5.本性
南にある森はこれといって異常があるようには見えなかった。はっきり言えば、この森にいる魔物はオルディアだけで十分対処可能なので、本来ならば同行者の必要もない。むしろオルディアを恐れて近寄ってこないので、遭遇することすら稀だ。
「この先に魔物がいるな、ゴブリンか?」
「先手必勝ね」
なのに彼らはとにかく戦いたがる。ゴブリンは駆け出し冒険者の討伐デビューに最適な魔物とされているので、僕もいずれは討伐しなければならないんだが、『青い刃』の人たちは率先して倒している。
まだまだヒヨッコの僕から見ても、彼らは強い。ノルさんの剣はゴブリンを容易く両断し、ロールさんの魔法は水の刃を作り出してゴブリンを切り刻む。おかげで周囲はむせかえるような血の匂いが漂っている。
「いくらなんでもこれはやりすぎじゃないんですか?」
「何を甘いこと言ってるんだ? 相手は魔物だぞ?」
「そうですよ、一歩間違えればこちらが危険です」
つい本音を漏らしたら、まるで珍しい生き物を見るような目で怒られた。だがこれだけ血の匂いを撒き散らしたら、他の魔物を呼び込む可能性があるんじゃないのか?
「ここらのゴブリンは粗方片付いたようだな」
「そうみたいですね」
三人が周囲を見回して何かを確認すると、ゆっくりと僕のほうに近づいてきた。彼らが僕を見る目が酷く印象に残った。背筋に冷たいものが伝わるような、そんな目だった。
『ご主人様、こいつら嫌な匂いがする』
【彼らの配置は戦闘を前提にしたものと推測できます。少なくとも友好的な相手に対しての配置ではありません】
アオイとオルディアが揃って注意を促してくるが、僕にも今の状況が異常だっていうことは理解できる。何故ならノルさんは僕に向けて、ゴブリンの血で汚れた剣を向けているからだ。先ほどまでの友好的な態度は微塵も残っていなかった。
「君さ、収納魔法使えるんだって? 俺達の奴隷にならない?」
「は? いきなり何を言って……」
突然背中に走った火傷のような痛み。その感覚は覚えのあるものだった。そう、僕が過去の自分と決別することとなったあの出来事でも同じようなことがあった。
「どうせ大した容量でもないんでしょ。あの薬草畑だけで良しとしようよ。あれだけでもかなりの収入になるでしょ」
振り返ればロールさんが真っ赤に染まったナイフを持っていた。僕の血で真っ赤に染まったナイフを。どうやら致命傷ではないようだが、すぐに動けるほど浅いものではないようだ。
なるほど、彼らは最初からこれが目的だったのか。毎日のように良質の薬草を採取していれば、その報酬も自然と割高になる。それを横取りするつもりだったのか。
『ご主人様!』
「犬ころは鬱陶しいので静かにしててくださいね」
『ぎゃんっ!』
オルディアがロールさんに飛びかかろうとするが、うっすらと青く光る壁のようなものにぶつかって弾き飛ばされた。オルディアが弾かれるなんて、やはりBランクの実力というのは本物だったようだ。
「オルディア!」
弾かれてぐったりしているオルディアに近寄って傷の具合を確認する。幸いにも大きな怪我はないようで、衝撃で気を失っているだけのようだ。ありったけの怒りをこめて三人を睨むが、僕の視線にも三人は全く悪びれる様子はなかった。
「その犬の毛皮も欲しかったんだが、ギルドでも有名だから手出しはできないか。仕方ない、あの薬草を全部採っていこう、根を残しておけばまた収穫できる」
「ま、待て……」
「さっきぶちまけたゴブリンの血の匂いで魔物が寄ってくるだろう。駆け出し冒険者のアルト君は無謀にもゴブリンの集団に挑んで返り討ち……残念だよ」
「まぁこれも生きるための手段なので、悪く思わないでくださいね」
「無能で弱いアンタが悪いんだよ」
口々に好き勝手なことを言い、僕を残して立ち去る三人。背中で傷が痛みを主張しているが、そんなことは気にならなくなっていた。
どうしてこんなことをするのか。後進を育てるというのは嘘だったのか。
冒険者の中にはこうして同業者を罠に嵌めて仕事を横取りしたり、金品を奪うことを生業にしている連中もいると聞いたことがある。だがまさかBランクの彼らがそんなことをするなんて考えていなかった。
【アルト様、大丈夫ですか?】
「うん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
【では治療を行います。ダメージコントロール……危険度中、止血および傷口の結合を優先します】
アオイの言葉とともに背中の痛みが薄らいでゆく。僕はアオイと契約することで怪我をしても治癒できる。実は盗賊に殺されそうになったときも僕の怪我を治癒してくれていたらしい。
「そうだ、オルディアは大丈夫?」
『あいつらご主人様傷つけた!』
気絶していたオルディアは僕の声で意識を取り戻すと怒りを露わにした。でも今の彼女の力は最初に遭遇したときの欠片ほどしかない。
「僕なら大丈夫だよ。それよりも早く街に戻らないと!」
【あの者たちは捨て置くのですか?】
「彼らはBランク、僕はF、どちらの言い分を信じるかなんて分かりきってる。なら僕らは先に街に戻っておかないと動きがとれなくなるよ」
【ですがかなり分の悪い賭けになりますよ】
「それでも戻らないと。オルディア、『もーどオルトロス』発動!」
僕の言葉と同時に魔力が抜き取られる独特な感覚が襲う。だがそれは激しいものではない。これも魔力の多さのおかげだろうか。
オルディアは身体が輝きはじめ、次第に大きくなっていき、当初のような大きさになった。
実は僕がパーティ参加を渋ったのは、これが一因だったりする。オルディアの魔力供給をアオイを経由することにより、自由に大きさを変えられるようになった。他にも本にある過去の知識から簡単なものを具現化させる練習をしていた。さすがにこんなところを他の人に見られる訳にもいかない。
『御主人様、我が背にお乗りください』
「うわっ!」
巨大化したオルディアはかつてのオルトロスとは決定的な違いがあった。それは身体の色で、白銀の獣毛がきらきらと光を反射してとても美しい。もちろん頭は二つに戻っている。
オルディアは僕の襟を咥えると、ぽーんと放り投げて自分の背中で受け止めた。柔らかく、かつ程よく芯のある獣毛がクッションのかわりになっているので、全く衝撃を感じることはなかった。
「オルディア、街に急げ!」
『承知』
オルディアは一際大きく吠えると、跳ねるように街へと走り出した。
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