10.反撃準備
「おはようございます、アルフレッド様。いえ、今はアルト殿と呼ぶべきでしょうか」
バーゼル先生が数名のメイドたちと入ってきた。メイドたちは手押しワゴンに朝食の用意をしてくれていた。美味しそうな香りに思わずお腹が鳴ってしまった。
「件の冒険者『青の刃』についてですが、現在街に向かっているそうです。昨夜は野宿をしたようですが、何故すぐに街に戻らなかったのかは不明です」
「ご苦労様でした。引き続き情報収集をお願いします」
「失礼します」
メイドの一人があの冒険者についての情報を持ってきてくれた。ニックさんの話によると、こういう情報収集の手段をいくつも持っておくのが領地経営の秘訣らしい。
「今のままの動きだと、昼前にはギルドに到着するでしょうな。こちらはその前に向かって事前準備をしておくことにしましょう。その際に相手を追い込めるように色々と教えていただきたいのです。彼らが知らない情報があればなお良いです」
「……それならちょうどいい情報があります」
彼らに話した内容をもう一度思い出してみて、ひとつだけ話していないことがあることを思い出した。きっとこれはまだ僕しか知らない事実のはず。もしかすると専門家なら知っていることかもしれないが、彼らが知っているとは到底思えない。
「ふむ、それは面白い情報ですな。彼らは得意げにアルト殿から聞いた内容を語るでしょうから、そこで問い詰めてやりましょう」
「僕はどうすればいいですか?」
「私が合図をするまで別室に隠れていてください」
バーゼル先生は目を細めて小さく笑った。ギルドに向かう馬車の中、僕らは事前の打ち合わせをしていた。バーゼル先生はギルドでもかなり顔が利くようなので、ギルドにも一枚噛んでもらって相手の動きを封じようというのが今回の趣旨だ。
「正面から入ると他の冒険者に気取られてしまうかもしれませんので、裏口から入ります。ここは関係者でも重要な役職にいる者しか使えませんので、見つかることはありません」
ギルドに着いた僕たちは先生の案内でギルドの裏口から建物の中に入った。普段は見ることができないギルドカウンターの内側にいるという状況に少々戸惑いつつ、階段を上って最上階へと向かう。ギルドの建物は四階建てで、一階と二階は冒険者でも立ち入りが可能、三階は許可された者のみ入れる資料室、そして四階は関係者会議室と……
「ここが支部長室です。さあ入りましょう」
先生の先導でオルディアと共に中に入ると、初老の男性が出迎えてくれた。先生よりはやや年下のようだが、括目すべきはその身体だ。筋骨隆々で健康的に日焼けした身体はウルフ程度なら拳の一撃で倒しそうだ。
「ようバーゼル! ついに現役復帰するつもりらしいな」
「私はアルト殿の付き添いです」
「で、そっちの坊やがアルトか?」
「Fランクのアルトです。僕のことを知っているんですか?」
「当然だ。良質の薬草は良質のポーションになる。危険と隣り合わせの冒険者なら良質のポーションは必需品、となればそれを製造販売するギルドも良質の原料を常に欲している。そんな大事な材料を定期的に持ってくる大事な冒険者を知らないはずがないだろう」
「そんな世間話をするために来たわけではありませんよ」
「おい、こんなところで本気の殺気を出すな。話を聞くから早く中に入れ」
バーゼル先生は信用しているみたいだが、本当に信頼していいものだろうか。見たところかなり上の立場の人みたいだが。
「こちらはダウニング、この街のギルドの責任者、つまりは支部長です。元Aランク冒険者でした」
「おう、バーゼルから話は聞いている。問題のパーティだが、ありゃ相当怪しいな。ここ一年ほどの行動が謎だらけだ。迷宮に挑むわけでもなく、緊急招集には応じるが実績は可もなく不可もなく。そして新人を連れての討伐で失敗して本人たちだけが生還というパターンが続いている。どうしてこれでBランクを維持できているのか不思議だ」
「今回はアルト殿がその標的に選ばれてしまったようですが」
支部長もどうしてなのかわからないといった様子だが、それも当然だろう。高ランク冒険者が低ランク冒険者と同行する場合、その保護が優先事項となる。当然だが高ランクでは余裕で対処できる魔物も低ランクではそうとは限らない。なので無謀な討伐に向かって低ランク冒険者が死亡した場合、引率した者には罰則が適応される。
「関係者とつるんでる? いや、うちの支部の職員はここ数年入れ替わりがないから入り込むのは難しいな」
「その受付嬢を呼んでいただけますか?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
ダウニングさんが席を立って数分後、受付のお姉さんを伴って戻ってきた。だがバーゼルさんがお姉さんを見るなり表情を一変させる。まるで敵に遭遇したかのように鋭い眼光でお姉さんを見ている。
「……精神操作されています。おそらく何らかの魔道具によるものでしょうか」
「なんだと! おい、あのBランクの連中から何か受け取らなかったか?」
「あ、はい、護符を。水の教会の護符だそうで、常に持ち歩くようにと」
「こ、これは……」
差し出された護符を見た先生が言葉に詰まる。護符は教会が配布している一般的なもののようにも見えるが、これのどこに問題があるんだろうか。
「おい、これが何かわかるのか?」
「これは……闇の者が協力者を作るために使う術式が仕組まれています。どうやら彼らの裏には厄介な者がいるのかもしれません」
先生の放った一言に場は凍り付いた。皆が絶句している中、いきなり連れてこられて状況を理解できていないお姉さんだけがひたすらオロオロしていた。
読んでいただいてありがとうございます。