6.何故こんなところに
受付のお姉さんに言われた通り、北門を出てしばらく進むと森が見えてきた。イートンの北にある山から続く森で、情報によるとこの山の奥地が凶暴な魔物の生息地らしい。滅多に人里には降りてこないが、稀に目撃されることがあるそうだ。なので素直に森の入口付近で薬草探しを始めた。
「オルディアはここで見張ってて」
『わかったー』
傍にオルディアを待機させて薬草を探す。確かに受付のお姉さんの言う通り、薬草は至る所に生えていた。品質はそこそこだが、ポーションの原料にするにはそん色ない程度だった。だがほとんど採取された形跡がないということは、やはりここでも薬草採取は軽視されている。
「この薬草は根を残して毟るように採取してください。採取した薬草は布袋に入れて外の光を当てないように」
「わかりました」
皆は薬草なんて全部一緒だと思っているだろうが、実は沢山の種類がある。ここに生えているのは根が残っていれば新たに葉が出てくるタイプのものだ。当然毟り取るので劣化が早いが、光に当てなければ劣化の速度は遅くなる。ポーションを作る時には出来るだけ多くの種類の薬草を混ぜたほうが効果が出やすいというのが僕の予想だが、あいにく僕はポーション作成が出来ないので、いずれ誰かに試してもらおう。
四人で薬草探しに耽っていると、アオイからのメッセージが入る。
【接近してくる人物がおります。先ほどのギルド支部長よりも能力が高いと思われます】
接近してくるという人物に気付かれないように視線を巡らせるが、視認できるような人影はない。だがレイさんよりも高い能力を持つのなら、僕程度が見抜けるはずがない。だがオルディアの鼻でも捉えられないような存在が、どうしてこんなところに来る?
「精が出るのう、今時薬草採取の冒険者とは珍しいことじゃ」
突如声は背後からかけられた。振り返れば白髪の老人が一人佇んでいたが、その所作はいかにもふらりと散歩に来た老人のように見えるが、アオイの判断は決して見た目通りではない。僕が身構えるより早く反応したのはエフィさんだ。
「ワ、ワン様……どうしてこのような場所に?」
「ほっほっほ、絶縁されているとはいえ見知ったエフィ嬢ちゃんに会いに来るのは当然じゃろうて。儂のところに顔を出さんとは水臭いのう」
白を基調としたゆったりとした服、そして袖口から覗くのは老人特有の細い腕。だがこの老人が只者ではないことは即座にわかった。木々は多くないが、それでもここは獣道しかない林の中だ。当然ながら下草は多い上に地面は土がむき出しになっている。僕らも注意深く進んできたが、足元は土で汚れている。なのにこの老人の衣服には一切の汚れがない。
以前先生が言っていたが、世界には魔法とは異なる体系の武術を究めた達人が複数存在しているそうだが、もしかするとこの老人もその一人なのかもしれない。それにこの老人がエフィさんがガルシアーノから絶縁されたことを知っているというのも気にかかる。
「エフィさん、この人は?」
「こちらはパイロン家当代当主、ワン=パイロン様です。本来ならこのような場所にいらして良い方じゃないんですが……」
「ほっほっほ、パイロン家の領内を領主が歩くのは当然じゃろうて。久しいのう、嬢ちゃん。二年前の王都での晩餐会以来かの。綺麗になったものじゃて、どうじゃ、儂の嫁にならんか?」
「お、お戯れは困ります。それに私はもう……私のような者と関わり合いにならないほうが……」
「絶縁されたからか? となれば嬢ちゃんはもうただの人じゃろうて。儂の領内で儂がどのような者と関わろうが誰が文句をつけるんじゃ? もしそのような者がおったら……叩き伏せてやるわい」
まさかパイロン家の当主がこんな場所に現れるとは思わなかったが、それよりも最後に一瞬だけ見せたワン氏の鋭い眼光は、警戒しようとしたオルディアが声を上げることすら出来ずに固まってしまうくらいに凄まじいものだった。パイロン家は少数精鋭、となれば当主は自分の身を護れる力を保持していてもおかしくない。その証拠に……
【護衛は三名、やや離れた場所からこちらを監視しています】
さっきアオイは一名とは言わなかった。しかしこの護衛もかなりの実力者だろう。僕以外の誰もまだその存在を把握できていないのだから。要人の警護に三人しかいないというのも、個々の能力の高さの証左だろう。
「レイの奴め、儂のところに報告がないとはけしからん。まぁ儂は独自に嬢ちゃんが来たことを知っておったがの」
「知ってらっしゃったんですか?」
「これでも当主じゃぞ? 常に門には部下を忍ばせておる。嬢ちゃんがここに来るとは思わなかったがの」
「はい……ご迷惑をおかけするつもりはありませんでしたが……王都から近い街となるとここが真っ先に浮かびましたので……」
「構わんよ、むしろ到着早々商人の手当てをしてくれたそうじゃな、パイロン家当主として礼を言わせてもらう。この街は商人で成り立っているからのう」
「お、おやめください! ワン様が頭をお下げになるなんて……」
エフィさんが慌てて止めるが、ワン氏はこともなく頭を下げた。僕は五王家のことは僅かしか知らないが、それでもこんなに軽々と頭を下げてはいけないだろう。もしこんな場所を誰かに見られたら……そうか、もし見られても自分のやり方を貫き通せるだけの力を持っているという自信の表れか。政治的にも、そして実力的にも。
「ほう、だいぶ採取したのう。疲れたじゃろう、向こうに儂の馬車が停めてある。そこで茶でも飲まんか?」
「は、はい……」
見た目は人のよさそうな老人だが、パイロン家の当主からの誘いを断るなんて出来るはずがない。何よりもワン氏がエフィさんに会いたいだけという理由で近づいてくるとは到底思えない。元ガルシアーノ家の養女だった彼女の利用価値は十分すぎるほどあるのだから。
ワン氏に促されるまま林を出ると、一台の馬車が停まっていた。装飾のほとんどない武骨な馬車だが、一目見ただけでかなりの耐久力を兼ね備えた装甲であるとわかった。何しろ全面に金属の板が張られ、馬も金属の防具をつけた四頭立ての馬車だ。このまま戦地に向かうと言われても納得の様相に少々気圧されていると、馬車の周りでは三人の御付きの女性がお茶の支度を始めていた。ノースリーブのロングドレスでかなり深くスリットが入っているのが特徴だ。
「……アルト君はあのような服が好みなのですか?」
「え? いや? そんなつもりじゃ……」
「ほっほっほ、かまわんて。その年頃では女に興味があっても当然じゃろう。こやつらは儂の世話人の仲でも上玉じゃからのう」
女性たちは小さく微笑んで挨拶してくれる。確かにその服装と見た目に興味がないわけじゃないが、僕はそれ以外のことに気を取られていた。
【この三名が先ほどの護衛です】
アオイがそう教えてくれた。彼女たちは見た目の美しさとは裏腹に、ワン氏に何かあった時に確実に敵を仕留める実力を有した護衛なのだと。あまりにも大きすぎるギャップに理解が追いついていなかった。
「では本題に入ろうかの……嬢ちゃん、王都で何があったか詳しく話してくれんか? リカルドの小倅によって情報が遮断されておるからの。教会絡みなのは知っておるが、事によってはこの街の教会の手の者を一掃せねばならんからの」
侍女たちが用意した椅子に腰かけると、ワン氏は先ほどのような鋭い目で本題を切り出してきた。そこにはもう人の好い老人ではなく、五王家の一つを纏める当主の姿があった。
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