るべき破壊力を持った左腕はヘドンの首に直撃した。

 信じられない光景が繰り広げられていた。ヘドンの巨躯が宙を舞っている。いや、それは正確じゃない。豪腕の一撃を首に受けたヘドンはその場で一回転して地に伏した。もはや微動だにしない。

 相手を吹き飛ばすということならばなんとか理解が追いつくが、その場で回転させるなど、どれだけの破壊力があれば可能だというのか。


【……五分三十四秒、KO勝利ですね】


 アオイが意味不明なことを言う。だがその言葉の真意を問うこともできなかった。それほど僕は衝撃に包まれていたからだ。心の奥底から湧き上がる、言葉で言い表せないような高揚感は、今この場で起こったことに立ち会えたことへの満足感によるものだろう。思わず声をあげたくなる衝動に駆られている。すると僕の心の中を読み取ったかのように、『船さん』が高々と雄叫びをあげた。


『%#@&*―ー―!』

「うぃーーーー!」


『船さん』の雄叫びはうまく聞き取れなかったが、とにかく聞こえたままに僕も自然と雄叫びをあげていた。自分の心の高ぶりのままに声をあげるなんて今まで一度もしたことなかった。堂々とした足取りで再び開いたゲートに歩いて消えていく『船さん』の背中を見送りつつ、未だに湧き上がり続ける高揚感に身を任せながら、一つだけ疑問に思っていた。


『船さん』の突き上げた腕、その拳が象っていたあの形は何なんだろう?

やはりこの技で決めてくれました。

読んでいただいてありがとうございます。


……実は「ウィー」とは言っていないんですよね。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、「浮沈艦」ス〇ン・ハン〇ンというわけでしたかw おもしろいです^^
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