5.再会
冒頭は第三者視点となります。ご注意ください。
マウガの街で異変に気付いたのは南門の門番だった。いつもと変わらぬ昼下がり、いつものように街へと入る人々をチェックする、ただそれだけのはずだった。
「ん? なんだ? あの白いのは?」
南東の方角から、何か白い大きなものがかなりの速度で近づきつつあった。陽光を柔らかく反射する体毛に包まれたそれは巨大な犬のような獣だった。だがその容姿は獣と言い切るには無理があった。
双頭の犬のような獣。まず思いつくのはオルトロスだが、遍く知られているのは黒い獣毛をしている。白銀など聞いたこともなかったが、その巨躯は人々を恐怖に陥れるには十分すぎた。
「ま、魔物だ!」
「早く領主様に連絡を!」
南門は恐慌状態に陥った。マウガは確かに辺境の地ではあるが、街を襲う魔物は少ない。それだけ先人たちが、そして領主が周囲の環境を時間をかけて変えてきたおかげだった。
だが今近づいている魔物は、見た者全てを平伏させるような威圧を撒き散らしていた。もしこのまま街に侵入させれば大惨事になりかねない。続々と集まってくる警備兵たちは南門を閉じて一様に武器を構えてその時を待った。さすがに辺境の街だけあり、魔物の襲撃への対応も澱みない動きを見せていた。だが……
『ウォンッ!』
力強く一声吠えたその獣は、高さ十数メートルはあろうかという街の壁を軽々と跳躍した。そして兵士たちの前に白き絶望が降り注いだ……
「オルディア、お座り」
『御主人様ー、ごめんなさいー』
オルディアはその巨躯を小さくしてうなだれていた。時折こちらをちらちらと見てくるのは、僕がどのくらい怒っているのかを確認しているんだろう。
自分の力が十全に発揮できる姿の彼女に僕が何かを指示したのは今回が初めてだった。そのせいか、オルディアは張り切った。とにかく張り切った。僕の声など一切耳に入らないほどに張り切った。
本来の予定では街の近くの森でオルディアを元に戻し、徒歩で街へ入るはずだった。なのにいきなり森を素通りした。なら街の手前で、と予定を変えたがそれでも止まらず、最後の手段として門番のところでオルディアを戻して説明して、というこちらの段取りを一切合切踏み潰してしまった。
そしてとどめは街の壁をものともしない大跳躍。もうすべてが台無しだ。周囲を見回せば各々手に剣や槍、杖などを構えた警備兵たち、さらに遠くのほうで怯えた表情でこちらの様子をうかがう住民たち。今の僕はどう見ても街を襲撃しにきた悪者にしか見えない。
「おい! 貴様! おとなしくしろ!」
「あの……危害を加えるつもりは全くありませんので、話を聞いてもらえませんか?」
「うるさい! 貴様、どこの手の者だ? まさか魔王の配下か?」
「えっと……冒険者ギルドに行きたいんですが」
「我らをただの警備兵と思うなよ? この辺境の地で街を護り続けている実績がある!」
困ったことに全く話が通じない。こちらとしては早急に冒険者ギルドにあの連中のことを報告しなければならない。あいつらもまさか傷を負わせた僕が先に街についているとは思ってもいないだろう。事前にギルドに話を通して協力してもらえれば、あいつらは僕が死んだものとして色々としゃべってくれるかもしれない。なのでこんなところで捕縛されるわけにはいかないんだが、この状況はどうしたらいいものか。
オルディアに指示を出せば喜んで蹴散らしてくれるだろうし、アオイの知識を使えば無力化することも難しくはないと思うが、ここでそんなことをすれば完全に敵として認識されてしまう。
そんなことを考えている間にも警備兵たちの包囲は徐々に小さくなってくる。このまま蹴散らして逃走し、他の街に向かうしかないのか? だがギルドの指名手配となってしまったらどこの街、いや、どこの国へ行っても安息の地なんてものは存在しないだっろう。
「も、もしかして……アルフレッド様?」
と、僕の思考を遮るように、捨てたはずの名を呼ぶ、どこか懐かしい声がした。どこかで聞いたことのある、低く渋みのある初老の男性の声。
「バーゼル様! お下がりください! ここは我らが!」
「ここは街中ですよ、それに相手はまだ成人もしていないであろう少年です。魔獣も危害を加える様子も見られませんし、まずは話を聞くのが本筋でしょう? そんな理不尽はこの街を治めるマウガ男爵家の名に泥を塗るようなものですよ」
初老の男性は整然と自分の言葉を並べる。僕の心を落ち着かせる声が僕の記憶を呼び起こす。苦しかった頃の記憶ではなく、まだ皆が優しかった頃の記憶。僕に色々なことを教えてくれた人の記憶。その人が教えてくれたもののおかげでここまで生き延びてこれたと言っても過言ではない。
「バーゼル……もしかしてバーゼル先生?」
「かれこれ五年ぶりでしょうか……お亡くなりになったと聞いておりましたが……」
言葉に嗚咽が混じりはじめ、やがては完全に言葉が詰まってしまった初老の男性。その頬に伝う涙を拭うことすらぜずに、こちらへと歩みを進める。オルディアが警戒の唸りをあげそうになるのを咄嗟に止める。この人は信頼するに値する人だから安心していい。
「やっぱりバーゼル先生!」
「はい、貴方様の家庭教師をしておりましたバーゼルにございます、アルフレッド様」
恭しく頭を下げるその男性は、かつてメイビア子爵家で僕に様々なことを教えてくれた家庭教師のバーゼル先生だった。
新キャラ登場?
読んでいただいてありがとうございます。
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