表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
11章 渇望する者編
163/169

13.凱旋?

 変異種の兵隊熊は、圧倒的な力量の前に為すすべなく倒れた。何というか……うまく言葉に表せないが、一撃一撃の鋭さがこれまで召喚した存在よりも違っていたように思える。派手さこそないが、その攻撃全てが重く鋭い。


【たゆまぬ鍛錬の賜物です】


 どこか誇らしげなアオイ。その言葉には共感せざるを得ない。誰だって最初から強いなんてことはなく、小さな積み重ねこそが自分の力になると教えてくれているようだ。確かに僕にはこの力があるが、まだアオイには何も書かれていないページがほとんどだ。それはつまり、今の僕では扱うことができないものだということ。


「どうやら来たようですね」


 エフィさんの言葉に麓を見れば、十数人の軽装備の男たちが荷車を引いて上がってくるのが見えた。ワン氏が連絡した冒険者たちが到着したようで、山の中を荷車を持ってくるのにてこずっているようだった。


「お前たち、こいつを街へ運ぶんじゃ」

「は、はい……ですが……」

「こいつは……こんな奴がどうして……」

「流石はワン氏……こんなバケモノを仕留めるとは……」


 冒険者たちの表情に動揺が見て取れる。強い魔物などいないと言われていた場所にこんな変異種が潜んでいたという事実に戸惑い、それを仕留めたと思われるワン氏の実力の高さに驚いているようだ。まさか僕がこいつを倒したなんて誰一人思っていない。面倒なことになりそうなのでそこを敢えて言うつもりはないが。


「こいつはどう見ても異常じゃ。こんな奴がずっと潜んでいられるとも思えんし、とすれば何かしらの人為的なものと考えるのが妥当じゃ。儂の領内でこんな真似をする者を早々にあぶり出す。悪いが嬢ちゃん、戻ったら少し手を貸してもらえんか? もちろん報酬は出す」

「……わかりました」


 エフィさんが僕に目線で問いかけてきたので、小さく頷いて了承の意を返す。ワン氏が何をしようとしているのかまではわからないが、もしかすると心当たりがあるのかもしれない。それもエフィさんでなければ調べられないであろう何かが。


 となれば僕がそれを止める道理はない。彼女が僕に了承を得ようとしたということは、少なくとも自発的に協力しようという意思があるのだから。


「まずは街に戻ってからじゃ。こんな場所では何も調べられん」


 とても老人とは思えない健脚で先頭を進むワン氏に続き、大きな板に変異種を乗せて担いだ冒険者たちが力なく続く。幸いにも変異種が薙ぎ払ってくれたおかげで多少は進みやすくなってはいるが、それでも重労働なのには変わりない。彼らには悪いがもう少しだけ頑張ってもらおう。



**********



 ようやく、ようやくだ。ついに私の悲願が達成できる算段がついた。これならば私を非力と閑職に追いやった者たちを潰すことが出来る。どれほどの間私が恥辱に苦しんでいたかを思い知らせることが出来る。


 それほどまでにアレは凄かった。どこにでもいる兵隊熊が一瞬で恐るべき力を持つ魔物へと変化した。知性を持たぬ魔獣が故に暴走したが、私ならばきっと使いこなせる。あの女もそう言っていた。僥倖なことに私が最も復讐したい者がこの街に来ている。数日前から昼間はどこぞに出かけているらしいが、そろそろ戻ってくる頃だろう。


「……何の騒ぎだ?」


 その時に備えて身支度を整えていると、外から歓声が聞こえてきた。畏怖、驚愕、そして尊敬の色が入り混じった歓声に、一体何事かと木窓を開けてみて……驚愕した。


 あの兵隊熊が討伐されている。しかもどう見ても剣や槍での裂傷は見当たらない。それどころか魔法で傷つけられた形跡もない。となれば残るは……拳足による殴打か。だが私はすぐにその理由に合点がいった。


 先頭を歩くのはワン=パイロン。パイロン家の当主であり、一族最強の男。奴ならばあのくらいのことは出来るのだろう。パイロン家の秘伝書を授けられて当主となった男、普段はその実力を表に出すことなく、飄々としている掴みどころのない男。


「ふん、ちょうどいい。私の新たな人生の幕開けに貴様の命は相応しいというものよ」


 これまでのことを思い返しながら、懐から透明な小瓶を取り出す。光すら通さぬ漆黒の液体が入った小瓶はあの女から購入したもの。決して安価なものではなく、私の財産のほとんどを持って行かれたが、あの効果を見ればそれも安いものだと思えてくる。何しろ私が数十年かけても得られなかったものを、わずかな時間で得られてしまうのだから。


 財産などまた蓄えれば良い。もうすぐ私が全ての権力を握る時が来る。そうなれば財などいくらでも手に入るのだから。思わず口元が綻ぶのを必死に抑えながら、私は外套を纏って自室を後にする。これから先に待ち受けるのは輝かしい未来だと信じて……



**********



「嬢ちゃんに調べてもらいたいのは……此奴の血じゃ」

「血……ですか?」


 街に辿り着いた僕たちは、ワン氏が急遽手配したという倉庫の中にいた。中央には変異種が横たわっており、ワン氏は獣毛に覆われていない眼窩に小刀を突き立てると、小さな皿に流れ出る血液を溜めた。その光景に表情を曇らせるエフィさんだったが、ワン氏は構わず続ける。


「嬢ちゃんは聖属性魔法の使い手じゃろう? 聖属性には毒の類に対する魔法もあると聞く」

「はい、確かにありますが……詳細な毒の種類がわからないと効果が……」

「それは知っておる。この血に何かしらの薬の残滓があるか、それを調べてほしい。ワシらもかつては暗殺を生業としていた家系じゃ、薬や毒に対しての造詣も深いが、このような効果を齎すものを……ワシは知らん」


 どうやらワン氏は変異した原因を何かの薬物だと推測しているようだ。兵隊熊に薬物を投与できる人間がどれほどいるのかという疑問は置いておくとして、そんな薬物が広く出回るようなことになれば大変なことだ。


「だとすると……やはり五王家に連絡を入れたほうが良いのではないですか?」

「まだ推測の段階の情報で混乱させる訳にもいかん。じゃがギルドには危険な魔物が出没したという一報は既に使者を送ってある。少なくとも商人の護衛に人員を増やすくらいはしてもらわんといかん」


 商人を保護優遇するパイロン家にとって、それは何よりも優先されることなのだろう。護衛任務を請け負う冒険者は少なくないので、ギルドとしても増員の対応をしなければいけない。


「ワン様、ギルドの支部長の姿が見えません」

「何……レイがか?」

「はい、数日前から外出していて、まだ戻ってきていないようです」

「……行き先は告げておらんのじゃろう?」

「はい」


 倉庫に現れた御付きの女性がワン氏に告げる。それは冒険者ギルドの支部長であるレイさんが姿をくらましたという報告だった。


 

読んでいただいてありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ