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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
11章 渇望する者編
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17.なくしたもの

 ガルシアーノ家が養女を絶縁したという情報が入ってきた時、儂はすぐには信じられなかった。妻に早くに先立たれ、それ以降後妻を娶ることもなかったリカルドが、養女として受け入れた娘。出自こそ市井の出ではあったが、貴族社会の作法を必死に学び、自分の「お役目」としての立場も弁えている良い娘じゃった。


 教会が正統王家に入り込もうとしているのは、以前から知られていることではあったが、まさか強引に妨害工作をしてくるとは思わなんだ。しかしリカルドの若造がひた隠しにしていたエフィ嬢の本当の出自を暴露され、ガルシアーノとしては絶縁という処置をしなければならんことも理解できた。そして……五王家の総意として、内情を知るエフィ嬢に対して刺客が送られるかもしれんことも。


 もしエフィ嬢が教会の手に落ちれば、五王家としては非常にまずい。まして今は教会だけが敵ではない。かつての栄華を忘れることの出来ん馬鹿貴族どもが教会の後ろ盾を手に入れて動き回っておる。エフィ嬢のことは見知った間柄ではあるが、ここは五王家の統治のために……消えてもらうほうがいいかもしれん。


 やはり儂がこの手で……そんなことを考えていた時、ルチアーノの小娘からの一報が入った。


『エフィに対しての一切の攻撃的接触を禁じる』


 ルチアーノがこの通達を出したということは、エフィ嬢の口封じは教会への利になりかねんという判断じゃろう。ここでエフィ嬢を消してしまえば、即ち教会の連中の主張が正しいと暗に肯定しているようなもの。じゃがそうなると教会の手に落ちた時の対処が面倒なことになる。恐らく五王家の関係者ならば誰しもが思う疑問に対しての回答は、通達の最後の僅かな一文じゃった。


『身元引受人は冒険者アルト。決して敵対してはならぬ』


 何処かで聞いた名だと記憶を辿ってみれば、少し前にバーゼルの奴が口にしていた名だ。何でもそいつに触発されて現役に復帰することにしたのだと。奴とは旧知の仲だ。一時は腑抜けた姿を見て失望したものだが、最近会った時には全盛期に匹敵するほどの気の漲りようじゃった。バーゼルほどの男をここまで本気にさせる冒険者、興味が湧かないはずがないじゃろう。



**********



 実際にこの目で見たアルトという冒険者には、正直なところ失望のほうが大きかった。鍛錬不足が顕著な貧弱な身体、召喚という奇妙な術を使うようじゃが、そんな聞いたこともない術を使うなど鵜呑みにできるはずもない。こんな小僧が王都での教会の企みを潰し、エフィ嬢を救い出したなどと俄かには信じられんかった。


 ルチアーノの小娘が通達を出すほどの小僧、しかも調べてみればラザードの性悪エルフの後ろ盾もあるという。じゃが態々イートンまで来てみれば、毎日毎日薬草採取ばかり。薬草採取がいかんという訳ではないが、強者の片鱗などどこにも見つけられん。いっそのことエフィ嬢から引き離し、別の護衛を付けようかと思い始めた時、事態は一変した。


 滅多に起こることのない魔物の氾濫。辺境のさらに奥地のほうではよくあることじゃが、王都に近いイートンでは常に魔物の間引きを行っておる。本来起こるはずのない事態に、儂も焦った。魔物単体の強さはそれほど高くはないが、それでも魔物は魔物じゃ。隊商が襲われれば無力な商人が犠牲になる。護衛のメイドを伝令に走らせると、小僧が動いた。


 あれが召喚という術か。現れたのは年老いた男女じゃが、老女が現れた途端に魔物どもが老女に殺到しおった。イートンに向かおうとしておった魔物どもが、じゃ。そして年老いた男はさらに儂の想像のはるか上を行っておった。群がる魔物を一撫ですれば、途端に飼い犬のように寝転がって腹を見せたではないか。


 じゃがこれだけで小僧の真価を測ることはできん。偶然が重なっただけかもしれんからの。そして気になるのは、何故氾濫が起こったのかということ。小僧の予想は粗方同じではあったが、もしそれが当たっていれば非常にまずいことになる。これだけの魔物がその場を避けるほどの存在がおるということじゃからの。


 予想というのは大概悪いほうに外れるものとは先達の言葉じゃが、まさにその通りじゃった。山奥で暴れておったのは兵隊熊の変異種、おぞましいほどに筋肉を発達させて暴走しておった。果たして儂だけでエフィ嬢たちを護りきれるかどうかわからん。そこで一つの賭けに出た。小僧が変異種を倒せるかどうかを試すことにした。倒せないまでも時間稼ぎさえできれば、逃げる算段もつこうというもの。じゃが小僧ははっきりと倒すと言ってのけた。そして再び召喚した。


 現れた男を見た瞬間、儂の全身は雷にでも打たれたかのような衝撃に襲われた。一目見ただけでわかるのは、その男が内包する圧倒的な強さじゃった。歪に増えた変異種のそれとは違い、長い間鍛錬を重ねたことにより鍛え上げられた身体は名工の作る武器にも匹敵する怪しい輝きを放つ。


 その男の戦いぶりは見惚れるほどのものじゃった。最早武器と化した拳足による的確な打撃、変異種の攻撃を即座に見切り、そして機を逃さぬ冷静さ。これほどの武を持つ男がこんな小僧に従っておるという事実が儂を戦慄させた。ルチアーノの小娘の言葉はこういうことであったか。


 男の手により変異種は倒された。そして今、変異種を作り出し、そして自らも変異させたレイと小僧が戦っておる。正確に言えば小僧の召喚した男とじゃが。変異種を倒した黒褐色の肌の男とは違う男じゃが、こやつもまた信じられんほどの武の持ち主じゃ。その証拠に、筋肉の塊と化したレイが一方的にやられておる。


 レイは自分の力が通じんことに苛立っておったが、やがて防戦一方になっていった。男の攻撃が当たる度にレイの顔が醜く歪む。こんなはずではない、と呪詛の如き喚き声がむなしく響き渡る。


 レイよ、痛かろう。重かろう。苦しかろう。その原因を聡明な貴様はもう理解しているはずじゃろう。確かに貴様は一族の者の中では突出した才能は無かった。じゃがそれでも地道な鍛錬を続け、今の地位まで上り詰めた。貴様にこのイートンのギルドを任せたのは、貴様のその生き方を若い冒険者に教えて欲しかったんじゃ。


 若い者は派手な功績に目がくらみ、身の丈を超えた依頼を受けたがる。そうして若い命が散っていくことは即ちこの街の不利益に繋がる。地道に鍛え、確固たる実力を身に着けて上を目指す。少なくとも現在ギルドで高ランクに位置する冒険者たちは皆そうしてきたんじゃ。


 じゃがレイよ、貴様があの怪しげな薬を飲み干した時、貴様が積み重ねてきたものを捨ててしまったんじゃ。貴様が戦っている男は、貴様が捨ててしまったものをさらに磨き上げておる。戦い方は至って正攻法、されど洗練された正攻法ほど厄介なものはない。かつての貴様は決して奇をてらった戦い方をせんかった。まるでかつての己と戦っておるようではないか。


 今貴様が受けている攻撃は、貴様が捨ててしまったものじゃ。小僧が召喚した男は、それを戦いをもって貴様に教えておるんじゃ。愚直な正攻法とて、積み重ね、鍛え上げ、洗練しつくせばここまで出来るのだ、と一打一打に込めておる。


 そしてついに……男の放った後ろ蹴りがレイの腹部にめり込み、レイは膝から崩れ落ちた。あの苦しみようでは、もう立ち上がることも出来んじゃろう。レイよ、秘伝書について教えなかったことにも責はあろう。じゃが今の貴様ではまだその真意を理解することは難しいじゃろう。何故儂が当主となってから『無敗』と言われておるか……簡単なことじゃ、そもそも諍いなど起こさなければ、決して敗けることなどないんじゃ。


 簡単に手に入れた力がどんなものか、レイもその身をもって思い知ったじゃろう。さて、ここからが問題じゃ、一体誰がレイにあの薬を売ったのか、そして……レイが元に戻る方法があるのかを突き止めなければならんからの……


 

読んでいただいてありがとうございます

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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