3.異変の始まり?
「この中に治癒魔法の使い手はいるか! ポーションの持ち合わせのある者でも構わん!」
イートンを囲む外壁に作られた門、四方の門のうち西門に着いた僕たちが入門の手続きの行列に並んでいると、門番の一人が息を切らしながら走ってきた。血相を変えて、というほどではなかったが、それでも何か問題が起こっていることは確かだった。
「何かあったんでしょうか?」
「この辺りには何もないはずだけど……何があったのかな?」
「あの……出来れば協力したいんですが……どうしましょうか?」
「どうして僕に聞くんですか?」
「このパーティのリーダーはアルト君ですから」
いつの間にか僕がリーダーになっていた。今までは先生がいてくれたし、他にも同行してくれる大人がいたから任せきりにしていたが、僕にリーダーなんて務まるわけがないし……そうだ、年長者のヘルミーナさんなら……
「ヘルミーナさんがリーダーを……」
「私はアルト様のしもべです。主を差し置いてリーダーなど有り得ません」
「……エフィさんも僕より年上……」
「私はアルト君より一つだけ上なだけですよ? それに……本来なら私はアルト君の所有物、リーダーなんて出来ません」
「……わかりました、僕がリーダーでいいです」
イフリールに聞きたいところだが、彼女は行列に並ぶのに飽きてオルディアと一緒に昼寝の最中だ。それに幼い彼女にリーダーを押し付けるのは気が引ける。エフィさんは門番の様子から手助けが必要だと判断したようだ。治癒魔法の使い手は決して少なくないが、かといってすぐに見つかるほど多くもない。こうして外部の人間から探すということは、やはり見つかっていないということだろう。
ポーションに至ってはもっと少ないだろう。持っていないということではなく、それを提出する者がいるかということだ。治癒魔法が仕えなければポーションは旅をする者にとっての命綱で、しかもそれなりに高価なので余剰があるとも思えない。提供したところでそれを補充してくれる保証があるかどうかはわからない。お金で謝礼が出たとしても、それで新たなポーションを購入できるかどうかもわからない。途中で採取した薬草ならたくさんあるが、即効性に欠けるので提供しても微妙な顔をされるだけだろう。
「エフィさんが望むのなら構いません。ですが何らかのトラブルの可能性もあるので気を付けてください」
「わかりました! 私は治癒魔法が使えます!」
エフィさんが声を上げると、門番が急いで駆け寄ってきた。どうやら門のすぐ内側で何かあったらしいが、ここからじゃ詳しいことはわからない。
【アルト様、数名の負傷者がいるようですが、命に別状はありません。危険度の高い存在は見受けられません】
(ありがとう、それなら安心だね)
アオイからの情報で、僕が危惧しているようなことはないとわかった。となると門番がここまで焦っているのはどうしてだろう。
「君、先ほどの言葉は本当か?」
「はい、私は治癒魔法を習得しています」
「すぐに来てほしいんだが、何か身分保証出来るものはないか?」
「彼女は僕のパーティメンバーです。冒険者ではありませんが、僕はギルドの登録証があります」
「よし、見せてみろ……ランクは低いようだが、王都から来たのか?」
「はい、拠点を移そうと思いまして……」
代表して僕の登録証を見せると、そこに記されたランクを見て怪訝そうな顔をされたが、それも一瞬だけだった。事実冒険者が拠点を変えることはよくあることで、実力が上がって請けられる討伐依頼の難度が高くなったりして、より依頼の難度の高い街に移動したりする。ギルドの支部として冒険者の流出は避けたいのが本音だが、ギルド全体として考えると必要なところに戦力が補充されるのは良いことだ。
ラザードで世話になったサリタさんが、当時まだギルドの実情に疎かった僕に色々と教えてくれた。他にも色々と便宜を図ってくれたらしいが、まだ体調が思わしくなかった時だったので詳しくは覚えていない。支部長権限を行使してくれたりしたので、頭が下がるばかりだ。
「よし、これで身分確認は出来た。悪いがすぐに中に入ってくれるか?」
「え? いいんですか?」
「構わん、緊急事態だからな」
そう言うと門番は僕たちの馬車を行列から先導すると、未だ手続きを待っている人たちを無視して進み始めた。先に進むことで何かしらの文句が出るかと思ったんだが、不思議なことに皆これが当たり前のような表情で僕たちを見送る。街に入るのが早まったのは嬉しいが、そうなると門番の言うところの緊急事態とやらがとても気になるところではあるが……
**********
「こっちだ、早く来てくれ。ちょうどポーションを使い切ってしまったところなんだ」
門番に案内されて門をくぐると、入口近くの詰所らしき場所に停められた馬車の傍で座り込んでいる商人らしき人たちの姿があった。皆一様に怪我をしているが、命に別状はない程度の怪我のようにも見える。四肢の欠損等も見られず、果たしてそこまで大げさに騒ぐほどのものなのか?
「今治療しますから動かないでください。少しだけ痛むかもしれませんが、我慢してください」
エフィさんは怪我人に駆け寄るとすぐに治癒魔法を使う。元々の怪我が大したことがないので、治療自体はすぐに終わったが、商人たちはエフィさんに礼を言うどころか、さも当然といった態度で馬車に乗り込むとイートンの中心部へと去っていった。エフィさんを含めた僕たちはただ茫然と彼らを見送るのみだった。
「すまなかったな、おかげで助かったよ。我がイートンは商業を推奨している街だけあって、商人は優遇される一面がある。今度からポーションの予備を多めに申請しておくか……おっと、この謝礼はギルドに話をつけてあるから、これをギルドの受付に渡すといい。すぐに謝礼が支払われるはずだ」
門番はそう言うと、懐から一枚の木札を手渡してきた。記号のようなものが書き込まれたただの木板だが、これがこの街とギルドとの間の符丁といったところか。街の入口だというのにポーションの予備が足りないのはどうかと思うが、商人優遇というのも気にかかる。確かにここイートンは流通の要で商売が推奨されているとはいえ、商人以外もやってくるだろうに。
「ア、アルト君、とりあえず宿を探しませんか?」
「そうですね、落ち着いたらギルドに行きましょう。貰えるものは貰っておかないと、冒険者として日銭は大事ですからね」
呆然としていた僕たちだったが、街の人々は全く気にも留めていない。ということはこれがこの街の日常、ということだろう。となれば僕たちも日常に戻らなきゃいけない。まずは何よりもギルドに行って対価を貰うとしよう。冒険者である以上、依頼遂行には必ず対価が発生するのだから。
事前情報とはやや異なるイートンの雰囲気に少々戸惑いながらも、僕たちの馬車は街の中心部に向かって進み始めた。
読んでいただいてありがとうございます




