4.レイ=パイロン
「薬草の買い取りですね、ギルドカードをお願いします」
冒険者ギルドのイートン支部に顔を出した僕は、早速ここまで来る間に採取した薬草の買い取りを依頼した。薬草の採取はどこの支部でも常に依頼が出ているので、買い取りを断られることはほとんど無い。時折採取方法が杜撰で薬草そのものが痛んで使い物にならない場合、買い取りを断られることがあるが、薬草を研究しつづけている僕がそんなヘマを冒すはずがない。
「アルト君はいつも変わりませんね」
「アルトお兄ちゃん、草が好きなの?」
複雑な表情のエフィさんと、いまいち理解できていないようなイフリール。これが僕の日常だ、薬草の採取なくして僕は成り立たない。事実受付のお姉さんも優しい笑顔で僕の出した薬草を換金してくれた。僕のギルドカードを見たお姉さんが一旦奥に入っていったが、それ以外は他の支部とほぼ同じだった。ただ今回は少しだけ対応が違っていたが……
「アルトさん、貴方宛に連絡が入っています。送り主はラザード支部のサリタ支部長からです。内容をお伝えするので別室にお願いします」
「サリタさんから? はい、わかりました」
サリタさんからの連絡……一体なんだろう? ギルドには緊急時に備えて各支部間の情報伝達の手段があるという話は聞いたことがある。ただしそれは支部長でも限られた人物しか使えない極秘の手段らしく、それを使えるサリタさんはギルドという組織の中でも実力者ということか。何しろバーゼル先生の師匠でもあり、そのくらいは当然か。
「サリタ支部長……あのサリタ女史ですか?」
「知っているんですか? ヘルミーナさん」
「知っているも何も、『漆黒のサリタ』と言えば有名です。性格は残忍かつ狡猾で、狙った獲物は絶対に逃がさないという噂です。相対した者は頑なに彼女の素性を語ろうとしないとも言われています」
「アルト君はすごい方とお知り合いなんですね」
サリタさん、そんな格好いい二つ名を持っていたとは。だがヘルミーナさんの情報には少し間違いがある。性格はとても優しく、僕にもとても良くしてくれた。確かにルーインという特殊な能力を持った相手には分が悪かったが、あの時は街の住人が人質に取られていたも同然で、もしあの時、街ではない場所だったら違う結果になっていただろう。
懐かしい名前が出てきたことに嬉しくなる心を抑えつつ、お姉さんに案内された部屋へと入ると、そこには質素な机と長椅子が置いてあるだけの部屋だった。と同時にアオイから警戒を促すメッセージが伝えられる。
【アルト様、部屋の左隅に一名潜んでいる者がおります。武器は所有しておりませんが、全身の筋肉の発達具合とバイタルの状況から、実力者である可能性が高いと判断します】
(部屋の左隅? 誰もいないけど……)
アオイのメッセージの詳細はよく理解できなかったが、実力者だろうということだけは理解できた。ギルドの別室で、気配を殺すどころかその姿まで隠して僕たちを待ち受ける理由は何だ? もしかして王都でのことがもう知れ渡っているのか?
このままでは相手に機先を取られてしまうだろう。だからこちらからカマをかけてみよう。アオイは危険とは言わなかったから、おそらくギルドの関係者だろうとは思うが……
「いつまでそこに潜んでいるつもりですか? 用件が無いなら帰ります」
「……流石だな、あのサリタ女史のお気に入りだというのも納得だ」
「ひ、人が出てきたよ、お兄ちゃん!」
いきなり何も無い場所から、背中あたりまで黒髪を伸ばした壮年の男性が現れた。ただしヘルミーナさんやイフリールどころか、匂いに敏感なはずのオルディアでもこの男性の存在に気付かなかった。アオイの言葉が無ければ誰一人として彼の存在に気づけなかっただろう。敵意は見えず、武器も持っていないが、アオイが実力者と判断した理由はすぐにわかった。
薄手の服はどこかの民俗衣装のようなものだろうか、ゆったりとした服を腰に巻いた布で固定している。特徴的なのは足元、冒険者であれば革の靴を履くのが普通だが、布で出来た小さな靴を履いている。そして服から時折見えるのは、大きく盛り上がってはいないが見事なまでに引き締まった体。力自慢の筋肉というよりも、しなやかな野性の獣に近い印象だ。
「試すような真似をして悪かった。俺はイートン支部を任されているレイと言う者だ。これでもパイロン家の系譜に連なっている。末席ではあるがな」
「支部長?」
「ああ、サリタ女史から、暗号を忍ばせたギルドカードを持つ者がいたら伝えてくれと伝言を預かっている。ギルドでも上層部しか使えない連絡手段を使わなければならないほどの者、その実力を測るのは当然だろう? だが安心したよ、あのサリタ女史が耄碌したのかと思ったんだが……おっと、これは内緒にしておいてくれ」
暗号……そんなものが僕のカードに仕込まれていたなんて。だが一体どんな伝言だろうか。もしかしてラザードに何か問題が起こったのだろうか? もしそうならすぐにラザードに向かわないといけない。
「サリタ女史からの伝言は、君が連れてくるであろう仲間を詮議なしで冒険者登録してほしいということだ。そちらのエフィ嬢のことだね」
「!」
レイさんの言葉に僕たちの間に緊張が走るが、レイさんは特段様子を変えることはなかった。
「そんなに緊張しなくても良い。これでも私はパイロン家の一員だ、他の五王家の動向もある程度は掴んでいる。パイロン家は元々諜報に長けた一族であることを忘れてもらっては困るな、エフィ=ガルシアーノ嬢。いや、元をつけたほうがいいかな?」
「もうそこまで掴んでいるのですね……今の私はただのエフィです。ガルシアーノとは何の繋がりもありません」
「勘違いしないでくれ。私はガルシアーノと事を構えるつもりなど毛頭ない。教会が絡んでいるようだが、この街では宗教の勧誘を行うことは禁止されているので安心するといい。奴等も迂闊に手を出してこないはずだから、しばし羽根を伸ばすのもいいだろう」
五王家ならばエフィさんの動向を独自につかむことなど造作もないということか。というよりも五王家にとって現状最も厄介な教会が絡んでいるのだから、それも致し方ないと諦めるべきだろう。むしろここまで友好的であることを受け入れるべきかもしれない。本来なら拘束して教会に対しての餌にされることだってありうるのだから。
それにしてもサリタさんは僕がエフィさんたちを冒険者登録することを予見していたのだろうか。新たな仲間が出来れば冒険者登録をするのが身分保証の手段としては最もわかりやすく、きっと僕がその手段を取るであろうことはすぐに予見できたと思うが、まさかエフィさんを連れてくることまで知っていたのか?
「どうしてサリタ女史がエフィ嬢のことを知っているのかが不思議でならないようだが、ギルドは王国内を網羅する特殊な組織だ、当然ながら王国に関わる事案は少なからず情報共有されている。もちろんそれを知りうるのは上層部のみだが、王都での教会の動向はそれだけ皆が注視しているということだ」
「それはわかりますが……であれば冒険者登録に便宜を図っていただく理由がわかりません」
冒険者ギルドとしても、五王家と共存状態にある。教会に対して明確な敵意は示していないが、かといって友好的でもない。依頼があって行動するギルドは予測して行動することはないが、何かが起こった時に対処できるべく情報だけは共有されているらしい。エフィさんも自分の情報がギルドに渡っていることは理解したようだが、便宜を図ってもらう理由までは把握できていないようだ。
「簡単なことだよ。ギルドに登録された冒険者は王国内の柵に囚われることなく行動できる。危険が及ぶようならば即座に拠点を移したところで誰も咎めることはない。もちろん犯罪に手を染めることは重罪だが、まさかそんなつもりは無いだろう?」
「はい、ありません。そんなことをすればアルト君に迷惑をかけてしまいますから」
そう言って僕に向かって微笑むエフィさん。どうしたらいいのかわからなかったのでとりあえず笑顔で返しておいた。僕はエフィさんのことを深く知っている訳ではないが、少なくとも犯罪に手を染めるような人ではないと思っている。
「そういえば、街の入口で治癒魔法を使ってくれたらしいね。今謝礼を持ってこさせよう」
レイさんが懐から取り出した小さなベルを鳴らすと、少したってから受付のお姉さんが小さな革袋を持って入ってきた。それをエフィさんに手渡すと一礼して出ていくが、全く足音がしないのは彼女もかなりの実力を持っているということだろう。
「先ほど門番の方が仰っていましたが、ポーションの予備が無くなっているとか。何か問題でも起こっているのですか?」
エフィさんが思い出したかのようにレイさんに問う。確かにそれは僕も気になっていた。街に来る者が怪我をしていることはよくある話で、実際に他の街でも大概はポーションの予備を持っている。メイビア領ですらあったくらいなので、イートンのような大きな街が予備を持たないなんて信じられない。
「うむ、それについてだが、これは冒険者としての君たちにも関わってくることだと思うが……ここ最近、イートン周辺に出没する魔物の数が激増しているんだよ」
レイさんは苦々しい顔をしながら、イートンの現状について話し始めた。
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