24.深まる疑惑
朝の光の中学園の正門を1台の馬車が出てゆく。成績が振るわずに落第を繰り返し、夢半ばで自分の道を諦めて帰郷する者も多いせいか、見送る者がいないのはその類と思われているからだろう。御者席にはかつてエフィ専属メイドだったヘルミーナが手綱を握っているが、メイドなど貴族が子息の世話係につけることが当たり前となった学園では掃いて捨てるほどいるので、エフィ関連の者だとは気づかれなかった。もし気付かれたとしても、色々と問題のあったエフィに絡む者などもういるはずがなかった。
その光景を、学園長室の窓から見下ろす三人の男女。一人はこの学園の主たるエマ、もう一人は冒険者クレア、そして三人目はバーゼルだ。バーゼルはいつものような優しい目を、クレアは恨みのこもった厳しい目をエマに向けていた。だがエマはルチアーノの名を持つ女傑、クレアの視線に全く動じることはなかった。
「で、きちんと説明してくれるワケ? 私を同行させなかった理由を」
「ええ、本来なら実力未知数のアルトに同行させたいところですが、少々問題が発生しました」
「エフィ嬢の発動させた『力』のことですな」
「ええ……」
バーゼルの指摘に表情を暗くするエマ。しばらく沈黙を貫いた後、静かに口を開いた。
「エフィの使ったのは、先代の聖女が使ったと言われている浄化の能力に極めて近いものでしょう。そして教会がエフィを欲した理由……このことをどう思いますか?」
「そりゃ聖女の力なんて教会としては絶対に欲しいワケでしょ、そのくらい理解できるわよ」
「ただし……教会は既に聖女を認定しておりますな。となればどちらかがニセモノということに……」
「その通り、そして教会は既に聖女の正統王家への輿入れを決めている。エフィは邪魔でしかないので、拉致して秘密裏に処分する……理由としては成り立ちます。ただ疑問なのは……あんな強力な力が突然使えるようになるのか、ということです」
エマの知る限り、聖女の力は聖属性のものとは若干意味合いが違う。聖女の力はどちらかというと先天的なもので、属性に分けることができないものだ。その能力は歴代の聖女により違うが、少なくとも誰かに教えられて使えるようになるものではない。そしてエマは先代の聖女が使う浄化と癒しの力をその目で見たことがあった。
先代の聖女が行方不明になる前、まだ学園の生徒でしかなかった彼女は、フィールドワークの際に魔物に襲われた友人を聖女に助けてもらったことがある。毒と呪いを同時に受け、さらに身体を大きく傷つけられ、命は絶望視されていた友人は、聖女の癒しによって救われた。まさに奇跡と言ってもよい御業、その時の聖女とエフィが何故か重なったのだ。
「エフィがガルシアーノの養女になる前のことはリカルド氏に問い合わせても詳しく知らんの一点張りでした。ですが……そこには何かあると思っています。バーゼル殿は何かご存知なのではないですか?」
「私が……ですか。何故そうお思いで?」
「それは……貴方がリカルド氏からの密命で動いているからです」
「……バーゼル殿、それ本当なワケ?」
エマの指摘に動じることなく返すバーゼル。それを聞いてクレアが剣呑な空気を纏う。密命で、それも五王家一の武闘派で知られるガルシアーノのとくればその裏にあるのは間違いなく血なまぐさい何かだ。
「それを話すとお思いですか?」
「そうは思ってないわ、ただうっかりしゃべってくれればいいなって思ったワケ、理解?」
「リカルド氏の命なのは確かです。ですが、今それを話すことはリカルド氏からきつく止められております。いずれリカルド氏より五王家に説明があるでしょう。それまでお待ちください」
「え……そんなにあっさり認めるワケ?」
「……今は裏取りの真っ最中、ということですね。わかりました」
バーゼルがはぐらかすことなくあっさり答えた、それは状況がより深刻なものであるとエマは判断した。迂闊に匂わせて余計な手出しをされて、敵に感付かれることがあってはならない。そのために『宵闇』の名を持つバーゼルに密命を任せ、バーゼルもその重さを知った上で受けたのだ。うっかり全てを台無しにするようなことになるくらいなら、その時を待ったほうがいい、そう考えた。
「ただ一つだけ……今回の件はリカルド氏が考えたものではない、とだけ言っておきましょう。では私は彼らと別行動をとりますので、これで失礼いたします」
「わかりました、足止めさせてしまって申し訳ありません」
エマの謝罪に深々と一礼すると、ゆっくりと部屋を出てゆくバーゼル。足音が遠ざかるのを確信すると、大きくため息をつく。
「ちょっとクレア、いいかげんにしなさいよ。もし戦闘になったらどうするつもりですか」
「ごめん、つい……」
「でもおかげでうっすらだけど状況が読めてきました。おそらくこの問題は聖女の輿入れだけでは済みません、先代聖女にも波及するかもしれないでしょう」
「先代聖女って……十数年前に行方不明になったっていう……」
「ええ、未だにその足取りが掴めていなくて、五王家の中でも既に教会の手に落ちていると諦めている風潮があります……もしそうならバーゼル殿が動いているはずがありません。先代聖女の捜索を任されているのはリカルド氏なのですから」
「それじゃ……まさか……エフィが何かしらの関係があるっていうワケ?」
「ええ、だからあなたにはエフィの出生の秘密を探ってほしいのです。教会があんな搦め手を使ってくるなんて余程執着しているに違いありません。そして……うまくいけば聖女の輿入れを止めることが出来るかもしれません」
エマは自らの仮定を説明する。五王家にとって最も重要なのは正統王家を護ること。聖女の輿入れは教会が正統王家に入り込むきっかけとなるはずで、このまま放置すれば間違いなく正統王家は教会の手に落ちる。政治的な実権こそ握っていないが、地方の貴族たちの中には実務をこなす五王家を疎ましく考えている者は決して少なくなく、そいつらが正統王家を担ぎ上げて五王家を排除しようとする企みもちらほら聞こえてくる。
王都では治安維持を担うデッカー家が、叛乱の芽を秘密裏に摘み取っているために大きな動きはない。地方ではガルシアーノ家がその武勇とコネクションの広さで抑え込んでいる。知られていないことだが、五王家は実務に関わる費用に一切税金を使っていない。自らの資産を独自の才覚で増やし、それを使って活動している。貴族の中には五王家が税を好き勝手に使っていると宣う者もいるが、そんなことはない。
貴族が王家に入り込み、権力を持った者が国の金を浪費する。そのツケを払わされるのはいつも力を持たない国民だ。そうして荒んだ国を救うために五王家が立ち上がったのだ。教会の暗躍は国をかつての暗黒の時代に逆戻りさせてしまう危険性があった。
「わかったわ、じゃあまずはガルシアーノを調べてみるわ」
「ええ、バーゼル殿はきっとアルトたちを見守るでしょうから。姿を見せずに見守るなんて、余程アルトが気に入ったようですね」
「私も噂でしか聞いたことないんだけど、バーゼル殿ってそんなに凄かったワケ?」
「冒険者ギルドで初めて認定された、人族のSランクといえばわかるでしょう? あなたもAランクなんですし」
「確かにあの強さは別格よ。でもアルト君の力のほうは放置でいいワケ?」
「あの力は私たちの理解を超えています。迂闊に手を出せばこちらが危険です。それに……アルト君が道を踏み外すとは思えないでしょう?」
「確かに彼はいい子だよ、だから……」
「ええ、だから大人が余計な考えを押し付けちゃいけません。彼が自分で悩んで、考えて見つければいいことです」
「わかったわよ、ただし、もし何かあったらすぐに助けに行くからね」
「おや? 男っ気の無かったクレアがずいぶんご執心ですね。まさか惚れましたか?」
「ば、ばか! そんなんじゃ……」
慌てて否定するクレアだったが、その顔は真っ赤になっている。からかうつもりで言ったエマだったが、意外なクレアの反応に驚くとともに納得している部分もあった。クレアほどの高ランクの女性冒険者は実力差もあってか男っ気がない。男にとって自分より強い女は敬遠されることがほとんどで、そのせいかお相手を見つけるために冒険者を引退する女性も多い。不可思議な力とはいえ、クレアも黙らせるほどの実力を持つアルトに惹かれてしまうのも無理はなかった。友人がまだ女らしいところを持っていたことに安堵したエマは、アルトの周りに悪意を持った者たちがいないことを感謝するとともに、これから先の彼らの旅路の安寧を祈った。もしアルトの力が彼女たちに向けられたら、という恐怖を払拭するかのように。
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