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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
2章 駆け出し冒険者編
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15.しずまないふね

ついに戦闘開始!

 それは奇異な恰好をしたおじさんだった。年齢はおそらく三十代半ばくらい、ダークブラウンの髪に口ひげのおじさんだが、特筆すべきはその恰好だ。

 茶色い革のような素材の帽子をかぶり、同じような茶色のベストを着ている。だがそれは素肌に直接着ている。衣服らしい衣服はなく、黒い下着のようなもののみで、ほかに着用しているものといえば黒のブーツ、そして特に目を引いたのは左腕の肘あたりに巻かれた黒い布のようなものだった。


『な、なんだぁ、てめえは?』

『△○$&%@*!』


 ヘドンは突然現れたおじさんに動揺しているようで、その声にはこれまでの威圧は感じられなかった。おじさんも何か話しているようだが、僕にもその内容は理解できない。だがヘドンを睨み付けるその目は明らかに敵意がこもっており、今にも殴り掛かりそうな自分を何とか抑え込んでいるようにも見える。


【アルト様、危険ですから少し下がりましょう】

「う、うん、そうだね」

『ご主人様ー、あのおじさん強いー?』


 アオイの言葉に慌てて距離をとると、巨大化状態から戻っていたオルディアがそばに寄ってきた。あのおじさんの召喚に集中していたせいでオルディアへの魔力供給が途切れてしまったようだ。このあたりはまだ僕が未熟だということだろうか。


『そうかよ、ずいぶん嫌な目をしてるじゃねえか。このヘドン様相手にやろうってのか?』

『#~+%♭?』


 しばらく動揺していたが、ヘドンは次第に自分を取り戻してきた。口調はこれまでのように不遜なものに戻っていたが、おじさんはまったく動じることなく目線を合わせ続けている。それどころか、どこか見下したような笑みさえ浮かべている。二人の間には一触即発の空気が満ちはじめ、些細なきっかけで全てを飲み込んで大爆発してしまいそうな錯覚さえ感じてしまう。


 だが両者とも寸前のところで踏みとどまっている。いや、待っているのだろう、その瞬間を。今の状態はまさに嵐の前の静けさであり、それはすなわち全てを薙ぎ払う暴風雨が蹂躙を開始することの先触れにほかならない。


 周囲ではまだ意識のある冒険者たちがおじさんの姿に恐怖しており、中には腰を抜かしている者もいる。ダウニングさんやバーゼル先生はかろうじて平静を装ってはいるものの、その視線はおじさんに釘付けになっている。少し考えてみればそれも当然か、ヘドンはギルドの建物よりはるかに大きな身体だが、それと互角の大きさのおじさんなんてどこを探しても見つからないだろう。書物によれば、はるか遠くの険しい山脈には巨人族という種族もいるそうだが、すでに滅びたともいわれているのであのおじさんと同じかどうかは判断しかねるが。


『その目……気に入らねえ……な!』


 突然ヘドンがおじさんの顔面に拳を叩き込んだ。不意をつかれたおじさんは無防備にその拳を食らってしまった。……なんだかおじさんって呼ぶのもニックおじさんと混同しそうで面倒だし、彼のことは『船さん』とでも呼ぼうか。


 尋常ではない鈍い音が辺りに響く。思わず顔を顰めたくなるような耳障りなその音が

静まると、そこにはヘドンの拳を顔面で受け止めた『船さん』が悠然と立っていた。拳は右頬のあたりに打ち込まれていたが、拳を受けたままの姿勢でわずかに口元を綻ばせた。


『%#△□!』

『ごあっ!』


 お返しとばかりに『船さん』の右ひじがヘドンの顔面を捉える。ヘドンの乱雑な拳とは違い、的確に鋭角的に顔面の中心部を狙い打つ。ヘドンの攻撃とは違い、硬い何かがぶつかる音がする。ヘドンの痛がり方が大きいことから、相当なダメージがあったと思われる。


【鼻骨が砕けたようです】

『おじさん強いー』


 アオイの言葉にヘドンの顔を見てみれば、鼻が潰れて大量の鼻血を流している。必死に鼻を両手で押さえているが、その指の間から鮮血がとめどなく流れ続けている。身体の頑丈さでは定評のあるサイクロプス、しかも上位種ともなれば相当なものなのだが、肘うちの一撃で骨を砕くとは思わなかった。


『や、やるじゃねぇか……よ!』

『&#!?』


 ヘドンが苦し紛れに、傍らに停めてあった荷車を掴むと『船さん』に叩き付けた。荷車は粉々に砕け、『船さん』は何とかガードしたものの数歩後ずさる。


『へっ、勝てばいいんだよ、勝てば』

『……$¥%』


 ヘドンは自分と距離をとった敵の姿に嬉しそうな声をあげる。だが奴はまだ気づいていない。ガードした両腕の間から見える『船さん』の目からは戦意がまったく消えていないことに。それどころか一層攻撃的に輝いてすら見える。

 奴の注意をかいくぐるように『船さん』が動いた。ダメージなど微塵も見られない勢いで踏み込むと、大きく跳躍した。そしてその勢いをまったく殺さないまま、ヘドンの胸板へと飛び蹴りを見舞った。それも両足を揃えてという不思議な飛び蹴りだったが、その破壊力は目の当たりにした者ならば簡単に理解できるものだった。


『ごふっ!』


 慢心していたヘドンは無様な悲鳴をあげて吹き飛ばされた。土埃を舞い上げながら地面を転げまわり、血と土が混ざった泥を全身に纏わりつかせているその姿には魔将としての威圧感など欠片も感じさせなかった。だが『船さん』はその様子を見ながらも警戒を怠ることなく、その歩みを進める。

 ふと気づけば、今まで『船さん』に怯えていた冒険者たちが歓声をあげている。先ほどまでのヘドンに対しての恐怖を経験した後なので分からなくもないが、それは少々現金すぎると思うんだが。

 彼らは一方的に攻め続けている『船さん』がこのまま勝利すると思っているのだろう。だが果たして魔将がこのまま終わるだろうか。一抹の不安を失くすことができないまま戦況を見守ることしかできなかった。

 

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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