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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
10章 王立学園編
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13.競売

 夜が明け、学園の中庭は騒がしさを取り戻した。デッカー家の治安維持部隊と貴族がもみ合いになっているが、部屋の窓からは詳しいことを確認できない。外に出ようと扉を開けると、そこにクレアさんが立っていた。


「マクマード伯爵が息子に合わせろって文句言ってんのよ、どうやら追加資金を渡したいらしいね。理解?」

「それが通るんですか?」

「まず通らないだろうね。今回の競売参加者はアルト君とマクマード伯爵の息子、親が金を持ってきたとして、それが息子の持ち金だってどうやって判断するのさ。だから参加者の所持金のみって限定されてるのよ。理解?」


 聞いた話によると、本来は競売というものはこんなにすぐに開催されるものではないらしい。およそ一か月くらいの猶予をもって開催し、参加者を集めるそうだ。だが今回はマクマードと教会の意向により開催が早まったのは、参加者を増やさないため。もし僕がこの学園に来ていなかったら参加者はマクマードのみになり、競売そのものが行われなかったのだとか。


「ところで準備はいい? 私はアルト君の護衛を言い渡されたの。マクマード以外唯一の参加者を狙ってくる可能性もあるからね。理解?」

「はい、こっちの準備は出来てます。行きましょう」


 クレアさんに先導されて部屋を出て、中庭を抜けて講堂へと向かう途中、見知ったメイドが木立の陰からこちらの様子を窺っているのが見えた。僕と目が合うと彼女は深々と一礼して逃げるように走っていってしまった。


「ヘルミーナさん……」

「彼女のことはそっとしておいてあげて。本来ならここにいちゃいけないはずなのよ。彼女も本心はエフィ嬢を助けに行きたいだろうけど、今はまだガルシアーノに雇われてる身なワケ。そんな彼女がもし乱入でもしようものなら五王家に疑いがかかるのは必至、だから動けないのよ。理解?」

「どうしてすぐに解雇しないんですか? エフィさんだってヘルミーナさんに会いたいはずですよ?」

「理不尽な難癖をつけるのは貴族と教会の常套手段なワケ。解雇したと言っても色々と理由をつけて糾弾しようとするわ。でもね、処遇が決まれば堂々と解雇できるのよ。エフィ嬢の所有権をアルト君が正式に落札すれば、もしヘルミーナが解雇されてエフィ嬢に近づいたとしても、糾弾する権利はアルト君にしかないの。理解?」


 つまり先ほどの一礼は、僕にエフィさんの、そして自分の命運をも託すという意志表示だろう。きっとヘルミーナさんも悔しい思いをしているのだろうけど、もし自分が勝手に動いて騒動が大きくなり、その結果エフィさんがさらに重罪に処されるかもしれないという危険性を感じて動けないのだろう。


 大丈夫、これは王国法に基づいて行われる競売だ。五王家が根回ししてくれたおかげで有利に進められるはず。問題が起こるとすれば競売が終わった後だろう。どんな手段に出てくるかは分からないが、負ける訳にはいかない。


(アオイ、行くよ)

【了解しました、アルト様】


 今回の競売はアオイの助力があって初めて成り立つ。声をかければいつものように抑揚のない声が返ってくる。大丈夫、いつものように、僕たちは絶対に負けない。そう心に思いつつ、講堂の重い扉を開いた。




 講堂の中は予想に反して静かなものだった。講演を行う舞台の中央にはデッカー家の紋章の入った鎧を着ている壮年の男性が縄で拘束されて座りこむエフィさんの傍に立っている。エフィさんは俯いたままなので表情を読むことは出来ない。そして舞台の左側にはマクマード某とその取り巻きが嫌らしい笑みを浮かべていたが、僕を見るなり表情を一変させて大声で叫んだ。


「貴様!薄汚い冒険者風情が何故ここにいる!」

「何故って……競売に参加するためですよ? 参加証もあります」


 平静を装って参加証を取り出す。マクマード某は「偽物だ!」とか騒いでいるが、無視してエフィさんの隣に立つ男性に参加証を手渡す。男性は参加証と僕を見比べながら頷くと自己紹介をはじめた。


「私はデッカー家治安局の局長をしているボリスという。冒険者アルト、参加証は本物と認める。競売の準備は出来ているか? この競売は王国法に基づいて参加者の所持金のみで支払われるものとする。支払い能力以上の金額による落札、および部外者の所持金の使用が認められた場合、罪人共々厳罰に処される。分かっているな?」

「はい、わかっています」


 ボリスさんより粛々と競売の注意事項が語られるが、事前に聞いていたものと同じだったので安心した。一方騒いでいたマクマード某とその取り巻きは僕の様子を見て再び嫌らしい笑みを浮かべた。


「ふん、冒険者如きの蓄えが栄誉あるマクマード家の嫡子である俺に敵うとでも思っているのか? 身分の違いを理解しろ」


 僕の冒険者ランクが低いことを知っているらしい。当然ランクが低ければ請けられる依頼も簡単なものしか請けられない。簡単であれば報酬も低い。僕が常に請けている薬草採取も報酬は低く、三回くらい依頼完了してようやく弱い魔物の討伐一回分に足りるほど低い。それを知っているからこそ自分の優位さを疑っていないのだろう。


「ここは学園、身分の差はないと思いますが?」

「くっ! どうにもならない差というものを見せてやる!」

「ではこれより競売に入る。おい、入ってこい」


 ボリスさんが指示すると、数人の治安部隊の兵士と共に文官らしきローブ姿も見受けられた。文官は僕とマクマード達に向かって宣言する。


「これより競売に入るにあたり、第三者の資金提供を禁ずる。発覚した場合は王国法により厳罰に処されることになる。双方、異議は無いか?」

「ありません」

「いいからさっさと始めろ!」


 苛立ちを隠せないマクマード。本来なら競売不成立でそのままエフィさんを自分のものに出来たのを僕が妨害したせいで頭に血が上っているのかもしれない。もし競売不成立となった場合、賠償金はマクマード達が好きに決められる。それこそ銅貨一枚なんてはした金で決着がついてしまう可能性もあったのだから当然かもしれない。


 そんなやり取りを聞いたエフィさんが力なく僕たちを見上げてくるが、その目には全く覇気が感じられない。すべてに絶望してしまったかのような目だ。彼女にこんな目をさせるような連中を許しておけるはずがない。この場で正式に打ち破ってみせる。


「では双方、金額を提示してもらおうか」

「俺は大金貨百枚だ! 冒険者風情が一生かかっても手に入れられない額だ!」


 いかにも自分の手柄のように話しているが、それは家の金だ。もっと言えば教会に融資された金だ。こいつが自分の手で稼いだ金ではない。何を勘違いしているのか。


【探査終了、マクマードの所持金は大金貨二百枚相当と判断します。取り巻きの所持金は無いようなので、全財産かと思われます。ですが……】


 アオイの続けた言葉にとても驚いたが、こういう手段で来るとは思わなかった。だがもう競売は始まっている、ここからは持ち金で勝負するしかない。マクマードは小出しにするつもりらしいが……


「僕は大金貨百五十枚です」

「何だと! そんな金どこにある!」

「嘘を言うつもりはありませんよ、競売に勝ったら即支払いが前提ですから。まさかそんなことで処罰されるつもりはありませんよ」


 僕の金額が上回ったことに驚いたのだろう、声を荒げるマクマード。だがすぐにあの嫌らしい笑みを浮かべて金額を上乗せしてきた。


「なら俺は二百枚だ!」

「じゃあ二百五十で」


 アオイに収納してある大金貨の袋を次々と壇上に置いていくと、文官がその中身を確認している。全て本物であると確認した文官はボリスさんに目で合図を送る。マクマードは歯が折れそうな勢いで悔しがっている。それもそのはず、冒険者の僕が自分の持ち金を大きく上回ったのだから。そしてマクマード達の資金が大金貨二百枚しかないということもわかっている。もうマクマードには手立てがないことも……


「そちらはこれで終わりか? ならば冒険者アルトのらく……」

「待っていただけますか?」


 突然声をかけて割って入ったのは教員用のローブを着た男。魔法学園では見たことのない顔だったので、もしかすると騎士学園の教員なのかもしれない。その男は大袈裟な仕草で割って入ると、マクマードの前に跪いた。


「マクマード様、貴方様よりお借りしておりました大金貨六十枚、お返しするのを忘れておりました」

「な……そ、そうか。そうだな! 借りたものは返すのが道理だからな! 俺はこの六十枚を上乗せして二百六十枚だ!」

「ふざけるな! 第三者の資金提供は禁ずると言っただろう!」

「俺が貸していた金だ、俺のものに決まっているだろう!」


 ボリスさんとマクマードが言い争う姿を黙って見ている。確かにこの男がいたことには驚いたが、かといって動揺してしまうほどでもない。何故ならこの男の存在はアオイから聞いて把握していたからだ。


【ですが、大金貨六十枚を持った者がいます。取り巻きから距離をとっている男です】


 先ほどマクマードの所持金を伝えたアオイは、その男の存在と所持金も把握していた。その男は巧みに気配を消して潜んでいたのだろうが、アオイの索敵からは逃れられない。きっとあの男はマクマードの親が用意した金を事前に渡されていたのだろう。だがマクマード某に事前に渡しては全て出し切ってしまうかもしれないと思ってその事実を伏せていたのかもしれない。さらには僕が五王家から預かった大金貨の数も情報を入手していたのだろう、男は僕に向けて小さく笑った。大金貨十枚の差、並みの冒険者にはとてもじゃないが払える額じゃない。


「どうだ! もうこれで終わりだろう! さあ早く競売を終わらせろ!」

「……冒険者アルト、上乗せはあるのか?」


 ボリスさんが僕に向かって力なく問いかける。なるほど、彼も今回の騒動には納得がいっていないようだ。よくよく考えれば講堂を包囲するにしても動きが速すぎるとも思える。おそらくデッカー家からも報酬を出すと分かった時点で追加資金を絶つために指示をされたのだろう。だが元々ここにいる教員に渡っていた金までは想定できていなかったのだろう。


「薬草しか採取できない冒険者にこれ以上の蓄えがあるはずないだろう! Fランク冒険者が調子に乗るな!」


 マクマード達が勝ち誇ったように言う。確かにFランク冒険者に大金貨十枚なんて大金は持つことが出来ないだろう。だがマクマード達には重要な情報が抜け落ちている。冒険者ギルドでも支部長クラスしか知らない、重要な情報が。


「確かに僕が王都で得た報酬はこれで終わりです」

「当然だ! さっさと競売の証明書を寄越せ!」

「ですが……王都に来るまでに得た報酬は……まだあります」

「え?」


 間抜け面を晒しているマクマード達の前にもう一つ革袋を置く。何が起こっているのかわからないといった様子だ。


「そこに大金貨十五枚入っています。確認してください」

「あ、ああ、わかった。おい、どうだ?」

「問題ありません、本物です」

「冒険者アルトの総額大金貨二百六十五枚、どうだ、上乗せはあるか?」

「ぐ……な、無い……」

「これで競売は終了とする、冒険者アルト、競売の証明書にサインを」

「はい」


 ボリスさんが差し出した証明書にサインする僕をマクマードが射殺さんばかりに睨みつけているが、僕は違反などしていない。マクマード達が失念していたのは、僕が決してアオイと二人で戦っていた訳ではないということ。


 僕がこれまでお世話になったマウガのダウニング支部長、ラザードのサリタ支部長の尽力のおかげで僕が魔将をはじめとした強敵を倒したという情報は隠匿されていた。そしてそれだけの敵を倒した報酬についても情報は隠されていた。あの人たちのおかげで僕がここで逆転の一手を打てた、僕を支えてくれた人たちのおかげで勝たせてもらえた。ダウニングさんやサリタさんがくれた報酬のおかげで勝ち切ることが出来た。


「すまなかったな、君にこんな役を押し付けてしまった」

「いえ、いいんですよ。大事な友人を護れましたから」


 証明書を受け取った僕は未だ俯いているエフィさんの前にしゃがみこみ、身体を拘束している縄を解く。何が起こったのかわからない様子のエフィさんに静かに言葉をかける。


「エフィさん、僕があなたを落札しました。もう大丈夫ですよ」

「……アルト……君?」

「はい、証明書もありますから」


 茫然と僕を見るエフィさんに今手渡されたばかりの証明書を見せると、彼女はその大きな瞳から大粒の涙を零し始めた。


「アルト君! アルト君! うわあぁぁぁぁ!」


 拘束が解けたエフィさんは僕に抱きつくと、堰が切れたように泣き始めた。その勢いが彼女の絶望の深さを如実に物語っている。


「怖かった……怖かった……」

「もう安心していいですよ」


 マクマード達は僕たちを未だ睨み付けている。リタが話していたような行動を起こすかどうかはまだわからない。だが今はエフィさんが無事だったことを素直に喜ぼう。泣きじゃくる彼女を優しく抱きしめながらそう思った。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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