5.イートンの現状
「魔物が激増? じゃああの怪我人は魔物に襲われたんですか?」
「ああ、その通りだ。最近では街道の治安が良いせいか、護衛を付けない商人も多くなっていてね、そういう連中が魔物に襲われているんだよ。彼らも多少は腕に覚えがあるんだろうが、やはり商人だけあって戦闘には慣れていない。致命傷を負わせるような強い魔物がいないことが幸いだが」
確かにあの時の怪我人は、冒険者なら平然としているような軽度の怪我だった。それこそ少し我慢して街の施術院に行けば良いと思うが、そこは商人優先の風潮が強いイートンの弊害が出ているようだ。
「知っているとは思うが、ここイートンは商売の街だ。商人たちが集まることで街が動いている。商売の目利きに聡い彼らが最も大事にしていることは何か、それは同業者からの口コミだよ。同業者からの評判の良い街には商人が集まる。そのためには商人を優先する仕組みが必要だ。なのでこの街では商人が即座に治療を受けられるようにしているんだが……現状は怪我人の数に治療が追いついていないのが悩みの種だが」
「それなら冒険者に討伐依頼を出せばいいのでは?」
「それもやっているが、元々この周辺は我々の先達が切り拓く際に凶悪な魔物をほぼほぼ狩りつくしたせいで、弱い魔物しか出ない。もちろん山のほうに行けば凶暴な魔物はいるが、そいつらは好んで街には近づかない。弱い魔物にはあまり旨味がないので、所属している冒険者自体が少ないんだよ。君たちだってスライムのような駆け出し冒険者が狩るような獲物ばかりでは生活していけないだろう?」
そう言われて、改めてその通りだと思ってしまった。僕みたいに日銭さえ稼げればいいと考えている冒険者は少数派だ。多くの冒険者は一攫千金を狙って活動している。凶暴な魔物を狩って知名度を上げ、最終的にはどこかの名家に召し抱えられたいと考える者もいれば、迷宮探索でお宝を手に入れて、悠々自適な暮らしを送りたいと考える者もいる。中には純粋に強い魔物と戦いたいと考える者もいる。そういう冒険者にとって現状のイートンは旨味が感じられないのだろう。
いや、商人を優遇している今のイートンでは冒険者そのものが肩身が狭いのかもしれない。懐に余裕のある商人にはまず専属の護衛がついており、イートンから出立する商人の護衛を請け負おうにも実力不足で敬遠される。かろうじて請け負ったとしても、駆け出し同然の冒険者にいったいどれだけの報酬が見込めるというのか。
「なのでここで活動してくれる冒険者は多ければ多いほうがいいというのが本音だ。エフィ嬢は治癒魔法が使える上に、お供のメイドもそれなりに腕が立つ。君の所有している従魔だってかなりの強さだろう」
「わかりました。アルト君、私たちはここで冒険者登録したいと思います」
エフィさんがそう決めたのであれば、僕は口を挟むつもりはない。これから彼女は様々なことを自分の意思で決めなければならない。僕はそれが間違っていると思えた時に手助けして正してやればいい。
**********
「見てください、登録証です」
首から提げた登録証を見せて嬉しそうに微笑むエフィさん。登録証に刻まれたランクはE、僕より一つ上だ。ちなみにヘルミーナさんとイフリールは僕と同じFだった。登録だけなので個々の実力を測ってもらった訳ではないが、エフィさんだけ上というのは何か含みがあるのかとも思ったが、実はそうではなかった。
「エフィさんは治癒魔法を使えるという実績がありますからEランクからのスタートです」
そう説明してくれる受付のお姉さん。実はこれはギルドの決まりだそうで、治癒魔法の使い手は討伐パーティへの参加の引き合いが多いが、Fランクには討伐依頼を請けることはできない。高ランクの冒険者パーティからの勧誘は受けられるが、低ランクパーティからの勧誘は受けられない。しかし治癒魔法の使い手がいるといないとではパーティの生還率が大きく異なるので、抜け道として治癒魔法の習得者はEランクスタートだという。
「でもリーダーはアルト君ですよ」
「エフィさんのほうがランクが上ですよ?」
「確かにそうかもしれませんけど、アルト君のほうが冒険者としての経験は多いんです。それに……アルト君の実力は私たちがよく知っていますから」
どうやら僕がランクのことで拗ねていると思われているらしい。僕自身は現状に不満はないし、リーダーの件も単にFランクの僕が務めていてエフィさんが恥ずかしい思いをしないかと不安になっただけだ。それに……実力と言っても僕はアオイの力に頼っているだけで、実際には何もしていない。そんなものが僕の実力だなんて胸を張って言えるはずがない。
【アルト様は私を認識できる、それだけで素晴らしいことです。アルト様がいなければ私は存在意義を持ちません。自信を持ってください】
(うん……ありがとう、アオイ)
僕の心情を察したアオイが言葉をかけてくれる。そう、アオイは僕のことを必要としてくれた初めての存在だ。属性がないことを知り、手のひらを返したメイビアの人たちとは違う、今の僕を必要としてくれた存在。彼女がいるから今ここに僕がいる。彼女のおかげで僕はこうして生きて旅を続けている。多くの優しい人たちと縁を結び、力を貸してもらっている。だから僕は胸を張って行動することができる。
「さて……薬草採取の依頼は常にあるから……この近辺で薬草の群生場所を探しましょう」
「アルト様は……討伐依頼は受けないのですか? ランクを上げれば受けられるようになりますし、アルト様の実績はギルドの要職にいる者ならば知っています。ランクアップに異議は出ないと思います」
「えっと……僕は今のままでもいいかなって思ってるんです」
確かに僕がランクを上げれば討伐依頼も受けられる。だが僕のこれまでの実績はアオイがいてくれたおかげだ。アオイの力は僕にも説明ができない。自分で説明できない力を振りかざすような奴を誰が信用してくれるだろうか。いずれ皆には打ち明けなければならないだろうが、かといって関係ない人物にまで知られる必要はない。
「いいじゃない、ヘルミーナ。これがいつものアルト君ですし、私たちだって日々の糧が得られればそれでいいのだから」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんらしくいればいいいよ」
エフィさんとイフリールが僕の言葉を支持してくれる。ヘルミーナさんだって決して悪意があって言った言葉じゃないことはわかっている。僕がギルドで不遇な扱いを受けることを許容できないからこそ出た言葉だ。事実、他の冒険者たちの僕を見る目は冷たい。傍から見れば駆け出し冒険者がはしゃいでいるように見えるのかもしれない。
「薬草採取だってよ」
「女子供だけのパーティじゃ仕方ないよな」
そんな声が聞こえてくるが、僕は全く気にしない。薬草はどこでも重宝されるアイテム、簡単に採取できるので皆軽視しているが、それが無くなれば巡り巡って困るのは僕たち冒険者自身なのだから。
「薬草なら北門を出て少し歩いた森の入口に多いらしいわ。ただ森の奥は魔物の出没情報が多いから、街道が視認できるあたりまでに留めておいて」
「はい、ありがとうございます」
受付のお姉さんが薬草の生えている場所を教えてくれた。それは僕のやっていることが正しいことの証でもある。ランクを上げて有名になることよりも、ギルドに関わる皆の役に立つことをするという僕の考え方が。だから……今はこのままでいいと思っている。だがもし僕の大切な人たちに何かあったら、そのためにランクを上げることが必要になったら……その時は躊躇うことはしないだろう。
読んでいただいてありがとうございます




