表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
11章 渇望する者編
165/169

15.秘伝書

「本当に貴様がこれをやったのか? この街を護るべき貴様が?」

「俺はこんな場所で燻っているような男じゃない! 力さえあれば……秘伝書さえあれば!」

「はぁ……貴様は何も理解しておらんようじゃの。確かに秘伝書は存在するが、決して貴様の思い通りのものではない」


 秘伝書……初めて聞く情報だ。それを持っている者がパイロン家の当主になれるということだそうだが、となればやはり最強の人間が選ばれるのだろうか?


「秘伝書については私も噂程度しか知りません。なんでも当主が次代の継承者を選ぶのが慣例になっていると聞きますが……確かまだワン氏は継承者を指定していないと思います」

「嬢ちゃん、儂はまだまだ現役じゃよ。むしろ儂の子に継承させたいくらいなんじゃが、どうじゃ? 儂と子作りせんか? パイロン家当主の嫁となれば、悪いものでもあるまい」

「い、いえ……私はそういうのはちょっと……」


 ワン氏の突然の求婚に、ちらちらと僕のほうを見ながら、何とか断りを入れるエフィさん。僕と旅を続けることが困難になるかもしれないのを危惧しているのか? むしろエフィさんには自分の幸せを追い求めてほしいと思っているんだが……ヘルミーナさんとイフリールの僕を見る視線がかなり刺々しいものに感じるのはどうしてだろう?


「話を逸らすな! 秘伝書が持つ者が当主なら、即ち一族最強の者が持つのは当然だろう!」

「秘伝書に記されている言葉の意味を理解できる者が当主となるのは継承の条件じゃ。レイよ、貴様はまだその域にすら辿り着いておらん。今のその姿が証であろうよ」

「いい加減なことを言うな!」


 筋肉の塊のようになったレイさんの、丸太もかくやという腕の一振りを、軽く手を添えるだけでいなすワン氏。その動きは一切の澱みなく、まるで優雅な舞のようにも見える。一方のレイさんの動きは力任せの粗っぽいもので、ワン氏の動きとは正反対だ。


「そんなに秘伝書が欲しいのなら、中身を見てみるが良い。当主は秘伝書を常に携帯するようになっておるからの。果たしてその中身に今の貴様が耐えられるかどうか見物じゃて」


 そう言うとワン氏は懐から色あせた一本の巻物を取り出してレイさんの前に放り投げた。秘伝書の扱いがとても雑な気がするが……

 レイさんはそれを拾うと、ゆっくりと広げる。そして書かれている言葉をじっくりと読み……しばらく無言になった。そしてどれほど沈黙が続いただろうか……


「ふ……ふ……ふざけるなぁ! 何だこの中身は! 俺を馬鹿にしているのか!」

「そんなことする意味があるか? これが事実じゃ。当主はこの目的のために動いておるんじゃ」

「認められるか、こんなことが! こんなものが俺の求めていたもののはずがない!」


 レイさんは怒りに任せて巻物を放り投げる。巻物は僕たちの前に落ちて、その中身が明らかになった。だが……何か書かれているのは理解できたが、僕の知らない文字なので読めない。


「あ、私は少しなら読めます。えーと……え? そんなまさか? こんなことが……」


 僕が読めないでいるとエフィさんが察して読んでくれたんだが、彼女もまたその内容に戸惑っているようだ。表情から察するにひどいことが書いてある訳ではないようだが、間違いなく彼女の想像していたものとはかけ離れた内容だろう。


「あ、あの、驚かないでくださいね。書かれているのは……『皆仲良く』です。ただそれだけです」

「は?」


 一体何の冗談だろうか。五王家の一角を担うパイロン家、かつて暗殺を得手とした一族の秘伝書が『皆仲良く』なんて子供の躾のようなことしか書かれていないなんて、レイさんが理解できなくて当然だろう。正直なところ僕たちも全く理解できていない。だがワン氏の表情は至って真剣なものだ。


「レイよ、最強など求めたところで意味はない。どれほど力を求めようとも、己より強い者が現れればそれで終わりじゃ。我々の先達は貴様のような考え方が行き着く未来が決して明るくないと悟ったんじゃ。それから我ら一族は方針を変えたんじゃ。少なくとも我が領内では武力が罷り通りようなことはすまい、と。我らが鍛錬を重ねるのは、そのための力を得るためじゃ。決して他者を武力で虐げて愉悦に浸るようなものではない」

「そ、そんなこと……そんな辱めを受け入れられるはずが……歴代の当主候補にも……」

「うむ、確かにおった。その時は時間をかけて理解してもらうか……放逐か……それでもダメな場合は……」


 ワン氏がこちらを一瞬見て言葉を途切れさせた。きっと言いかけた言葉の続きは……始末とか処分とかいう類のものなんだろう。元暗殺者の一族としての非情さがうかがえる。


「武を誉とする者には受け入れられんだろう。じゃが我らは民を護り導く者じゃ、己の力に心酔していては駄目なんじゃ。民の平穏を求めずに領主など務まらん。力が欲しいなら山奥にでも籠って魔物相手にでも鍛錬しておれば良い。その力を民を虐げるために使うなど先達が危惧した未来そのものじゃ。それ故に……当主はその考え方を真に理解する者を選ぶ。そこに武の優劣が入り込むことはない」

「だが! 貴様は武を究めているだろうが! どの口が言うか!」

「確かにの……じゃが先ほどの攻防、儂は貴様に仕掛けたか?」

「何だと……」


 確かにワン氏はレイさんの攻撃をいなしていただけだ。自分から攻撃をしかけてはいない。もしかして……


「そんなことがあるはずがない! あってたまるか!」


 突如レイさんが取り乱して叫ぶ。あまりの剣幕に考えが中断されてしまったが、もし僕の考えた通りなら、この状況はとても危険だと思う。今のレイさんには話し合いが通じるとは思えない。強引な手段ではあるが、行動不能な状態にしないとダメかもしれない。


 と、ワン氏が僕のところにやってきて小声で耳打ちしてきた。


「小僧、悪いがあやつの相手をしてもらえんか? お主の想像通り、儂は護身術しか使えんのでな。気配を消したり多少の攻め手はあるが、今のあやつには通じんじゃろ。安心せい、嬢ちゃんたちは儂が責任もって護ろう」

「やっぱり……そうだったんですね」

「秘伝書の通りにするのであれば、当主の力は護りの力であるべきじゃろうからの。さらに頼むとすれば……あやつの目を覚まさせてくれんか? 秘伝書のことを一部の幹部にのみ教えていた儂等があやつをここまで追い込んでしまったのかもしれん。あやつが捨てようとしているものがどれほど大事なものか、それをわからせてやってほしい」


 思い返せばワン氏はずっと自分から攻撃するようなことはしていなかった。山の中でもずっと避けていたし、攻撃は御付きのメイドに任せていた。そして今しがた見せた攻防は、攻守万能というよりも専守防衛を得意とした動きのようにも見える。かつてバーゼル先生も似たような動きを見せたことがあったが、それよりもはるかに洗練されている。それでも今のレイさん相手には決定打を欠くということか。


(……今の僕に出来るのかな?)

【要請の目的を理解しました。現在最適解を計算中……対象沈黙条件を複数追加……現在検索中……該当複数あります】

(出来るの?)

【対象を沈黙させるだけなら選択肢は無数に存在しますが、今求められているのは精神的ダメージも含めたものです。あまり多くはありませんが、選択肢はあります】

「わかりました、エフィさんたちのことはお任せします」


 僕がそう答えるのを見越していたかのように、ワン氏は大きく頷く。命を奪ってしまうのはとても容易いが、出来るだけダメージを与えずに無力化はかなり難しい。イフリールの時はかなり大掛かりなものになったが、今のレイさん相手にその時間を稼ぐのは難しいかもしれない。さらにアオイの言葉にあった精神的ダメージというのが厄介だろう。


【力の差を見せつけて、心に刻み込むことが有効です。検索結果から現状の最適解を抽出……準備が整いました、キーワードの詠唱をお願いします】


 心強い言葉が頭の中に響くと同時に僕の手に現れる青い本。開かれたページにはこの状況を打破するために最も適しているであろう存在を召喚するキーワードが記されている。となれば僕のするべきことは唯一つ。


『りんぐにまうあかいちょう』


 キーワードの詠唱が終わると同時に、僕とレイさんの間に漆黒の闇が生まれた。『ちょう』って……もしかして虫の蝶? まさかレイさんが虫が苦手なんてことはないと思うが……

読んでいただいてありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ