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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
10章 王立学園編
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21.ざんげしつ

 イフリールの攻撃を全く受け付けない男性像と司祭。もしかするとこのままイフリールの魔力が切れるのを待つつもりだろうか。しかしそれでは僕のほうが先に力尽きてしまうかもしれない。果たしてそんな方法をアオイがとるだろうか。


【審判の刻は来ました】


 アオイの言葉とともに、ゆっくりと像が動き出す。このまま強引にねじ伏せるのかと思ったが、それにしては動きが遅い。力が強いのかもしれないけど、力任せに殴ったらイフリールが死んでしまう。それじゃリタとの約束を守れない。リタにあんな悲しい涙をもう一度流させるなんて出来るはずがない。もし流させるなら、イフリールを救い出した歓びの涙だ。


 像は磔にされて、両腕を左右に大きく広げていた。その腕がゆっくりと頭の上まで動き、大きな円を作る。いや、作った。優しい微笑みを浮かべた像は、さらに腕を動かす。頭の上から顔の前を通り、胸の前で交差させるような姿勢で止まった。その顔はいつの間にか微笑みから憤怒の形相に変わっていた。屈強な戦士でさえ震えあがってしまうかのような怒りの形相、そして僕の想定外の事態が起こった。


 礼拝室の天井が突如消え、いつもの召喚ゲートのような黒い空間が現れ、そこから現れたのは……大量の水だった。桶や盥をひっくり返した、なんてものじゃない。まるで大河がそのまま現れたかのような膨大な量の水がイフリールめがけて降り注ぐ。


『あああああ!』


 自分の弱点の水が現れたことに気付いたイフリールは、業火をもって水を相殺しようとする。灼熱の炎が触れた水を蒸発させ、水を押しとどめようとさらに出力を上げる。もうもうと蒸気が上がるが、拮抗していたのはほんの一瞬だけだった。途切れることのない水はイフリールの炎を容易く飲み込み、小さな体を強かに打つ。流れ落ちた水は天井と同じようにゲート状態と化した床へと水だけが吸い込まれていく。水の圧力に負けたイフリールは動きを封じられ、為すすべなく水に打たれている。一向に収まる気配のない水の塊は、さらにイフリールの気力まで洗い流さんとばかりに更に勢いを強める。


『…………』


 水の中でもがくイフリールだが、何か言葉を発していても水の中なので何も聞こえてこない。しかしまだ敵意は衰えていないようで、僕を睨みつける目はまだ光を失っていない。そんなイフリールの敵意に反応するかのように、より勢いを増す水についにイフリールは膝をつく。しまいにはうつ伏せの状態でただ水に打たれるだけの格好になった。しばらくはそのままの姿勢で手足をばたばたさせていたが、次第にその動きも緩慢なものになり、とうとう僕を睨む目から、はっきりとした意思の光が消えた。


「終わった……のかな?」

【ひとまずは、ですね】


 イフリールが動かなくなったのを見計らったかのように、勢いが弱まる水。次第に水は雨だれ程度になり、やがて完全に止まる。あたかも赦しを乞うかのような姿勢で突っ伏すイフリールの背中に、ゲートだったはずの空からキラキラと輝く何かが降り注いでいた。



**********



 このまま逃げ切れれば、万事がうまくいく、男はそう確信していた。その男はマクマード某に追加資金を渡そうとした学園の教師、否、学園に潜入していた教会の諜報員だった。その役目は取り込んだ貴族のサポートと、もしその貴族が失敗した場合の処分、そして最近追加されたのはエフィ=ガルシアーノの確保である。


 末端の諜報員である男には、何故エフィを確保するのかまでは伝えられていない。そもそもそこまでの内情を伝えられるはずもなく使い捨てだ。そして末端の者ほど教会の教義に深く心酔してはいない。この男もまた、任務をこなして褒賞を得て、それで悠々自適に暮らすことを望んでいた。決して教会の幹部になろうなどと考えていない。だからこそ必死に逃げている。殉教などというものは男の精神には存在していないのだから。


 逃げ惑う生徒の間をすり抜け、教職員の目を盗み、あともう少しで学園の敷地を出る、そんな時不意に声をかけられた。


「どこに行くニャ、関係者の避難場所はそっちじゃないニャ」

「!」


 男は気配もなくかけられた声に身を強ばらせる。これまで諜報員として何度も仕事をこなしてきたことにより培われた自信が音を立てて崩れていく、そのくらいにその声の持ち主は気配が無かった。懐から一本のナイフを取り出した男は用心深く周囲を探るが、声の主の姿はどこにもない。


「お前には聞きたいことがあるニャ」

「ひっ!」


 思わず怯えた声をあげる男。それもそのはず、声は男のすぐ背後から聞こえてきた。つい今しがた見回した時には誰もいなかったはずの空間からである。自分の腕前に自信があるからこそ、そこに存在していたという事実を素直に受け入れることが出来なかった。


「お前が教会の手先とか、そんなことはどうでもいいニャ。訊きたいのは一つ、あの子を……イフリールをあんな状態にしたのは誰ニャ?」

「は、はは、ははははは、そ、そんなことか。そんなこと俺が知るはずないだろう!」

「……」


 姿を現したリタを見て、男は少し安堵したような顔をする。リタの姿は猫獣人そのもので、ホットパンツから伸びる健康的な脚とチューブトップを破裂させんとするかのようなボリュームの胸を惜しげもなく晒していた。男は最初こそ驚いていたようだが、声の主が猫獣人とわかると態度を軟化させた。


「俺は教会の幹部から、エフィとかいう小娘を連れて来いって言われただけだ。死んでいなけりゃどんな状態でもいいってな。アレは……とにかくどこかで暴走させろって指示だったからだよ!」

「本当ニャ?」

「嘘は言わねぇよ、だから助けてくれよ、俺みてえな下っ端殺しても何の得にもならねぇだろ?」

「そうニャ……お前を殺しても……イフリールは帰ってこないニャ」


 リタは男がイフリールのことを「そんなの」とか「アレ」とか言うたびに湧き上がる怒りを必死に抑えていた。教会幹部からの指示、そして教会信者にあるまじき命乞いと情報の漏洩、この男を逃がしてもいずれ教会の手の者に消されるだろう。それに殺したところでイフリールは帰ってこない。


 アルトには何とかしてくれと頼んだが、おそらくそれは無理だろうとリタは思っていた。それはイフリールが放った圧倒的な魔力を感じ取ったからで、あの状態のイフリールを無力化するなどリタでも無理だ。アルトでもきっと無理だろう、つまり無力化とはアルトにイフリールを殺してくれと頼んだに等しい。


(アタシは最低ニャ……本当はそれはアタシがやらなきゃいけないニャ)


 リタはアルトに頼んだ、それはつまりイフリールを殺すという最悪の手段をアルトに擦り付けたことと同義だ。あのクソ貴族に手引きした奴を追ってくれと頼まれ、それに飛びついたのだ。妹同様に育ってきたイフリールを手に掛けることに恐怖し、逃げたのだ。それもあってか、リタの心はどうしようもないどす黒い怒りに囚われていた。


「確かに……お前を殺すことにメリットはないニャ……」

「だ、だろ? なら……」

「……間違えたニャ、一つだけあったニャ……」


 男が何か動きを見せようとしたとたん、リタの身体がゆらめく。次の瞬間、男が絶叫をあげた。


「え? あ? 俺の腕? 俺の腕があぁぁぁ!」


 突如男の手首から先が落ちる。その手にはいつの間にかもう一本の小さなナイフが握られていた。刃に何か塗られていることから、複数の毒を塗っているのだろう。もし男がそのまま命乞いを続けていたなら、リタはアルトのところに戻っていたかもしれない。しかし暗い怒りに満ちている今のリタにとって、男が僅かばかりの勝機を見出そうと取った行動は引き金でしかなかった。


「一つだけ……お前を殺せばアタシの心がスッキリすると思ったニャ……だけど余計に胸糞悪くなったニャ。だからお前にトドメは刺さないニャ。アタシの秘技でお前の身体は輪切りになってるニャ、でも鋭く斬ったからこのままじっとしてればまたくっつくニャ。動けば死ぬニャ」

「……」


 動けば死ぬと言われては男は動くことができない。手首の断面からは流血しているが、失血死するまでに傷がくっつくかもしれない。そう考えた男はリタの言葉を信じて動きを止める。それを見たリタは既に興味を失って光の消えた瞳をうつろに彷徨わせながら、闘技場へと歩いてゆく。


(お前みたいな奴、アタシが手を下すまでもないニャ。惨めな最期が御似合いニャ)


 そんなことを考えながら、リタはふらふらと歩いていく。イフリールの膨大な魔力が消え去った闘技場に向かって。



**********



(死にたくない死にたくない死にたくない……)


 男はただそれだけを考えていた。どのくらい待てばいいのかすらわからないが、鮮やかに切断された傷の治りが早いことは知っている。あの猫獣人の攻撃は全く見えなかったが、斬られたことすら感じさせない鋭さであれば、そんなに時間がかからず戻るだろうと憶測していた。このままじっとしていれば、だが。


(な、なんだあれは……ス、スライムだと?)


 一点を見続けるしかない男の視界に入ってきたのは、徐々に迫りつつあるスライムの群れだった。ダンジョンでの奇襲が恐ろしいスライムではあるが、平地ではさして恐ろしい相手ではない。動きは緩慢で、近づいて踏みつぶすだけで死ぬ。冒険者ギルドでは初級冒険者が採取を卒業するとこの依頼になるくらい、初心者でも楽勝な相手だ。


 しかし男は動けない。動けば死ぬと宣言されて動ける者などいるはずがない。とはいえこんな平地でスライムに襲われて死ぬなど恥でしかない。


(どうする? どうする? どうする? ……よし!)


 男は考えを巡らす。といっても選択肢が多数あるわけではない。猫獣人の言葉を信じるか否か、それだけだ。しかし選択肢の少ない選択ほど迷いは大きい。いったいどれほど迷っていただろうか、男はついに決心する。


「……え?」


 間抜けな声が男の口から洩れ、それが男の最期の言葉になった。リタの技により既に男の身体は輪切りにされており、一歩踏み出した衝撃にすら耐えきれずに崩れ落ちたのだ。だが声は出せなくとも、男の苦しみはここで終わらない。何故か全く痛みがないため、激痛で失神することができない。すぐに絶命できれば良いものの、それまでにはまだ少し時間がかかりそうだった。つまり……スライムに取り込まれる恐怖を死の瞬間まで存分に味わうことになるのだ。素人ですら退治できる魔物に襲われて死ぬという屈辱を加味して。


 やがて男の死体に群がっていたスライムが散り散りになると、そこには人型の形跡だけが残り、身体の欠片どころか血の一滴まで綺麗に吸収されていた……

元ネタはあの番組のあのコーナーです。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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