3.青の刃
「君が噂の薬草屋かい? まだ未成人のようだけど、僕たちと一緒なら問題ない。一緒に上を目指そう」
「ちょっと、いきなり失礼でしょ、ノル。ごめんなさいね、いきなり」
「そうですよ、彼に失礼ですよ」
僕がギルドに着いて受付のお姉さんに案内された部屋には三人の男女がいた。茶髪で長身痩躯、ブロードソードを腰に提げた剣士の男性、使いこなされた革鎧を身に着けている。ずいぶんマイペースな感じの人のようだ。
男性を窘めたのは二人の女性、一人は黒いローブを纏った赤い髪の女性で、持っている杖から魔法使いだということがわかる。もう一人の女性はくすんだ金髪で、白いローブに金属製の錫杖のようなものを持っているからどこかの教会の僧侶だと思われる。
三人とも年齢は二十代半ばくらいで、冒険者ならベテランと呼ばれてもおかしくない年頃だとは思うが、こんな若い人たちが後進の面倒を見るなんてあるのだろうか?
「は、はじめまして、アルトです。Fランクです」
「僕はノル、パーティ「青の刃」のメンバーだ」
「アタシはロール、見ての通り魔法使いよ」
「私はシファ、水の教会所属の僧侶です」
三人はどこか人懐こそうな笑顔を浮かべて自己紹介してきた。なるほど、彼らは水属性に適性がある人たちなのか。
パーティ名には自分たちの持つ属性を表すことが多いらしく、彼らもそうらしい。
「君みたいな有望な若手を育てることは高ランク冒険者の義務だと思っている。元々高ランクだった冒険者などいるはずないし、今は高ランクでも駆け出しの頃は低ランクで苦しい生活をしていたはず。高ランク冒険者に助けられたことも多々あるはずだ。それを忘れて自分勝手な活動をするなんて信じられないよ」
ノルさんが拳を握りしめて力説する。確かに彼の言う通りだ。どんな高ランクの冒険者だって最初はFから始まる。弱かった頃、周りから助けてもらったおかげで高ランクになった者だっているはず。それを忘れていないというのは立派だ。
「アタシたちは若い冒険者のサポートをしたいんだ。冒険者稼業は危険だけど、だからこそ誰かがやらなきゃいけない必要な仕事なんだ。そこで命を落とす可能性が低くできるなら、アタシたちもやりがいがあるってもんだ」
「力ある者は力無き者を正しい道へ導かねばなりません。そのためにも若い人たちに力をつけてほしいのです」
ロールさん、シファさんもノルさんの言葉に同調する。やはり僕の不安は杞憂だったのだろうか。一番信頼すべき家族に裏切られたせいで、人付き合いに過剰反応してるのだろうか。
『ご主人様ー、このヒトたち、嫌なニオイがするー』
僕の足に頭をこすりつけてきたオルディアが話しかけてくる。彼女の言葉は僕にしか聞こえない。これは彼女が僕を主と認めてくれたからできることらしいが、元々高位の魔物だったからこそできることらしい。そして彼女の鼻が違和感を感じ取っているようだ。
【注意しておくにこしたことはありません、アルト様】
(わかった、慎重に動くよ)
「ずいぶん綺麗な犬だね、銀色の毛並みなんて珍しい。もしかして雪狼の亜種かな」
「「かわいい」」
僕にべったりのオルディアを見て相好を崩す三人。彼らのどこに違和感を感じたのかまでは今の状態のオルディアにはわからないようなので、実際にある程度までは一緒に行動してみて判断するしかないか。
「では僕はいつも通りに薬草の採取に向かいますので」
「君だけでは危険だ。僕たちも同行しよう」
いきなりついてくるとは誤算だった。Bランクだから薬草採取なんて興味がないと思っていた。いつもの採取場所にはもうほとんど魔物なんていなくなっているし、そもそも僕のような無能が無事に帰ってきている時点で危険度はかなり低い。
「そうだ、君もいずれはランクアップして討伐依頼を受けるんだろう? そのためにも討伐を経験しておいたほうがいい。君の向かう先が南門を出てすぐの草原なら、そこから小一時間進んだ森の中に討伐対象の魔物がいる。それを討伐しに行こう」
「で、でも僕は戦い方なんて……」
「大丈夫、全部アタシたちがやるから、君は黙って見ていればいいよ」
「そうです、全部私たちに任せてください」
彼らに半ば押し切られるような形で討伐依頼を見学することになってしまった。本当なら採取しているところさえ見られたくなかったのに、まさか討伐までとは。だが僕が戦えないのは彼らだって十分承知しているはず。
いずれ僕も討伐依頼を受けなければならない時が来ることはわかっている。ならばここは彼らの言葉に甘えて見学に徹することにしよう。それにBランクパーティの戦い方を間近で見られるチャンスはそうあるものじゃない。そう自分に何度も言い聞かせ、四人と一頭は街を出て南へと向かった。
「なるほど、薬草にはそんな特性があったんだね」
「はい、だから採取するときは一度根ごと抜いてから、切り落とした根を埋めておくんです。そうすればまた採取できます」
「ふーん、アタシ初耳だよ」
「よほど勉強なされたんですね」
採取場所へと向かう道すがら、僕が発見した薬草の特性を説明した。それは彼らも知らなかったことらしく、非常に興味深そうに聞いていた。まさか薬草採取にここまで専門的に取り組んでいるなんて誰も思っていなかったんだろう。
「もうすぐ着きます……ほら、あの辺りです」
「すごい! 群生しているじゃないか! こんなに生えている場所なんて僕らが駆け出しの頃だって無かった」
「これが定期的に採取できるなんて」
彼らが感嘆の声をあげるが、それも当然だ。ここは僕が薬草の根を埋めた場所だが、ただ埋めたわけじゃない。きちんと日当たりや周囲の雑草の様子を考慮して、養分が行き渡るように配置して埋めたおかげで、薬草は青々とした葉を繁らせていた。その繁り方は他の低ランク冒険者が採取してくる薬草とは比べ物にならないくらいにしっかりとしていた。
「なるほど、これなら買い取り額が高くなるのも当然か。君、このことは誰かに報告したのかい?」
「いえ、まだ薬草の繁殖条件とか詳細を調べきれていませんので。もっと細かく調べてギルドに報告しようと思っています」
「そうだね、焦って情報不足のまま報告して、後々トラブルになる可能性もある。しばらくは報告しないほうがいいかもしれないな」
青々とした薬草を見ながらノルさんに説明する。ロールさんとシファさんは薬草の状態の良さに驚いていたが、すぐにノルさんに何やら耳打ちをしはじめた。
「じゃあ僕は採取を始めますので」
「ちょっと待って、何やら魔物の気配がするようだ。彼女たちの索敵に引っ掛かった魔物がいるようだ」
いきなりノルさんが僕の行動を止める。だが魔物の気配ならオルディアが反応するはずなのに今は全く警戒していない。もしかして高ランクの索敵はオルディア以上なのか?
【周囲に敵性動物の気配はありません。索敵範囲を拡げましたが危険度の高い魔物の類を数体発見しましたが、オルディアで殲滅が可能です。彼らが何を指して魔物と呼ぶのかがわかりません】
(ありがとう、また何かあったら教えて)
注意を促してきたアオイに心の中で礼を言うと、改めてノルさんたちを見る。彼らはこちらをちらちらと見ながら何か話していた。だがそれもすぐに終わり、こちらに向かって話しかけてきた。
「どうもこの先の森に反応があるようだ。ちょうどいい機会だ、採取は帰り道にでもすればいいから、まずは討伐から先に済ませてしまおうか」
「え、今からですか?」
「ああ、でないと他の誰かが魔物に襲われてしまうかもしれないからね」
こう言われてしまっては僕も反論できない。こういった危険を未然に防ぐのも冒険者ギルドの役割である以上、その末席に在籍している僕でも何らかのアクションは起こさなくてはいけない。僕一人ならギルドに報告だけでもいいのかもしれないが、Bランクパーティともなれば独自に調査、場合によっては独断での討伐までこなさなければならない。
「本当に大丈夫ですか?」
「心配いらないよ、全部アタシたちに任せておきな」
「そうそう、全部任せてください」
何度も任せろと言ってくる女性二人に押し切られるような形で、僕たちは南の森へと足を向けた。これから経験するのは初めての討伐だ。緊張しないわけがない。心の中に若干の不安を抱えつつ、これが次へのステップだと必死に言い聞かせていると、その心情を察知したオルディアが僕のすぐそばを歩く。
『ご主人様は我が護るよー』
いつもと変わらないオルディアの声が頭の中に響き、僕の不安を和らげてくれた。
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