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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
10章 王立学園編
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15.条件

「書状が来たぞ。決闘は明日の正午、場所はこの学園の闘技場だ。内容は……読んでもらったほうが早いだろう」


 学園の宿泊所に入ってきたボリスさんはその手に持った羊皮紙を僕に手渡してきた。怒りを隠しきれていないようで、羊皮紙に書かれた内容がとんでもないものであることが予想される。部屋に来ていたクレアさんが受け取って読むが、その顔はすぐに怒りの表情に変わる。羊皮紙を僕に手渡すと、憂さを晴らすかのようにベッドに身を投げる。


「何よコレ! こんなの決闘でもなんでもないじゃない! 馬鹿にするのもいい加減にして欲しいわ! 理解!?」

「そんなにひどい内容なんですか?」

「読めばわかるわよ!」


 そう言うと怒りをぶつけるかのように毛布を丸めて膝蹴りをお見舞いしている。手渡された羊皮紙を読んでみると……少しの間言葉が出てこなかった。どんなことが書かれていたかというと……


1、攻撃魔法の使用禁止

2、武器の使用禁止

3、防具は軽装備のみ、金属製のものは禁止

4、道具類の使用禁止

5、最終的に立っていた者を勝者とする

6、敗者は勝者に競売の落札品を無償で譲渡する。

7、敗者は勝者に賠償金を支払う。賠償金は勝者が決めるものとする。


というようなことが書かれていた。最初の四つがあからさますぎてもう笑うしかないが。


「最初のほうは一体何なのよ! 殴り合いでもしたいワケ? 理解できないわよ!」

「でも殴り合いなら対等ですよね?」

「あいつらは騎士学園で基礎は出来てるわ、だから細い見た目のアルト君にこんな要求をしてくるのよ!」

「それにあいつらはどういう汚い手段を使ってくるかわからんぞ? 局解、捻じ曲げ、ゴリ押しはあいつらの常套手段のようなものだからな」


 どうやらここに書いてある以外にも何かありそうな雰囲気だ。でも今それを考えても仕方ない、全ては明日にわかること。そして最後にこちらのことが書いてあった。


「こちらが要求できるのは一つだけ、ですか」

「ああ、だからふざけた内容なんだ。本来なら同じだけの要求が出来るはずなんだが、形振り構わずといったところだな。どうする? これからその要求を伝えなければならないんだが……」

「じゃあ僕は……」


 僕はこちらの要求を伝える。リタに忠告されていたことと書かれている要求から導き出した要求だ。相手のすべての目論見を防ぐことは出来ないが、邪魔をしてくることを想定して予防線を張っておく。


「そんなものでいいのか?」

「ええ、それで十分です」

「わかった、明日に備えておけよ」


 そう言い残してボリスさんは部屋を出て行った。ちなみに今この部屋には僕とオルディア、そしてクレアさんしかいない。エフィさんは消耗が激しいようなので、エマ学園長に頼んで隣の部屋を確保してもらい、そこで休んでもらっている。クレアさんはその護衛として詰めている。この行動に問題がないのかと不安になったが、王国建国以前は決闘相手の身内を襲い、決闘を優位に運ぼうとする者もいたらしく、それを防ぐためにボリスさんがクレアさんに護衛を頼んだそうだ。


【アルト様……外に……】

(わかったよ……)


 アオイの索敵に反応があったようだ。だがその人物は敵ではなかった。たぶん今僕にとって必要な人だ。


「どこに行くの?」

「少し外の空気を吸ってきます。オルディアは留守番ね」

『わかったー』


 了解の意味を込めて尻尾を振るオルディアとクレアさんを残して部屋を出る。向かうのは中庭……ではなく、校舎の裏手にある林だ。アオイの索敵は先ほどからそこで留まっている人物を感知しつづけていた。光の差し込まぬ林は闇のような様相だ。


「……そこにいるのはわかっています、出てきてください」


 闇に向かって声をかければ、枝葉を全く揺らすことなく現れたのはメイド姿の女性。かなりやつれた感じだが、間違いなく僕の見知った、そして今の僕に必要な女性だった。


「……よくわかりましたね」

「これでも一応冒険者ですよ? ヘルミーナさん」


 ヘルミーナさんは唯々力ない笑みを浮かべていた。





「今までどうしていたんですか?」

「競売が終わるまでガルシアーノの分家に待機していました。先ほど正式に解雇されてここに来ました」


 やはりそういうことだったか。でなければヘルミーナさんがエフィさんの危機に駆けつけないはずがない。メイド服姿ということは、騎士願望はもう捨てたのだろう。そのほうが遥かに強いと思うが。


「アルト様、お願いがあります」


 ヘルミーナさんは笑みを消し、思い詰めたような表情で僕に話しかける。


「明日の決闘、絶対に勝ってください。マクマードの裏には教会がいます。教会はどうしてもエフィ様を欲しています。今エフィ様が教会の手に渡れば間違いなく消されます。だから……絶対に勝ってください。お願いします」

「どうして教会はそこまでエフィさんに拘るんですか?」


 どうして教会がそこまでエフィさんに拘るのか、それがわからない。リタの情報だとエフィさんは庶子だからだと言うが、それは今の聖女も同じだろう。聖女を輿入れさせたいからといって、殺すことはない。どこか遠くに放逐すればいいはずで、ガルシアーノの後ろ盾が無くなった彼女には生きていくので精一杯なはず。何故そこまで執拗にエフィさんを狙う?


「それは……今は申し上げることができません。ですが……いつか必ずお話します! だから! だから! 絶対に勝ってください! 勝てたあかつきには夜伽をお望みならば喜んでこの身体を差し出します! 肉の盾となれと言われれば躊躇なく盾となります! だから……だから……」


 最後のほうは涙声でうまく聞き取れなかったが、彼女はここまで覚悟を決めているということは理解できた。どれだけエフィさんを大事に思っているか、そしてエフィさんが狙われる理由を知っているということも。


「教会が彼女を狙う理由、本人は知っているんですか?」

「……知りません。ですがいつか時がくればお話しなければならないことです」

「わかりました、でも夜伽はいりませんし、盾にだってしませんから」

「そ、そうですよね。お嬢様より先になることはできませんからね」


 何が先なのかはわからないが、そもそも僕はあいつらに負けるつもりは毛頭ない。どんな汚い手を使おうと負けない。大事な友人の命がかかっているのだから。


「二つだけ約束してくれませんか? 一つはもうエフィさんを独りにしないこと。そしてもう一つは……彼女が狙われる理由をいつか必ず話すこと。僕からあなたに出す条件はそれだけです。さあ早くエフィさんのところに行ってあげてください、あなたがいなかったのでかなり消耗していますし、それに女の子の介抱なんて僕はしたことが無いですから」

「は、はい……ありがとうございます」


 目にたくさんの涙を溜めたヘルミーナさんは弾かれたように駆け出す。そしてしばらくすると部屋の外まで二人の泣き声が聞こえ始めた。二人がどれほど辛い思いをしたのかは僕には分からないので、今は二人だけにしておこう。さて……


【アルト様……】

「うん、わかってる。リタ、いるんでしょ?」

「……アルトを驚かすのは無理みたいニャ。何か用ニャ? 決闘の手伝いニャ? 誰を殺ればいいニャ?」

「そんなことしたら奴らと同じになりそうだからしないよ。それより、こういうことがあったんだけどさ……」


 闇の中から浮かび上がるように現れたリタに書状に書かれていたことと、僕の出した条件について話した。そして僕が何を想定しているかも併せて話すと、リタは納得がいったような顔をした。小さく微笑むと、僕の傍に来て頬を撫でる。


「さすがはアルト、たぶんアルトが考えてることに近い展開になるニャ。そっちのほうは任せるニャ」

「悪いけどお願い。またアレを用意しておくから」

「今度は違う味がいいニャ」


 そう言い残してリタは再び闇の中に消えていった。これで事前の対策は完了した、あとは明日始まってみなければわからない。そしてあいつらは大事なことを知らない。僕は決して独りで戦うのではないということを。


「アオイ、絶対に勝つよ」

【勿論です、アルト様】


 泣き疲れたのか、それとも落ち着いたのかエフィさんの部屋から聞こえていた泣き声が小さくなっていく。あの二人の絆を引き裂こうとする連中には必ず痛い目を見てもらわなければ僕の気が済まない。殺傷禁止ということだが、多少の怪我は覚悟しておいてもらおう。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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