19.新たな依頼
「レイを中央に運ぶことになった」
後日ワン氏に呼び出された僕たちは、イートンのギルドの支部長室、つまりレイさんの執務室だった部屋でワン氏と向かい合って座っていた。ワン氏は平然と茶を飲んでいるが、その目は真剣そのものだ。
「中央……ということは王都でしょうか?」
「まさかそんな危険を冒すはずないじゃろう。運ぶのはエストじゃ。エストならばもっと詳しく調べることもできるはずじゃ」
「そう……ですか」
中央と聞いて一瞬身体を強ばらせたエフィさんだが、そうではないと知って表情を和らげる。あんなことがあった王都のことなど早々に忘れたいと思っているのだろう。
「そこでじゃ、嬢ちゃんたちにはレイの護送の護衛を任せたいんじゃ。もちろん他にも儂直属の精鋭を付けるが、なにぶん今回の件の詳細を知っている者が少なくての、嬢ちゃんたちにはエストでの詳細調査に協力してほしいんじゃよ。エストまでの護衛というのは建前で、今回の件の詫びということもある。しばしの間、ゆっくりと旅を楽しむといいじゃろ」
「アルト君、どうしますか?」
「僕は……良いと思います。パイロン家の精鋭が護衛に付くのであれば僕たちの出番は無さそうですし」
「わかりました、お受けします」
これが僕たちだけならば断わっていただろうが、パイロン家の精鋭となればかなりの手練れが護衛につくはず。僕たちはまだパーティを組んで間もない駆け出しなので、細かい連携がとれていないのは事実。とすればのんびり旅が出来るというのは嬉しい限りだ。
エストというのはパイロン家の本拠地だ。古からの伝統を受け継ぐその場所は、独自の文化を持つとも言われている。しかもパイロン家が誇る商いの街とも違い、関係者以外は立ち入りできない秘匿された地でもあるという。実は僕が訪れてみたい場所の一つでもある。本来なら非常に煩雑な手続きを踏まなければ入れない場所に堂々と行けるのであれば、僕に拒否という選択肢は存在しない。
「護送用馬車の出発は明日の早朝じゃ、それまで準備を整えておくがいい。もちろんエストでの協力についても正式な依頼として報酬を出すから安心するがいい」
「はい、ありがとうございます」
エフィさんが深々と一礼し、僕たちはギルドの支部を後にする。一応パーティリーダーは僕ということになっているが、これまで全く接点のなかった高い地位の人たちを相手にするのは田舎育ちの僕では荷が重い。なので正直なところエフィさんがいてくれてとても助かっている。彼女の知識に頼りきりになるのではなく、僕自身ももっと知識を得なければ。
「アルト君、エストまではおそらく十日くらいかかると思います。必要なものを揃えておきましょう」
「すみません、僕が世間知らずなばかりに交渉役を任せてしまって……」
「い、いえ、いいんですよ。その……いずれこういうことも必要になってくると思いますから……」
何故だろう、これから先も任せてしまうつもりなので怒ったのか? エフィさんはそっぽを向いて走って行ってしまった。面倒な役割を押し付けてしまったのだから無理もないか。
「お兄ちゃん、エフィお姉ちゃん行っちゃったよ?」
「僕があまりにも役に立たないから怒っちゃったのかも」
「はぁ……この調子じゃエフィお姉ちゃんも大変ね。でも私としてはチャンスが出てきたからいいけど」
イフリールも僕が頼りないからエフィさんが苦労すると言っている。戦闘ではアオイに頼りきりだし、もっと色々な面で皆を支えていけるくらいにならなければいけない。ところでイフリールの言うチャンスとはいったいどういうことだろうか?
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「よろしかったのですか? あのような者をエストに招き入れてしまって」
「構わんよ、今更どうということでもあるまい」
「しかし……エストは我らの古からの都、部外者を入れることは……」
「そのような古い考えが此度の一件の発端であるとまだ気づかんのか?」
アルトたちが出て行った直後、ワン以外はいないはずの部屋に突如姿を現した複数の人影。しかしワンはそれに全く動じることなく言葉を続ける。おそらく人影はパイロン家の幹部なのだろう、本拠地にアルトたちを入れることに躊躇いがあるようだ。だがワンはそんな言葉を強く否定する。
「秘伝書の継承などという黴の生えたしきたりがレイを苦しめた。あの小僧が呼び出した猛者を見たじゃろう。拳足での攻撃を主体とする我が一族ではあるが、我ら以外にも同じような道を進み、究めた者たちがおるということじゃ。それに……現状では彼奴らが最も多くの情報を持っておる。協力を仰ぐのは当然じゃ」
「しかし……」
「レイの件、儂は教会が絡んでいると思っておる」
「⁉」
ワンの放った一言に室内に緊張が走る。教会による正統王家への介入という事態の中、今回の一件も教会の仕組んだこととなれば一刻の猶予もない。もし教会の信者たちが一様にレイのような変貌を遂げたとなれば、主要都市は守護できたとしても地方の小さな町や村は悉く壊滅するだろう。命惜しさに教会へ帰依することも十分に考えられる。
教会の真意は未だ五王家でも掴めずにいる。正統王家に介入して発言力を得た後でどのような動きを見せるのかが一切わからない。一部の貴族たちは、自分たちが自由気ままに権力を行使できたかつての国を望んでいるようだが、それが教会の目的とは考えていないのが五王家としての総意だ。
教会の勢力の排除、それが急務である以上、ワンの危惧に異を唱える者はこの場にいない。それだけ教会の動きはあまりにもきな臭いものが多いからだ。
「ここまで入り込まれているのであれば、エストにも及んでいると考えたほうがいいかもしれん。よいか、小僧らが到着するまでに不穏分子の洗い出しをせい」
「はっ!」
短い返事とともに人影が一斉に消える。そして誰もいなくなったことを確認するとワンは椅子に身体を預けて中空に視線を泳がせる。その目は先ほどまでの施政者としての鋭いものではなく、温かみのこもった目だった。
「嬢ちゃん、あの小僧はきっと嬢ちゃんの支えになる。今はまだ頼りないかもしれんが……それにしても母親似の別嬪になったものじゃて……」
ワンの呟きは誰の耳にも届くことなく消えてゆく。それがエフィの命運を決めるほどの重いものだと気づいている者はワン以外にはいない……
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