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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
2章 駆け出し冒険者編
21/169

9.解除

ちょっと遅刻しました。

 室内に踏み込んだバーゼルは思わず息を飲んだ。熟睡しているアルトの傍に立ち、優しそうな表情で寝顔を見つめるその少女に対してだ。

 月光に煌く白銀の髪、新雪のように白い肌、真紅の薔薇のような色の瞳。年齢はアルトよりやや下のようにも見えるその少女はこの世のものとは思えない美しさだった。だが息を飲んだのはそれだけではない。


(……隙が無い)


 少女は一糸纏わぬ姿で佇んでいる。だが全く隙がない。かつてSランクだった自分の過去の記憶を辿ってみても、これほど隙のない相手は数えるほどしかいない。下手に仕掛ければ確実に返り討ちにあるだろうことは容易に想像できた。バーゼルは少女がアルトに危害を加える様子が見られないことから、ゆっくりと五指剣を収めて距離をとる。少女はそんなバーゼルの動きを視界に入れておきながら、無視するかのようにアルトの寝顔を眺めている。


『貴方は敵ですか?』


 不意に少女がバーゼルに話しかけてきた。といってもその顔はずっとアルトの寝顔に向いている。バーゼルのことを全く視野に入れることなく、それでいて極限まで気配を消した彼の動きを把握していた。


『もう一度問います。あなたはアルト様の敵ですか?』

「私がアルフレッド様、いや、アルトの敵になるなど何の冗談ですか? そういう貴女こそアルトを狙う敵なのではないのですか? まさかあの冒険者の仲間ですか?」


 少女の言葉に思わず感情を露わにしたバーゼル。実力者としてはあり得ない失態であり、バーゼル自身も口を押えていたが、その行動が少女の琴線に触れたようだ。


『まさか元Sランクの冒険者がそんな初歩的なミスをするとは……それだけアルト様のことを考えている証でしょうか。ご安心ください、私は敵ではありません』

「それを信じろとでも?」

『信じていただかなくても結構ですよ。私はアルト様をお護りするだけですので』

「奇遇ですな、私もそうなのですよ」


 少女とバーゼルは静かな舌戦を繰り広げている。だがそんな二人の動きを止める事態が起こった。


「う……ん……むにゃ」


 突然アルトが寝返りをうった。ただそれだけのことなのだが、二人にとっては重要なことだった。


『このままではアルト様の睡眠の妨げになります。どうやら目的は同じようですし、早急に済ませてしまいましょう』

「そのようですな、では私がアルトに施された精神操作を解除するとしましょう」


 アルトが再び静かな寝息をたてはじめたことを確認すると、バーゼルはアルトの額へと手をかざす。するとバーゼルの顔が険しいものに変わっていった。


「これは……相当深くまで侵食されていますな。解除自体はそう難しくありませんが、解除後の反動が厄介ですな。空白部分を悪意が占めることだけは避けなければなりませんが、果たしてどうなることか」

『そこは私に任せてください』

「わかりました」


 バーゼルがアルトの額にそっと触れると、何やら呪文を唱える。するとアルトの額に黒い紋様のようなものが浮かび上がる。


「これは……手遅れにならなくてよかった。もう少し遅れていればどうなっていたことか。後の対処はお願いいたします。……解除」

「う……うあ……」


 バーゼルの言葉と同時にアルトの額の紋様が消滅する。するとアルトが突然苦しみだした。


「アルトは今、これまで封じられていた怒り、憎しみといった感情が甦ってきています。過去のことを思い出してそれを増幅してしまうことだけは防がねばなりません」

『大丈夫です、アルト様は私が護ります』


 少女がそっとアルトの額に手を触れると、玉のような汗を浮かべて苦しんでいたアルトの表情が和らいだ。それを見た少女は言葉を紡ぐ。


『精神状態の小康状態を確認、過去の記憶の再現が異常状態の原因と特定します。フラッシュバック現象を抑えるために一部記憶へのアクセス権限を設定します』

「一体何をしたのですか?」

『過去の記憶により感情が増幅されることを避けるために、一部の記憶に封印のようなものを施しました。これで貴方の危惧する最悪の事態は起こらないでしょう。あとはアルト様を信じるだけです』


 少女は寝台の横に座ると、そっとアルトの手を取る。


『アルト様、私はいつもお側におります。どうかご自分をしっかり持ってください』

「……」


 アルトの手を優しく握り、祈るように言葉をかける少女の姿はバーゼルがかつて幼いころ祖母から聞いた物語の聖女のようだった。




**********




 これは夢だろうか、これまでの苦しい思い出が次々と心に浮かんでくる。両親、弟、幼馴染、使用人、領民たち、その誰もがいびつに歪んだ笑みを浮かべて僕を見下す。思わず吐き気を催すようなその笑みから目を逸らそうとも、まるで自分の身体ではなくなったかのように自由が利かない。見えない鎖で雁字搦めにされているようだ。


 いびつな笑顔を浮かべながら皆が吐き出すのは、常人ならば口にする事すら憚られそうな言葉。まるで呪詛のように垂れ流される罵詈雑言は僕の心の奥底へと流れ込んでくる。


 どうして? 何故僕が? 何故僕だけ? 

 僕の心に黒い感情が生まれる。その感情は僕の耳に心地よい言葉をささやく。


 同じ目に遭わせてやれ、殺される前に殺せ、他者を踏みにじることのどこが悪い? 弱い者が消えるのは当然だろう?


 それは今まで僕がされてきたことを肯定するかのような言葉。何故お前もそうしないのかという非難の言葉。だが今の僕にはとても心地よく聞こえる。そして僕の意識はどす黒い何かに染め上げられてゆく。


【アルト様】

『御主人様ー』


 僕の意識が完全に染め上げられる直前、僕の名を呼ぶ声がする。凛とした声、どこか甘えたような声、だが僕の心に温かい何かを湧き上がらせてくれる力強い声。


【アルト様、私たちが傍におります】

『御主人様ー、がんばってー』


 その声が僕の心に届くたびに、心の中に温かい力が生まれる。その力はどす黒い何かを徐々に消し去ってゆく。どす黒い何かが消えた後には鮮烈なまでの色鮮やかな景色。

新緑に輝く草原、透き通るような青い空、眩しいほどの白さの雲が僕の心に飛び込んでくる。


【アルト様、もっと世界を見て回りましょう】

『御主人様ー、優しいから大好きー』


 さらに聞こえる声がさらなる力をくれる。と同時に僕に纏わりついたどす黒い何かが霧散した。そして感じるのは頬を撫でる優しい風。小鳥の囀りがまるで歌のように聞こえ、小川のせせらぎが伴奏のように聞こえてくる。


 そうだ、僕はもっともっとこの美しい世界を見たかったんだ。確かに殺されそうになったかもしれない。でもそれに時間を費やすなんて馬鹿馬鹿しい。確かに僕を害そうとした人たちは憎いが、僕にとっては関わる価値のない存在だ。自由に生きたい僕の足を引っ張るだけしかできない、無意味な存在だ。でももし戦わなければならないとしたら……





 目覚めるともう朝になっていた。僕の傍にはオルディアが寄り添って寝ていたが、僕が目覚めたことに気づいて顔を舐めてきた。


『御主人様ー、起きたー』

【おはようございます、アルト様、ご気分はいかがですか】

「ああ、夢を見たよ」


 そうか、あの声は彼女たちの声だったのか。僕が負の感情に染まりそうになるのを止めてくれたのか。


「ねぇ、もし僕が全てをかけて戦わなきゃいけない時が来たら……力を貸してくれる?」

【聞くまでもありません。私の主人はアルト様です、すべてはアルト様の命のままに】

『御主人様の敵はやっつけるよー』


 逡巡することなく帰ってきた答えは僕が前に進むには十分すぎるものだった。以前よりもすっきりした心の中に温かい何かが満ちてくるのを感じながら、彼女たちに出会えたことに静かに感謝した。

この美少女は誰だー(棒読み)


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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