14.決闘
「ふざけるな! こんなことが受け入れられるか! そいつは最低ランクの冒険者だろう! 何故そんな大金を持っている!」
マクマード達が喚き始めた。確かに普通に考えれば僕のようなランクの低い冒険者がこんな大金を持っていることのほうが異常であり、マクマード達の認識は決して間違ってはいない。普通に考えれば、だが。
「きっと誰かが手引きしたに決まってる! 大体どこにそんな金を持っていたんだ!」
「僕は収納魔法が使えます。そんなに多くは収納できませんが、このくらいの金貨ならなんとか収納できますから」
「そんなことは聞いてない! どうしてそんな大金を手に入れられたかを聞いてるんだ!」
目論見が崩れたことを受け入れられないマクマード達はしつこく食い下がってくる。だがこちらとしては自分の金を持ち込んだにすぎない。競売のルールに反したことはしていない。むしろ金の追加をしてきたマクマードのほうが違反しているんじゃないのか?
「いい加減にしたまえ、彼は冒険者ギルドでも非常に難易度の高い依頼を何度もこなしている。ランクこそ低いが彼の持つ金は正当な報酬によるものだ。これ以上食い下がるというのなら君の追加資金についても詳しく聞かなければならないが……いいのかね? 貴族家が貸した金というのなら王国法により借用書と融資証明が必要なことくらいわかると思うんだが……」
ボリスさんがマクマード達に疑惑の目を向ける。現在王国では借金に関しては厳しい制限があるので、その手続きを踏んでいるかどうかの確認だろう。目を逸らしたことからマクマードに借りた金というのはきっと虚言であろうことは明らかだ。
このまま終わってくれればいいんだが、追加金を用意した教員がマクマードに何か耳打ちしているのが気になる。
「……だ」
「ん? どうした?」
「決闘だ! そこの冒険者との決闘を申し込む!」
「「 は? 」」
突然のマクマードの言葉に思わずボリスさん共々声が出なかった。
「決闘だ! このマクマード伯爵家を侮辱した罪で決闘を申し込む!」
「決闘? そんなもの認められるはずがないでしょう?」
何を言っているんだろうか? 王国で決闘が認められているなんて聞いたことがない。王国が建国される前の国ではよくあることだったようだが。ボリスさんは顔を顰めて頭を振っている。
「決闘なんて何を考えているんでしょうか?」
「それがな……実は王国法に残っているんだよ。王国法の制定時に一部の貴族からの強い抵抗があってな、正統王家及び五王家とその関係者を対象にしない限り決闘を認める、とな。だが今まで一度も適用されたことがない」
「流石治安局長、よく知っているな! そうだ、そいつは何の関係もない冒険者だ! だから決闘を申し込める!」
「こう言うのも何だが……受ける必要はないぞ? 決闘は受ける側の同意があって初めて成立するが、拒否したとて罰則はない。逃げたということで個人の名誉が傷つくのは確かだが、君は冒険者だろう? 冒険者なら決闘による名誉よりも依頼の遂行が評価の対象になる」
ボリスさんの言葉の通り、はっきり言って僕に受けることのメリットはない。そもそも冒険者に貴族との決闘に勝ったなどという名誉は意味がなく、それならば依頼の一つでも請けてランクを上げることに専念したほうがマシだ。だがマクマードは言葉を続ける。
「逃げられると思うなよ? どこまでも追い詰めてやる!」
「教会の後ろ盾があると思って強気だな。だが君には受ける義務はないんだ、このまま放っておけば……」
「受けますよ、その決闘」
「何だと!? 正気か?」
ボリスさんが信じられないという表情を見せているが、僕は至って正気だ。何故なら……マクマードの目は僕と一緒にいるエフィさんまで対象にしている目だ。僕だけならアオイと一緒ならどんなに追いかけてきても大丈夫な気もするが、エフィさんは別だ。もうガルシアーノという抑止力の盾が無くなれば無力な女の子でしかない。彼女が狙われてしまってはここで競売に勝った意味がない。
リタの言っていたことがようやく理解できた。こういう理不尽な手段に出てくるから傲慢な貴族は厄介なのだと。辺境伯やマウガ男爵のように、自分たちよりも領民を優先してくれるような貴族ならこんな理不尽なことはしないと思うが、少なくともこいつらにはそんな意識はないはず。であれば面倒ごとはここで断ち切っておきたい。幸いにも決闘であれば始まってしまえば外部からの横やりが入ることはない。それに……僕だって貴族の強引なやり方はよく知っているじゃないか。思い出したくもないが。
「もちろん正気ですよ。安心してください、逃げも隠れもしませんから」
「本当にいいのか? 君がいいと言うのなら私に止める権利は無いが……」
「ふん、公の場で叩き潰してやるからな! 後で書状を送るから首を洗って待っていろ!」
それだけ言うとマクマード達は講堂を出て行った。複雑な表情のボリスさんは大きく溜息を吐くと、半ば諦めたような口調で話しかけてきた。
「君の強さはバーゼル殿やクレアからも聞いているが……かなり不利な条件のもとでの戦いになるぞ?」
「いいんですよ、それで。そこまでしても勝てなかったら、もう二度と手を出さないでしょう」
「ああ、圧倒的に有利な条件で負ければ笑い者だからな。もう王都で暮らすことはできんだろうよ、恥ずかしくてな」
「それに……ボリスさんが見届け人ですから」
「君は……そこまで考えていたのか」
実はそこまで考えていたのは僕じゃなくてアオイだが。
【王国法第百二十二条、特別条項その二。貴族が決闘を申し込む場合、五王家いずれかの家系の者の立ち合いが必要になる。決闘を申し込んだ際に五王家のいずれかの家系の者がいた場合、その者が見届け人の任に当たる。あの愚物は決闘が行えることは知っていても、この特別条項までは知らなかったようです】
アオイは僕が話をしている間に王国法の隅々まで調べてくれたおかげで、連中が気付いていないであろう付則事項まで到達することが出来た。
【王国法にて禁じるはずの決闘、であれば何らかの制限があると考えるのが道理です】
(ありがとう、アオイ。助かったよ)
心の中でアオイに感謝していると、不意に袖を掴まれた。そちらを見れば未だ目を赤く腫らしたエフィさんが心配そうに僕を見ている。心なしか袖を掴む手が震えている。
「アルト君……ごめんなさい……私のせいで……」
「エフィさんは何も悪いことしてないでしょう? お役目を全うしようと頑張っていただけじゃないですか。それに……あいつはどうも気に入らなかったですし」
「でも……決闘なんて……きっと向こうは殺しに来ます……」
「大丈夫ですよ、これでも戦闘経験はそれなりにありますから」
それに僕にはアオイがついている。これまでと同様に、二人で力を合わせれば連中がどんな手を使おうとも負けない。
(そうだよね、アオイ?)
【はい、この叡智はアルト様のために】
心強い返事を聞き、改めて決闘に臨む決意を固めた。
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